目的は、殺すこと。殺意の大きさが、憎悪の深さ。
クリスマス・イヴの1週間前である12月17日。
五味の家で、再び飲み会が開かれた。
参加メンバーは前回と同じく、洋平殺害に関わった4人──五味、六田、七瀬、八戸。
この飲み会を開くことを提案したのは、美咲だった。
「あんたの友達とも仲良くしたいんだ。私は、あんたの彼女なんだから」
美咲のその言葉に五味は満足気に頷き、他の3人を集めた。
洋平には、美咲の意図が分からなかった。
美咲は五味を殺す気だ。それなのになぜ、彼の関係者と接触し、親交を深める必要があるのか。こんなことをしなくても、五味はもう完全に美咲を信用し切っている。だからこそ洋平を殺したことを話した。もう何もしなくても、彼の油断を突いて殺すのはそう難しくないはずなのに。
五味の家で食べ物と飲み物を囲みながら、美咲は彼に肩を寄せていた。その顔には、洋平が見れば明らかにそれと分かる作り笑いが浮かんでいる。彼女は、暇さえあれば、鏡の前で表情を作る練習をしていた。嬉しそうな笑顔。照れたような笑顔。媚びるような笑顔。
洋平が見れば作り物だと分かる、偽りの顔。
しかし、五味は気付かない。美咲の笑顔を心からのものだと信じ、浮かれている。
生前から、洋平は疑問に思っていたことがあった。五味のようなクズが、どうして、美咲を無理矢理自分のものにしようとせず、熱心に口説くという正攻法を取っていたのか。
確かに、洋平を殺す直前には、洋平のLOOTを使って美咲を呼び出し、襲おうとしていた。だが、それまでは、そんな薄汚い方法など使わず、正攻法で口説いていた。
美咲に笑みを向けられて有頂天になっている五味を見て、洋平は、ようやくその理由に気付いた。
五味は、何の努力もしないくせに、承認欲求だけは強いのだ。だから、自分が心から気に入った女──美咲に好かれたかった。認められたかった。薄汚い手など使わず、自分に惚れさせたかったのだ。だからこそ、今、こんなに浮かれているのだろう。美咲と付き合うことができて舞い上がり、彼女を簡単に信用した。その結果、洋平を殺したこともあっさりと口にした。
浮かれて酒を飲む五味は、六田にも何度も酒を勧めていた。そのため、2人は完全に酔っ払っていた。
八戸は必要に応じて買い物に行かなければならないので、酒は飲んでいない。
また、七瀬も、酒は弱いと言って少ししか飲んでいない。
そんな4人の様子を、美咲は冷静に見つめていた。五味にしな垂れ掛かり、甘えるような表情を見せながら、目だけは、冷たい光を放っていた。明らかに、4人の人間性を観察している。
私は五味の女。そう物語るように彼に肩を寄せつつも、美咲は、他の3人にも積極的に話しかけていた。会話を誘導し、彼等の口から出る言葉から、その性格や性質を分析しているのだ。4人の関係性やこの集団での序列、洋平を殺したときの役割の大きさなどを探っている。
気の弱い八戸はボソボソと喋るだけだが、七瀬は、はっきりとした口調で、五味や六田を持ち上げるようなことを滑らかに口にしていた。
六田は、酒の力も手伝って、自分語りをすることが多かった。自分がいかに優れた人間か。ボクシングなどというマイナースポーツなんかで活躍していた洋平よりも、高校野球というメジャーなスポーツでエースである自分の方が優れているはずだ。そんなことを、自慢気に話していた。それが、美咲の逆鱗に触れているとも気付かずに。彼女に殺意を向けられているなどとは、微塵も思わず。
洋平は、もう気付いていた。気付いても、自分でも意外なほど驚かなかった。ただ、絶望しただけだった。もともと、そんな予感はあったのだ。そんなはずがない、そこまでするはずがないと、自分に言い聞かせていただけで。
美咲は、五味だけではなく、他の3人も殺すつもりなのだ。だから、彼等を上手く殺せるように、その性格を観察しているのだ。
もう体などないのに、洋平は、美咲の前で必死に彼女に訴えた。必死に説得した。その声は、彼女には届かない。洋平の姿は、美咲の瞳には映らない。
このような状況になって、洋平は、今までで1番、死というものの恐ろしさを感じていた。
自分の声は、もう、美咲には届かない。
自分の手は、もう、美咲に触れられない。
自分の言葉では、もう、美咲を説得することはできない。
自分の姿は、もう、美咲の瞳には映らない。
もう、自分には、何もできないのだ。




