使節団との謁見式
候補者が待ち構える大広間にシロンの入室が朗々と告げられ、扉が開く。どこか張り詰めた会場では、各国の使節団がシロンの登場を待ち構えていた。シロンは今まで感じたことが無い圧に、思わずひるみそうになる。エスコート役のピートの目が”側にいます”と伝えてくる。後ろに控えるラカも”姫さんなら大丈夫”と小さく頷く。ピートとラカの存在が心強かった。
息を一つついて、広間へと踏み出す。少し先の斜め前に視線を向ける。顎を下げない。口角を上げて自然な微笑みを保つ。何度もマナーの教師に注意を受けたことを意識しつつ、姿勢よく優雅に見えるように歩いていく。そんなシロンの一挙手一投足を見逃すまいと、食い入るような視線が降り注ぐ。
正面にある謁見席までの距離が、こんなに長く続くように感じたのは初めてのことだった。既に謁見席に居るディオ国王の隣にたどり着くと、ピートからそっと手を離し席に座る。ピートとラカは静かに下がり、側近の位置へ立つ。
シロンが席に着くと、ラヴォーナ国の宰相が使節団の前に進み出る。手に恭しく持つ巻物をさっと上下に開いて掲げると、朗々とした声でシロン姫成人の儀の告知を読み上げる。読み終わった巻物を手品のように美しく巻きとると、宰相は元の位置に戻っていく。
それを見届けてから、ディオ国王はゆっくりと立ち上がり、広間を見回す。
「此度は、各国よりの来訪を改めて歓迎する。先ほど告知があった通り、七日後に成人の儀を迎える、我が娘シロンを紹介しよう」
ディオ国王はシロンに手を差し出すと、そっとその大きな手を取り立ち上がる。
「お初にお目にかかります。ラヴォーナ国国王ディオが娘、シロン・ラヴィターニアです。各国の使節団の皆様におかれましては、私の成人の儀を祝う為に遠路ご足労頂き感謝致します。皆様との交流を通して、たくさんの学びが得られる事を楽しみにしております」
シロンは挨拶の姿勢をとると全体に目線をやりにこりと微笑む。その可憐な姿に早くも多くの若者が魅了されたようだ。シロンの挨拶が終わるとディオ国王は言葉を続ける。
「短い期間ではあるが、各国の未来を担う者同士、交流を深め、五カ国間の友好につなげて欲しい。最後になったが、各国の素晴らしい若者達が、ラヴォーナ国の未来を伴に担う婿候補として名乗りを上げてくれたことを、大変喜ばしく思う。どうか、最終日までつつがなく過ごしてほしい」
謁見式が終わると、広間は使節団の交流を目的としたお茶会の会場へと変わる。左右の壁側には各国のテーブル席が設けられているが自由に行き来できるように立食形式のお茶会だ。少々変則的なお茶会になってしまったのは、各国の席の並びだの、序列だのややこしい事になる為、この形式がとられた。
中央には一口サイズの色とりどりの軽食や艶やかなパイにタルト。可愛らしくアイシングされたクッキーに、クリームの花で彩られたプチケーキが溢れんばかりに用意されており、見ているだけで楽しい気持ちになる。いつもであれば、ラカにあれもこれも取って来て欲しいとねだるシロンも、流石に今日はそれどころでは無かった。
「姫さん、大丈夫か~」
ラカが他には聞こえないような小さな声でシロンを伺う。シロンは小ぶりな扇で口元を隠すと張り付いた笑顔を解除する。
「顔が引きつりそう」
「シロン様、これからが本番ですよ。気を引き締めてください」
ピートが微笑みを浮かべて静かに告げる。謁見席を目指して、我先にと各国の候補者が挨拶にやってくるのが見えた。
「シロン良いか? お前の婿となる候補者を紹介しよう」
ディオ国王の問いかけに、シロンはなんとか微笑みの仮面を被りなおすことに成功した。
シロンと候補者達の長くて短い七日間が始まった。