表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

そして願いは叶わない。


 クリスマス・イヴ前日の、12月23日。


 この日の五味は、明らかに浮かれていた。


 いや、浮かれているのは、今日に限ったことではなかった。洋平が見る限り、先週の飲み会のときからずっと浮かれていた。


 おそらく──いや、間違いなく、きっかけは、飲み会のときに美咲が言った言葉だろう。


「デートには出かけたいけど、最後は、ここに戻って来たいな。抱かれるなら、全然知らないホテルとかじゃなく、あんたの家がいいの。あんたが暮らしている場所で、あんたの匂いがするところで抱いて欲しいな」


 美咲のそのセリフを聞いたとき、彼女が、五味の家を殺害現場に選んだのだと悟った。確かに、ホテルなどよりも確実に殺せて、かつ、殺害後の後処理も、他の場所に比べて容易だろう。


 美咲の言葉やその裏に隠された意味を理解して、洋平は、改めて、彼女の憎悪の深さを知った。同時にそれは、どれだけ彼女が洋平のことを愛していたかを意味していた。


 美咲は、これほどまでに──洋平を奪った五味を殺さずにはいられないほど、深く深く洋平を愛していたのだ。憎悪に身を任せなければ正気を保てないほどに。


 そんな美咲の、驚くほど純粋で、底が見えないほど深い気持ちを知っても、洋平は嬉しいとは思えなかった。むしろ、こんな不幸な選択を彼女がしてしまうくらいなら、愛されていなくてもいいとさえ思えた。


 洋平は、五味が嫌いだ。聖人君子でもないのだから、自分を理不尽に殺した相手を好きになれるはずがない。


 それでも洋平は、今この瞬間だけは、五味を守りたいと思った。彼の命を守りたい。正確に言うなら、彼は死んでも構わないが、美咲に殺されないでほしい。


 けれど、今の自分には、何もできない。死人である自分には、生きている人間と意思疎通をする方法がない。


 洋平の気も知らず、美咲の真意にも気付かない五味は、明日のデートプランの確認をしていた。自信家で承認欲求の強い彼は、美咲を喜ばせるために、高校生とは思えないデートプランを立てていた。もちろん、その費用の出所は、彼自身ではなく彼の親だが。


 さらに彼は、明日の美咲とのセックスのために、普段は2日に1回のペースで行っている風俗通いもやめていた。金で繋がりのある愛人のような立場の女性達にも、連絡を取っていなかった。


 美咲には、自分がどれだけ将来有望であるかを語っていた。自分は、いずれ親父の後を継いで、会社のトップに立つ人間だ。自分の家の会社は大きく、この周辺だけでも、現時点で、洋平を埋めたマンションの建設予定地や、会社のビルの建設予定地、さらに保育園の建設予定地の事業を請け負っている。


 これだけ規模の大きな仕事をいくつも請け負う会社なんだから、俺について来れば、間違いなく将来は安泰だ。


 美咲はそんな五味の自慢話を、すっかり上手になった作り笑いで聞いていた。


 このまま美咲と付き合っていたら、安泰な将来など五味には訪れない。明日には死体となり、池に沈み、未来などなくなるのだ。


 洋平は祈った。ただただ祈るしかなかった。


 明日までに、美咲と別れてくれ。美咲に殺されないでくれ。そうでなければ、今日中に、事故か何かで死んでくれ。


 美咲を殺人犯にしないでくれ。


 自分を殺した相手に対する、奇妙な願いだった。

 もちろんそれが、届くことはない。


 五味が美咲と別れることなく、事故で死ぬこともなく、クリスマス・イヴが訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても丁寧な文章で、わかりやすいです。 主人公が幽霊?で、何も出来ないけど起こってることはわかってるというのがもどかしい(><;) 正当防衛が成立しにくいことや、逆にゴミみたいな人が守…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ