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『メイビーストア』シリーズ

メイビーストアのセルフレジ

作者: ごんたろう

 『メイビーストア』シリーズの第6弾です。



 店の自動ドアをもう一度見やるが綿貫さんはとっくに見えなくなっていた。

 このコンビニは普通じゃない。

 勤務開始から程なくしてその事実を思い知り、覚悟をしていたはずだった。

 しかしまさか、お客様からレジ操作を教わることになるなんて。

 今まで自分というものを形作っていた常識に罅を入れられ、これまで積み上げてきた経験が途端に頼りないものに感じられた。

 しばし呆然と佇んでいた俺は、あることに気付くとはっと店長を振り返る。

「店長、何故綿貫さんはお客様なのにカウンター内にいたんですか?」


◆◆◆


 生まれてから18年。俺が培った常識では、コンビニのカウンター内に客が入ることはない。入ってはいけないものだと誰かに言われるまでもなく物心付いた頃から知っていた。

 しかし、お客様である綿貫さんは当然のようにカウンター内でレジを操作し、店長もそれを当たり前のように受け入れていた。そして、勤務初日の俺のレジ教育をさらりと綿貫さんに頼んだのである。

 店員用の制服がないこの店では、店員もお客様も私服である。

 俺はつい先ほどまで綿貫さんを先輩スタッフだと思い込んでいた。

 俺の質問にきょとんとした天橋店長は、首をこてんと傾けると不思議そうに返答した。

「そんなの、買い物をしていたからに決まってるじゃないか」


◆◆◆


――訳が分からない!

 店長の答えを聞いて瞬時に思ったのはその一言だった。

 客として来たのだから買い物をするのは分かる。俺が聞きたいのは、何故スタッフオンリーのカウンター内にお客様が居たのかということだ。

 店長の言葉を理解しようとして、混乱しかけた頭を整理する。

 目上の者に対する言葉使いを意識して、丁寧に聞き直すと店長は持ち前のタレ眉を寄せて困惑顔で聞き返した。

「カウンター内がスタッフオンリーだなんて誰に言われたんだい?」


◆◆◆


「…誰にも、言われてません」

 そう、カウンター内がスタッフオンリーだなんて誰にも言われていない。

 コンビニのカウンターに、客として来た者が入っていくのを見たことがないからそう思っていただけだ。

 店長に尋ね返されて、自分が間違ったことをしてしまったかのような不安に襲われた。

「そうなんだ。他の店と勘違いしちゃったのかな?ウチの店のカウンターは、別にスタッフオンリーではないんだよ」

 自分の間違った思い込みを咎められると覚悟した俺に、天橋店長はのんびりと、気楽な声で説明を始めた。


◆◆◆


「セルフレジって知ってるかい?」

「お客様が自分で操作して会計できるレジのことですよね」

 天橋店長の唐突な問いに答えを返してはっとする。まさか…。

「つい数ヶ月前に、ウチもセルフレジの制度を導入することにしてね。セルフレジで会計したいお客様は、カウンター内でレジ操作をしてるんだよ」

「そ、そうだったんですか」

 まさかと予想したそのまさかだった。他の普通のコンビニでは、セルフレジはカウンターの外側から操作するシステムになっていたが、この店ではお客も店員もカウンター内で操作するらしい。

 自分の常識を当てにしてはならないと、俺はここでひとつ学んだ。


◆◆◆


「レジの操作はちゃんと覚えられたかい?」

「は、はい!」

「それはよかった。セルフレジのお客様に、レジの使い方を聞かれることもあると思うから――」

 店長が言い終わらない内に、ピンポーンと自動ドアが鳴る。

 お客様が入ってきたのかと俺はドアを振り返った。

「こんにちは。いらっしゃいませ」

 綿貫さんの教えを思い出し、笑顔を作って挨拶をする。

「あれ?ソイツもしかして、新しいバイト?」

 入ってきたのは、きつめの顔立ちをした長身でポニーテールの若い女性だった。


◆◆◆


 年は25、6歳程で、身長は172センチある俺と同じくらい。踵の高いロングブーツを履いていたから実際はもっと低いだろう。釣りあがった細眉に切れ長の目で、髪は黒だが左のこめかみから一筋だけが淡いピンクになっている。

「やあ、風間君。そうなんだ、新しいバイトの竹林君だよ」

「はじめまして、竹林透です」

 風間と呼ばれた女性は、ダボッとしたクリーム色のトップスにデニム生地のホットパンツを穿いていた。やはり、服装だけではお客かスタッフかさっぱり分からない。

「ふーん。ま、よろしく。あたし、荷物置いてくるわ」

 そう言って、黒地に白い英字が書かれた大きめのハンドバックを肩から外しながら、店の奥へと行ってしまった。


◆◆◆


 荷物を置いてくるということは、風間さんも店の人間なのだろうか。

 いまいち確信が持てないでいる俺に、天橋店長は彼女が同じくアルバイトであることを教えてくれた。

「今日は瀬山君が居ないから、彼女に仕事を教えてもらって。風間君はここでバイトを始めて一番長いから、分からないことがあったら聞いてみるといいよ」

 そんなことを話している内に、風間さんが戻ってきた。

 真っ直ぐこちらに向かってくる。

 お客とすれ違うときには「いらっしゃいませ」ときつめの顔を和らげて挨拶していた。


◆◆◆


「で、今日瀬山の奴休みなんでしょ?あたしが教えんの?」

 俺と店長の居るカウンターの近くまで来ると、開口一番風間さんが言い放った。

 風間さんのつっけんどんな話し方にも、天橋店長は気にすることなく穏やかな平常運転だ。

「うん。竹林君、今までバイトしたことはなくて、今日が初めてなんだ。さっきまで綿貫さんが来ててね、レジの操作方法を教えてもらったところだよ。あとは、バックヤードの中をちょっと案内したくらいかな」

「ふーん。それで?こいつの仕事、何なわけ?」

――え?


◆◆◆


 聞き間違いじゃなかったら、俺の仕事が何なのかって聞いてたけれど、どういうことだろう?

 メイビーストアでの仕事は分担制で、人によって仕事内容が違うのだろうか?

 疑問に思った俺も、その答えをよく聞こうと天橋店長に注意を向けた。

「それが、竹林君の仕事はちょっと変わっててね」

――え?変わってる仕事?

 どんな仕事なのか不安と期待でどきりとしながら話の続きに耳を傾ける。

「どんなお客様に対しても親切で丁寧な接客を心がけ、何事にも真摯に取り組み、周りから信頼を得られるような仕事、らしいんだよ」

――ええええええええ!?

「ハハッ、何だソレ」

 驚きを隠せない俺をよそに、風間さんは心底可笑しそうに声を上げて笑った。



PVを見て、誰かが読んでくれているのが分かると、とても嬉しいです。

読んでくれているそこのあなた様!ありがとうございます!


この『メイビーストアのセルフレジ』は、メイビーストアシリーズの6番目の作品になります。

このシリーズはどれを読んでも短編として楽しめるよう配慮しているつもりですが、時系列で繋がっているので一番から順に読むのが、一番分かりやすくておもしろいかもしれません。


短編としてバラバラに投稿してるので、続きを読みにくいだろうなぁとは思うのですが、未完の連載小説をいくつも抱えたくないのでこんな形で投稿しております。

元々は、文章を書く練習として書いていた250字前後のショートショートだったのですが、色々とネタを思いついたら続きを書きたくなってしまいシリーズ第六弾にまでなりました。

シリーズ第十弾になったら、連載作品としてまとめようかな~と思案中です( ̄▽ ̄*)

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