二日目 午前 図書室と薬草園の案内
翌日から、候補者との交流会が始まった。使節団との事前の話し合いの結果、四人の王子にそのお付き全員で城中を移動するのも大変なので、シロンは午前・午後に分けてそれぞれ二人の候補者と過ごすこととなった。世話役が本日のタイムスケジュールを告げる。
「午前はシロン様よりケルビン様、セージ様のお二人を城の図書室と薬草園にご案内いたします。その間、アケード様、グロム様のお二人には係の者より空挺師団の訓練場と飛空船ドックをご案内いたします。午後からはその反対の組み合わせでのご案内となりますのでご了承くださいませ」
シロンの案内で図書室の重厚な扉を潜ると壁一面に本が埋まった書棚が現れる。
「こちらが図書室ですわ」
「これは素晴らしい蔵書ですね」
「早速、中を案内していただけますか?」
セージは膨大な蔵書を見回し感嘆の声を上げる。ケルビンは興奮を隠しきれない様子で蔵書に目を走らせる。
三階部分まである吹き抜けの壁全面が書棚になっており、各階の通路部分には、転落防止を兼ねる手摺が付いている。手摺は蔦をモチーフにした優美なもので、圧迫感がないように工夫されている。各階を繋ぐのは蒼輝石を利用して造られた年代物の昇降機。
「それでは、まず三階部分をご案内しますね。蔵書は収集されたものが時代毎に並んでいて、上に行く程古いものとなっています」
三人は図書室の司書官の操作する昇降機に乗り込み、三階へと向かう。
「シロン様は普段、どの様な本をお読みになるのですか?」
「そうですね、薬学研究に関する書籍が多いでしょうか」
セージの問いに。シロンは幾つかの本を思い浮かべながら答える。
「薬草についての本はよく読むのですが、薬学はまだまだでして、何かお勧めの本があれば教えてください」
「もちろんですわ。閲覧席にご用意いたしますね」
シロンは司書官の一人に本のタイトルを幾つか告げる。
「シロン姫、こちらの書籍を閲覧させて頂きたいのだが、よろしいですか?」
ケルビンが興奮気味に希少な技術書を手にしながら尋ねる。
「図書室内で閲覧していただけるのでしたら。複写が必要な箇所があれば、司書官にお申しつけください」
「感謝いたします。この書籍、ずっと探しておりまして、まさかこちらで出会えるとは」
図書室の案内が一通り終わった後、しばらくの間、本を閲覧する時間となった。
「シロン様、この本に書かれている薬はラヴォーナ国では普及されているものなのですか?」
「どの薬ですか?」
「この部分です」
シロンは隣の席でセージが指し示す本を覗き込む。
「あぁ、この薬ですね。解熱剤として使用されていて、街の薬店でも取り扱っているものですね」
「なるほど。シロン様、教えて頂きありがとうございます」
「ふふふ。なんだか、セージ様の教育係になった気分で嬉しいです」
「シロン様が私の教育係ですか? それはとても楽しそうです。ただ、シロン様を見つめるのに忙しくて勉強どころではなくなってしまいそうですが」
セージの読む本を覗き込んでいたシロンは近距離からセージに見つめられて、慌てて自分の席に座りなおす。
「シロン先生、ここも教えて頂けますか?」
セージはにこりと可愛らしく笑った。
ケルビンは次々と読みたかった書籍を発見してしまい、読書に没頭している。その後の時間も引き続き図書室で閲覧することを希望した為、薬草園へはセージのみを案内する事になった。
「本人のご希望とはいえ、ケルビン様を図書室に残して来て良かったのかしら」
「本来の目的を忘れるほど、熱中していましたからね」
「セージ様はよろしかったのですか?」
「私はシロン様に薬草園を案内していただけるのを楽しみにしていましたからね。それに、幸運にもシロン様と二人だけの時間が持てたので、ケルビン王子には感謝していますよ」
セージの真剣な眼差しにシロンは頰が熱くなる。
(子供っぽくて可愛いかと思えば、急に大人びて素敵な殿方になるのだもの。セージ様には驚かされてばかりだわ)
王立研究室で管理している一般的な薬草園の一つに到着する。
「セージ様、こちらの薬草園をご案内いたしますわ」
「お願いします。どんなものが栽培されているんだろう」
広い敷地内には水路が張り巡らされ、多種多様な薬草が栽培されている。中央にはクリスタルの大きな温室が目を引く。
「温室もあるのですね」
「はい。温室には私専用の薬草園もあるのですが、危険なものも植わっている為、そちらはご案内できないのです」
「それは残念です。いつかシロン様に案内していただける日が来ればいいのですが」
二人は薬草園を散策し、薬草を採取したり、次にどんなものを育てたいかを話しながら楽しく過ごした。
「シロン様はどうして薬学を?」
「元々はお母様の病気を少しでも治したくて、王立研究室室長のピートに教えを請うたのが始まりでした」
「そうだったのですね」
「セージ様はどうして薬草栽培を?」
「最初は作物を丈夫に育てる為の土壌改良研究を行っていたのですが、連作障害対策で薬草を植えた所、薬剤を使わなくても害虫が付きにくい畑が出来まして。それでもっと薬草の栽培を研究してみようと。まぁ、今でも分からないことだらけで原因を解明するのが面白いんですが」
「それはすごいですね。面白い効果が見つかったら、また教えてください」
昼食の時間となり、二人は薬草園を後にした。