プロローグ
初投稿です。よろしくお願いいたします。
「時間となりました。女王様」
エスコートに差し出された手を見つめる。何度この手に救われたことだろう。反応が遅れたことで手の主から、心配が滲んだ声がする。
「不安ですか?」
「……大丈夫よ」
なんとか笑みを浮かべ、絹の手袋に包まれた手を委ね立ち上がる。
「参りましょう」
暖かな手にひかれて歩く回廊には人気は無く、石畳を進む二人の足音だけが響いている。
(不思議、子供の頃から過ごして来た場所なのに、どこか知らない場所みたい……)
回廊に面した庭園はすっかり荒れてしまって昔の面影を見ることは出来ない。鮮やかに咲き乱れていた花々の姿は無く、ところどころ申し訳程度に咲く控えめな野の花が風に揺れているだけだ。長らく続いた戦の余波はこんなところにも及んでいる。失ったものは決して取り戻す事は出来ない。
(……本当にこれで良かったのかしら)
ここまで来て迷いが生じる心の弱さに思わずため息が出そうになる。
「女王様、どうかされましたか?」
その言葉はどこか遠く他人事のように聞こえる。歩みが急に遅くなった事を訝しんだのか、いつもにない近い距離から視線を感じる。
「……姫さん、ぼーっとしてると躓きますよ」
今ではもう聞く事が出来なくなってしまった懐かしい口調。耳元で囁くようにかけられた言葉に、一瞬にして過去に引き戻されてしまう。悔恨、郷愁……様々な気持ちがごちゃまぜになって一気に押し寄せ、涙がじわりと溢れてくる。
「姫さん……」
外界から隠すようにして引き寄せられると、日向みたいな懐かしい匂いに包まれた。正装に身を包んだ逞しい胸元に、溢れた涙は吸い取られる。宥めるように何度も優しい手つきで頭を撫でられると、少しづつ心が落ち着いていく。深呼吸を一つ。気持ちを立て直して優しい腕からそっと離れ、伺うように見つめる瞳に小さく微笑んでみせた。
「ありがとう……もう大丈夫。行きましょう、皆が待ってる」
「どうぞ、お手を」
再び恭しく差し出された手を取り、今度は一歩一歩確かな足取りで歩き出す。
バルコニーが近づくにつれ、騒めきが大きくなっていく。
「扉を開け」
扉の前に立つ兵士が重厚な扉を開け放つと、光が差し込んで一瞬視界が奪われる。瞬きを一つして目を開くと、大歓声に包まれた。