ふぁんたじーFX inサマー
外ではセミが盛っている。声量が性欲に比例するのであれば、僕は囁き程の声さえあればいい。
「もしかして、あれは『熱くて死ぬ……!!』的なやけくそ絶叫なのだろうか?」
セミの心情を察するには些かセミに対する理解が足りないなと感じつつも、時折木の下に落ちている真っ白に燃え尽きた奴らを見ると、そんな生き方もありかなと思うのであった。
「……ダメだ、いまいち集中出来ない」
机に向かうも1時間足らずで集中が切れ、扇風機に向かって顔を近づけると、窓ガラスの向こう側に黄色い巨大な何かがぼんやりと見えた。
──ガシャーン!!
「──!!」
窓ガラスが割れ、巨大なショベルカーのショベル部分が僕の部屋に突っ込んできた!
「オーライ! オーライ!」
そしてガバッとショベルを開くと、僕の部屋に大量の砂を待ち散らしてショベルを引っ込めた。
「えっ!? また!? 今度は何!?」
割れた窓ガラスから顔を出そうとするが、またしてもショベルが突っ込んできたので、慌てて回避する。ショベルは計10回、僕の部屋に白い砂をばら撒いて去って行った。
──ガラッ!
今度は黒服の男が二人、僕の部屋にスコップと野球部がグラウンドをならすトンボを持って現れた。
「いまさら『誰!?』とは聞かないけれど、張本人を早く呼んでおくれ……」
黒服の男達は、テキパキと僕の部屋に砂を広げ、パラソルとビーチによく置いてある白い椅子をセットした。
「あ、この椅子【ビーチラウンジャー】っていう名前なんだ……」
スマホで気になる事をすぐ調べられる素敵な時代に感謝し、僕は作業の終わりを待った。よく見たら砂はサラサラのパウダーサンドで、触っているだけで南国気分だ。
黒服の男が、ラジカセを取り出し僕に持たせた。そしてラジカセの再生ボタン(▶)を押すと、ハワイアンな音楽が流れ始めた。
「芽衣子様! 支度が整いました!!」
黒服の叫びと共に、割れた窓ガラスからパレオ付きのビキニを着た芽衣子がひょいと現れた。ちょいと似合わないサングラスと、手にはココナッツに極太ストローをさして、いかにも南国気分を味わっている。
「ご苦労様、もういいわよ……。そうそう、チップを忘れずにね」
芽衣子がココナッツの中から金の延べ棒を取り出して、黒服達に手渡した。ココナッツジュースが滴っているし手がベトベトになるけど良いのだろうか?
黒服達が去ると、芽衣子はそっと即席のビーチに寝そべり、サングラスを外した。そしてココナッツジュースからサンオイルを取り出し、そっとビーチに置いた。
「オイル……塗って?」
例によってFXで一発当てた芽衣子の奇行。僕はそっと無視をして勉強机に向かおうとして──止めた。
「…………」
ココで無視するといつものルートに突入しそうだ。ココは一つ相手の言うとおりにするのも悪くはないだろう。
「分かりました芽衣子様……」
僕はココナッツジュースでベトベトになったサンオイルの蓋を外し、手にオイルをかけた。
「珍しいわね、まあいいわ。さっさとおやりなさいな」
しかし人様にオイルを塗りたくるなんて、したことがない。……まあ、適当に擦ればいいか。
──ぬりぬり
──ぬりぬり
「あら、水着の中も……塗って?」
芽衣子が背中のヒモを外し、背中が全て露わになった。何より横からパイオッティーが「オッス!オラ悟空!」しているので、思わず目をそらしてしまった。
「……それくらい見ても良いのよ?」
「いや、僕まだ高校生だから……そういうのは……どうかな、って……」
しどろもどろな返事。どうにもこうにもこの手のやり取りは苦手だ。芽衣子は見た目は普通に可愛いし、性格はアレだけどそこが好きだし、その上こんな風に背中にオイル塗って、しかも横からサイドアタックだなんて…………僕の日経平均株価のストップ高が止まらないじゃないか。
「芽衣子……」
「ん、なぁに? 発言を許すわ」
「……好きだよ」
「──なっ!?」
そっとビキニのヒモを結び、オイルに濡れた手をタオルで拭いて、そっと芽衣子の頭を撫でる。
「ちょっ!? ふぁ!? ふぁぁぁぁ!?!?!?」
「芽衣子は可愛いなぁ……」
小さく囁きながら、頭から頬へそっと、そっと手を這わせた。
「ま、まだ段ボールハウスじゃないわよ!? 一体どうしたの!?」
「自分の心に素直になっただけだよ? それより芽衣子の方こそ顔が赤いよ、どうしたの?」
「なっ、なんでもっ……ある……わよ」
芽衣子が顔を背けた。
囁きにこれでもかと言わんばかりの想いを乗せ、セミに負けないくらいの大きな愛を芽衣子にぶつける。
窓の外に黒服達が見えた。どうやら魔法の時間はもう終わりのようだ。こういうときに限って、早く終わりを迎えるのは寂しい気がするが、別に二人の時間はまだまだある。
「可愛い僕のシンデレラ。続きは段ボールハウスの中で…………」
黒服達が現れ、ココナッツジュースから金の延べ棒を回収。ビーチラウンジャーやパラソル、砂やサンオイルまでもが回収されていく。
最後にボロに着替えた芽衣子がビキニを黒服へ。
「あ、それは僕が買うよ」
「……45000円だが」
『買うよ』と言ったことを一瞬後悔しつつ、僕は今まで貯めてきた貯金の殆どを黒服へ手渡した。
「……い、いいの?」
「ああ、段ボールハウスの前にある川で一緒に泳ごう」
「……私達だけの南国ね」
「ヘビやネズミもいるさ」
「……素敵ね」
芽衣子の肩を抱いて、僕達は河川敷へと向かった…………。