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閉口の猫、画策の教皇

勘違い系特有の他者視点編

「本当になんなのだこの男は」

騎士たちを謎の力でどこかへ追いやった後意識を失った男を魔法で治療しつつ、猫ーーー神獣ラスティラは呆れたように呟く。


この不思議な男との出会いを思い出す。

遡る事数日前、ハルジア王国の国教であるラスタリオン教の主神の遣いとしての役割を持つ神獣であるラスティラは敵国の教会騎士からの襲撃を受け、重傷を負いながらも命からがらこの森に逃げ込んだ。

傷自体は深いものではなかったが、掠った武器に塗られていたものが問題だった。ラスタリオン教の神が苦手とする葱を煎じて作られた毒。

傷口から入り込んだ毒が体を巡り、意識を失いかけ倒れていた自分。

それを救ったのがこの男だった。


最初は警戒し噛みついてしまった自分に敵意を見せる事もなく、逆に安心させるかのように頭を撫でてくる男に困惑したのも束の間、どこからか持ってきた水で男はラスティラの足の傷を消毒し始めた。自分の腕の噛み傷を放置してまで治療を進める男にラスティラが驚きを隠せなかったのも仕方のない話だろう。

治療が終わったと思えば、食事まで用意する尽くしっぷり。ラスティラの優れた記憶力は、男が自分に食事を出すばかりで彼自身何も食べていなかったことを覚えていた。男がしゃべる言葉は理解出来なかったが、彼の態度からは自分に対する好感しか見て取れなかった。ここまで自分に尽くす男に違和感を感じ、もしや男が自分が神の使いとして知られているラスタリオン教の信者なのだろうかとも思ったが、信者ならば全員入れているはずの刺青は確認できなかった。


治療だけにとどまらず、今日に至っては怪我の原因となった騎士を撃退してのけた男にラスティラは恩義を感じると同時に焦燥を覚えた。


これだけ尽くされたにもかかわらず自分は彼に何も恩を返せていないのである。若輩者であっても神の一柱である自負を持つラスティラは男に何らかの形で恩を返さなければと考え、ふと昔上司である奔放な主神から聞いた、男にはとりあえず自分に好意的な女の子を与えておけば喜ぶという知識を思い出す。そこからラスティラは(少なくとも彼女の中では)理想的なアイデアを思いつく。人化スキルで彼好みの女の子になれば喜んでくれるのではないか、というものである。他者が彼女の思考を知れば、その身もふたもなさすぎるがある意味では真理といえる知識に突っ込みを入れるのだろうが、残念なことにその場にそれを指摘する者は居なかった。

善は急げとばかりに男の頭に肉球を押し付け記憶を読みとり男の女性の好みを知ろうとするラスティラだったが、結果として彼女は驚愕することとなる。


この世界のどこにも存在しない建築様式の建物が並ぶ街、引く馬もいないのに動く乗り物、今まで見たこともないものだらけの記憶。

この世界の知識を司る神獣であるラスティラは、この世界には存在しないものを知る男をここではない別世界から来た人間なのだと断定した。

男が異世界人である、という点にも驚いたのだが、何よりも驚いたのが彼の人生の救われなさだ。


他人との交流に楽しみを見いだせず、孤独に生きたいと願いながらもそれを許さない周りの環境。その上毎日を苦しみと共に生きた彼の末路が何よりも嫌っていた他人からの干渉によるものであったことがラスティラにより一層の憐れみを抱かせるに至った。こんな人生を歩んでいたのならば騎士たちが襲いかかってきたときの憎しみに塗れた表情を取るのにもうなずける。記憶の中の彼の人間不信っぷりからすれば女性の好みなどあるはずも無いし、仮に人に化けても彼を警戒させるだけになってしまうだろうなと思ったラスティラだったが、彼女の中に新たに疑問が浮かぶ。


なぜ転生してきたとはいえ他者に虐げられそれに苦しんできた記憶を持つ者が、会ったばかりの自分を助けてくれたのだろうか?

脳裏に浮かぶのは男と出会ってからの数日間のこと。騎士たちに向けた顔とは違う、柔らかい笑みで傷付いた自分を治療してくれた男の様子からは何かを隠している様子は感じ取れなかった。己の他人を嫌う気持ちを押し殺しながら助けてくれたのでは無ければ、何故あんなにも優しい顔を嫌っているはずの他者に向けられるのか。


が、その疑問は意外にもすぐに解消されることとなる。


彼の記憶に、自分によく似た「猫」と呼ばれる愛玩動物が現れた瞬間。ラスティラはすべてを察した。









———————————


豪奢に飾り立てられた部屋の中。


脂ぎった肌に禿げかけた金髪の中年の男が苛立ちを露わにするかのように勢いよく机に拳を叩きつける。


「教会最高戦力を連れながら捕獲に失敗するとは何事だ!」


男、エルペロス教教皇、ガルドン=レバトリーが今し方殴りつけた机の前には清廉さを表すかのような白い鎧に身を包んだ男たちが跪いていた。


彼らは敵国の信奉する邪教の神であるラスティラ討伐の任を受けたエルぺロス騎士団の征伐部隊である。信者の中でも特筆した戦闘力を持つものが選抜されたこの部隊は戦争下でも重宝されており国内ではその勇猛さから国民からの憧れと感謝を集め、国外では神敵と定められた相手に対する容赦のないやり口から悪名を轟かせていた。


今回はそんな国内最強の部隊に加え神から貸し与えられた神器に、たいていの傷ならばすぐに再生し治療してしまう邪神への対抗策として高価な葱毒を使用した一大作戦。

戦争の兆しが見えてきている中で敵国の神の一柱を崩すことができれば、相手の動揺を利用して優位に戦争を進めることができると考えての計画だった。準備に準備を重ねた失敗するはずのない計画、のはずだった。


しかしながら結果としてエルペロス教最強戦力であるはずの彼らは第一目標であるラスティラを滅ぼすことすら叶わず、それどころか敗走して帰ってきた。部隊の損耗は高く、送り出した騎士のうち8割強が帰らなかった。この事実は百戦錬磨の教皇のガルドンですら予想し得ぬものであり、彼の平常心を奪うに至った。しかし彼の中に少し残った平常心が疑問を彼の中に訴えかける。


仮にも国内最強の名を冠する騎士団がここまで完膚なきまでに敗北すること、そんなことが彼らのミスや慢心のみで引き起こされうるのか。その疑問から少し心を落ち着かせたガルドンはこめかみを抑えつつ生き残りの一人である騎士団長に問う。


「………誰だ?誰がお前たちをここまで追い詰めたのだ?」


「…本来は邪神討伐時の撮影用のものでしたが、こちらに下手人の顔が記録されております。映像に多少乱れは見られますが…」


そう言って騎士団長が差し出したのは輪状の革細工。ガルドンはそれを受け取るとその輪に通された小さな銀の板の模様に指をかざす。


瞬間、銀板から光が溢れ執務室の白い壁に映像が映し出される。


映像は騎士たちが討伐対象の邪神を攻撃しているところから始まった。騎士たちは葱毒を染み込ませた剣でもって邪神を斬り付ける。邪神はそれらの攻撃を身体強化魔法を使って回避しようと奮闘するものの、数日前の毒が抜け切っていないのか、その動きは精彩を欠いていた。回避になんとか成功するも、それは当たってもおかしくはなかったと戦闘を生業としているわけではないガルドンでさえ感じるほどに危うい。


そんな中、場違いな男の叫びが響く。黒い髪の男だ。少なくともこの国周辺の出身ではないだろう。そんな男が戦闘が行われていた場所の後ろの木々の間から姿を現した。


騎士たちは見るからに貧相なその男を無視して邪神への攻撃を続ける。男は少しの間呆然としながら邪神が攻撃されているのを見ていたが、次の瞬間動き出す。


男が叫びながら邪神を庇うかのように前に出る。その顔は焦燥感と憎しみがないまぜになった酷いものだった。騎士たちはその男の無謀な突撃に嗜虐心からか下卑た笑いをあげ、騎士のうちの一人が邪神への攻撃をやめ男に切りかかる。避けることもできずに攻撃を受けたその男は血を流して倒れる。が、次の瞬間映像が映し出す景色が一変する。


緑の森の景色が、突如として真っ青な空のものに変わる。彼は足場のない空中に居た。


撮影していた騎士が下に向けた魔道具が、遥か下に勢いよく流れる渓流を映し出していた。


重力に従って勢いよく下へ下へと落ちていく騎士は叫び声を上げるがそこに彼を助ける者は誰もいない。


ぐしゃり


凄惨極まりない音が鳴った直後。

元々この記録魔道具を所持していたものの末路を示すかのように、映像がぶつりと途切れた。


「これは任務の後に行われた探知捜査の結果見つかった団員の遺体のそばで発見されたものです。」


呆然とするガルドンをよそに騎士団長は説明する。


「見つかった遺体は全てあの森から最低でも国一つ以上離れた異なる場所で発見されました。現代の魔法技術でこの事象を起こすことは不可能、つまりこれは失われた魔法の一つである転移魔法であると考えられます。にわかに信じ難い事ですが…」


「失われた魔法だと⁉︎あり得ん…」


失われた魔法、遥か昔の魔法師達が生み出した魔法のうち、空気中のマナが薄れた現代では再現不可能と言われている魔法の総称である。


空気中からマナを借りずとも失われた魔法を使える、ということはそのまま使用者本人が持つマナ総量の多さを示している。


ガルドンも口では否定しつつも、先ほどの映像からそれが事実であることを理解し始めていた。今まで3000年現れなかった失われた魔法を使える魔法師。今では伝承の中でのみ謳われるそれ。太古の戦争では一人の魔法師が数万もの非・魔法師の兵士の大軍をたった一度の魔法で全滅させたという記録も残っている。そんな”意志ある災害”ともいえるモノをエルぺロス教は敵に回してしまったのだ。間違いなく、教団設立以来最大の危機だ。魔法師本人に対しての攻撃さえしていなければまだ言い訳が立ったものの…と今やこの世にいない騎士をがルドンは心の中で詰るが、そんな現実逃避をしても何ら効果はないことは本人が一番理解していた。


そうして、もはや一刻の猶予もないとガルドンは不本意ながらもある決意を固める。




「………この映像の男に懸賞金をかけるように平和機関の連中に伝えろ、奴らに借りを作るのは気にくわんがワシらの手に負える相手じゃない。」


長い沈黙の後、ガルドンは頭痛を感じながら結論を出す。


「良いのですか?次回の集会の時に何を要求されるかわかったものでは…」


「……少なくとも化け物をのさばらせて置くよりはマシだ。平和機関の子飼いの奴らはまだ話が通じる化け物だからいいが、あの男に関してはワシ達が攻撃を加えていた時点で友好関係は築けんだろう。」


「化け物には化け物を、だ。」


そう締め括ったガルドンだったが、その顔から苦々しさが消えることはなかった。






ーーーーーーーーー


かくして、彼の存在は世の実力者達の知れ渡ることとなる。


平和機関から全世界に発表された史上最高額の懸賞金の男。


ある者は懸賞金を、ある者は失われた魔法目当てで、様々な思惑を持った者達が彼を狙う。



そんな彼らに巻き込まれ、猫を吸うどころではなくなるまでそう遠くはないことを、いつの間にか治っていた傷に首を傾げつつも呑気に猫を吸う彼は知る由もないのだった。


ラスティラ: 転生者くんが元いた世界で猫と呼ばれている生物に酷似した見た目の神獣。主神の使い、という一段下がるランクに収まってはいるもののこれでも立派な神の一柱である。実はラスタリオン教の神中でも上位の神なのだが奔放な主神に振り回されて苦労人ポジが染み付いている。

転生者くんが記憶の中で猫吸いを凄い勢いでしているのを見てすべてを高速で察することができる程度には頭がいい。


教皇: 苦労人ポジその2。どう見ても同人誌の竿役にしか見えない見た目だが、エルペロス教を一途に信仰する敬虔な信徒であり我欲を自らの業務に挟むことはない。いつも戦闘狂ぎみの征伐部隊の面々が起こす様々な問題に頭を悩ませている。今回の転生者くんの件で頭に生えていた尊い命のほとんどが儚く散った。





一応短編なのでこれで完結ということになります。

万が一にでもこんな駄文をここまで読んでくださった方々には感謝。

本編に直接の関係がある訳ではありませんが、あと一つ番外編があるのでよろしければ読んで頂ければと思います。

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