そして願いは叶わない。
クリスマス・イヴ前日の、12月23日。
この日の五味は、明らかに浮かれていた。
いや、浮かれているのは、今日に限ったことではなかった。洋平が見る限り、先週の飲み会のときからずっと浮かれていた。
おそらく──いや、間違いなく、きっかけは、飲み会のときに美咲が言った言葉だろう。
「デートには出かけたいけど、最後は、ここに戻って来たいな。抱かれるなら、全然知らないホテルとかじゃなく、あんたの家がいいの。あんたが暮らしている場所で、あんたの匂いがするところで抱いて欲しいな」
美咲のそのセリフを聞いたとき、彼女が、五味の家を殺害現場に選んだのだと悟った。確かに、ホテルなどよりも確実に殺せて、かつ、殺害後の後処理も、他の場所に比べて容易だろう。
美咲の言葉やその裏に隠された意味を理解して、洋平は、改めて、彼女の憎悪の深さを知った。同時にそれは、どれだけ彼女が洋平のことを愛していたかを意味していた。
美咲は、これほどまでに──洋平を奪った五味を殺さずにはいられないほど、深く深く洋平を愛していたのだ。憎悪に身を任せなければ正気を保てないほどに。
そんな美咲の、驚くほど純粋で、底が見えないほど深い気持ちを知っても、洋平は嬉しいとは思えなかった。むしろ、こんな不幸な選択を彼女がしてしまうくらいなら、愛されていなくてもいいとさえ思えた。
洋平は、五味が嫌いだ。聖人君子でもないのだから、自分を理不尽に殺した相手を好きになれるはずがない。
それでも洋平は、今この瞬間だけは、五味を守りたいと思った。彼の命を守りたい。正確に言うなら、彼は死んでも構わないが、美咲に殺されないでほしい。
けれど、今の自分には、何もできない。死人である自分には、生きている人間と意思疎通をする方法がない。
洋平の気も知らず、美咲の真意にも気付かない五味は、明日のデートプランの確認をしていた。自信家で承認欲求の強い彼は、美咲を喜ばせるために、高校生とは思えないデートプランを立てていた。もちろん、その費用の出所は、彼自身ではなく彼の親だが。
さらに彼は、明日の美咲とのセックスのために、普段は2日に1回のペースで行っている風俗通いもやめていた。金で繋がりのある愛人のような立場の女性達にも、連絡を取っていなかった。
美咲には、自分がどれだけ将来有望であるかを語っていた。自分は、いずれ親父の後を継いで、会社のトップに立つ人間だ。自分の家の会社は大きく、この周辺だけでも、現時点で、洋平を埋めたマンションの建設予定地や、会社のビルの建設予定地、さらに保育園の建設予定地の事業を請け負っている。
これだけ規模の大きな仕事をいくつも請け負う会社なんだから、俺について来れば、間違いなく将来は安泰だ。
美咲はそんな五味の自慢話を、すっかり上手になった作り笑いで聞いていた。
このまま美咲と付き合っていたら、安泰な将来など五味には訪れない。明日には死体となり、池に沈み、未来などなくなるのだ。
洋平は祈った。ただただ祈るしかなかった。
明日までに、美咲と別れてくれ。美咲に殺されないでくれ。そうでなければ、今日中に、事故か何かで死んでくれ。
美咲を殺人犯にしないでくれ。
自分を殺した相手に対する、奇妙な願いだった。
もちろんそれが、届くことはない。
五味が美咲と別れることなく、事故で死ぬこともなく、クリスマス・イヴが訪れた。




