二日目 午後 飛空船ドックでのピクニック
空挺師団の飛空船ドックは大型船用の巨大格納庫を中心に、複数の小型飛空船が収納出来る六角形が重なるハニカム構造の建物が囲む。墜落や事故も考慮されて、城内の居住区からは少し離れた場所にある。緩やかな丘陵地に面しており、昼寝をするのに最適な木陰や草原が広がっている。
実際、飛空挺師団の団員をはじめ、城で働く者達の憩いの場所にもなっている。シロンも子供の頃、ラカに連れられて、ピートと三人でよくピクニックをした思い出の場所だ。
急な予定変更にもかかわらず、シロン達が到着する頃には、緑が美しい木立の間に日よけのテントが立てられ、敷布の上には大きさの違うクッションが複数置かれ、寝椅子が居心地の良さそうな空間を作り上げている。白いクロスが掛けられテーブルの上には、一口大のオードブルが並んだ銀のお皿。バスケットに入った見るからに美味しそうな具沢山サンドイッチに、艶のある焼き色が食欲を唆る鳥のロースト。クリームで美しい模様が描かれハーブが添えられたポタージュ。飾り切りされた果物が盛られた皿も用意されていた。
シロンは世話役に城の料理人と、用意に携わった全ての人に感謝を伝えて欲しいと言付ける。
「皆様、昼食のご用意が整いました。本日は煩わしいマナーは無しにして、料理人自慢のピクニック料理を気軽に楽しんでください」
主催を務めるシロンが声をかけ、昼食会は和やかに始まった。
「セージ様、こちらもお一ついかがですか?」
「頂きます。どれも美味しそうで、何から食べようかと迷っていました」
セージはシロンが進めたオードブルを口にして美味しいですねと微笑む。
「グロム様、ワインは飲まれますか?」
「あぁ、頂こう」
グロムは何種類か用意されていたもののうち、フルーツワインを選んだようだ。
「アゲード様、カードとお花をありがとうございました。午前中は楽しまれましたか?」
「もちろんだシロン姫。整備士達と飛空船の推進力を上げる方法を議論したのだが、面白かったぞ。後で実際に改造した小型船を作ってみようと話している」
昼食はすでに整備士達と食べ終えているアゲートは、ハーブティーを優雅に飲んでいる。
三人の王子達と会話を交わしながら、穏やかな午後の時間は過ぎていった。
昼食が終わると、小型飛空船の格納庫の一つに移動して見学する。アゲートが指示を出し整備士達が改造を始める。
「なんか~そこはかとなく懐かしいような、すごい既視感があるんですが」
ラカは引きつった笑顔を浮かべている。今は亡きラカの父は、すご腕の飛空船整備士だった。それ以上に飛空船を魔改造することでも有名で、飛空挺師団の先鋭でも乗りこなすのは難しいような癖だらけのトンデモ飛空船を作っては、幼き日のラカに試乗させていた。ある意味、その経験がラカの空艇操士としての実力に繋がっていると言えるかもしれない。
「これでどうだろう?」
「いやいや、もっと出力を上げても大丈夫じゃないか?」
「加速がつきすぎないか?」
アゲートと整備士達の熱いやり取りに、いつの間にかセージとグロムも加わっている。一人取り残されたシロンは側に控えるラカと話す。
「殿方はこういう事に浪漫を感じるものなのね」
「まぁ、全員がそうとは限りませんが、大きくは間違って無いと思いますよ」
「ラカも?」
「飛空船の改造については……どうでしょう。ある程度一通り経験済みというか」
「そうなのね。あっ、そういえば昔、小さな飛空船で庭に突っ込んで来た事があったわね。あの時、ピートと初めて会ったのよね」
「あぁ~。覚えてました? それ、ピートにとって黒歴史なんで、本人には言わないでやってくださいよ」
「えっ、そうなの? 私にとっては最高の思い出の一つなんだけど」
ピートにとっての黒歴史……当時、婚約者になるかもしれないシロンへの初対面が、飛空船の墜落による王家の庭への不法侵入というありえないシュチュエーションに、生まれて初めて”頭が真っ白になる”という貴重な経験をした日であり、感情を抑制することをよしとされてきたピートが、感情も露わに、『二度とお前の操縦する飛空船には乗らない』と激怒した日であることを知るのはラカだけだ。