人間不信の転生者は今日も今日とて猫を吸う
初投稿です。
俺は物心がつく頃から他人と関わるのが嫌いだった。
自由時間があれば一人で過ごしたかったし、授業での自分の発表に対する他人の反応をみるたびに吐き気を覚える感じがした。
そんな世の中の大半の人間とは異なった感性を持っていたからか俺の学校での生活には友達のとの字も無く、毎日授業以外は学校裏に集まる猫を眺めて生活していた。
俺が猫を好きだった理由の一つに人間の言葉を喋らないし理解しないから、というものが存在していたことからも自分の社会性の低さが理解できる。
俺が他人を嫌い、それを見た他人も俺を嫌う。
人は鏡を地で行くような学生時代だった。
しかしながら世界はそんな俺が生き抜くことができるほど甘くはなかった。協調性を育むことなく立派な陰キャに成長した俺は当然の帰結として大学卒業後も職にありつくことができず、実家でごろごろしながら時間を無為に過ごしていた。
していた、という言い方をしたのはつい先日母に紹介してもらった知り合いの本屋に店員として就職することができたためだ。
本来ならば脱ニートだと喜びたいところではあるがそこは終身名誉陰キャである俺。個人の小さな書店であるとはいえ店員というどう考えても他人とのコミュニケーションが必須になるであろう職に就くことを喜ぶことなどできなかった。女手一つで俺を育ててくれた母さんがようやく職を見つけたと喜んでいる手前、そんな態度は出せるわけもないのだが。
未だに毎朝緊張のしすぎで吐きそうになっている身ではあるし、辞めれるものならものすごく辞めたいが、親がわざわざ方々を探して遂に見つけてくれた職を自分の勝手な都合で放棄するほどの精神の強さは持ち合わせていないのだ。そんなものがあったならそもそもこんなひねた性格になる訳無いだろうしな。
まぁそれを抜きにしても、だ。
電話口で何時間もいかに俺が心配か、将来はどうするのかのついての話から始まる長時間の強制二者面談を敢行されるのは俺の胃にも精神にも優しくないのである。
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小売店での接客業で一番辛いこととは何だろうか?
客に商品の場所を聞かれること?否、これも商品の配置を覚えなければいけない点では面倒だが基本的には客を誘導するのがメインで応用的な会話はほとんど必要ないし、商品が無いならば魔法の言葉を唱えれば良いだけの話だ。
品出し?否、この書店はチェーン店の本屋とは違い個人経営の小さなものだ。働く店員が高齢の店長の他に俺しかいないとはいえ、大した量でも無い本を出し入れする程度のことに一番辛いという言葉は当てはまらない。
この場合、極度のコミュ障の俺にとって一番辛いのはマニュアル外の柔軟な対応が必要な会話が必要な事例である。
そう、例えば。
客の万引きを注意しなければいけない時とか。
そんな俺の心も知らずに大胆不敵にも俺が品出ししている棚のすぐ近くで漫画本を数冊学生鞄にすり入れた不良を見て、俺は内心で大きなため息をついた。
最近は漫画の万引きも増えて、店長も頭を悩ませていたのだがここまであからさまにやってくるとは。見るからに不良、といった出で立ちの男たちを問い詰めるために店の奥に自分が彼らを誘導しなければならないことを考えると胃壁がゴリゴリと削れていくのを感じるが犯行を目撃してしまったからには無視することはできない。心なしか強まる胃の痛みを我慢しながら俺は意を決した。
「あっ…あの〜、今そこの本、鞄にしまいましたよね?」
完璧だ。伝えたいこと全てを短い発言の中に纏められた。満点と言ってもいいレベルの対応なのではないだろうか。
尚、最初の「あっ」は見なかったこととする。
と、脳内で今しがたした発言の採点という名の現実逃避が始まりかけるが、
今までの経験則から言ってこういうタイプは絶対に自分から認めることはない。
これで素直に認めてくれればいいのだろうが、どうせ面倒なことになるだろうなと俺が諦観混じりに相手の反応を待っていると――
「ッ…証拠でもあんのかよ!?」
背後から声をかけた俺に肩をビクリと震わせた不良は若干震えた声で声を荒げた。
ほら見たことか、やっぱり面倒なことになりそうだ。しかしこの驚きよう、まさか俺に気付いてなかったのか?どんだけ視野狭窄なんだよ…というか俺の影が薄いのか?と俺の思考は勝手にネガティブな方に逸れかけるが、その前に取り敢えず反論をと口を動かす。
「いやだから目の前で見たんですけど…」
言い終わった後になって後悔する。こう言った手合いは正論を言われても納得することはないし逆に神経を逆撫でることになるだけだ。そしてその経験則の通り不良はあからさまに苛立ちを強めてぎゃいぎゃいと騒ぎ始める。耳が痛い、比喩ではなく物理的な意味で。
うんざりしながら不良の話を聞き流し、ふと不良の後ろを見ると、今し方入ってきたのかこれまたガラの悪い男がいた。
「マサル、しくってんじゃねえよ!使えねぇな。」
「先輩!」
ふりょう B が あらわれた!
仲間を呼ばれてしまったようだ。
と、冗談っぽく考えてみたものの普通にまずい。犯罪行為を働いていて立場的に弱いのは相手の不良ズ達のほうのはずなのだが、ここからいい具合に店長のところまで誘導できる気がしない。俺のコミュ力的に。力づくで連れて行くのは体力的にも力負け確定なのでそもそも選択肢にすら入っていない。
…………これって詰みでは?
そう思った瞬間から心の底から弱気な気持ちが噴出するが、どうしようと思いつつも思考が焦りで空回りしているのか何も頭に浮かばない。ピンチになっても物語の主人公のように打開策を思いつくこともなく助けてくれる人もいない、これが俺クオリティなのである。言ってて悲しくなってきた…
「店員くんよぉ…見なかったことにしたほうが身のためだぜ?」
そんなくだらない思考からまた自己嫌悪に陥りかけていた俺にに不良Bが話しかけてくる。
「痛い目見たくなかったらさっさと見逃せや!!」
「いや…でも…………」
声を荒げる不良Bに押され自分の声が尻すぼみに小さくなっていくのを感じる。とてもつらい。これだから他人との会話は嫌なんだ。全くもって胃に優しくない。
俺の曖昧な答えに苛立ちを強めたのか、不良Bが俺を突き飛ばし不良Aが威嚇するように正面の本棚を蹴る。
突然突き飛ばされた俺は受け身も取れずに地面に転がる。普通に痛い。立ち上がろうと上を見ると、先ほどまで本棚が倒れてきているのに気づく。
転んで動けない俺の方にゆっくりと倒れてくる本棚。視界がやけにスローモーションだ。
潰される。ふとそんな思考が頭をよぎる。
本棚と床に体を挟まれた瞬間体の全身を貫くかのような痛みが走る、がまだ死んではいない。本棚には本が隙間がないほどに詰め込まれており、倒れてきた拍子にそれらが俺の体に食い込んでいく。
焦った顔をした不良たちが店から走り去っていくのが薄れゆく視界の中に映る。
おい、救急車呼べよ。
というか店長はどうした。店員が死にかけてるぞ。
店の奥で客が来ない時間帯だからとサボって寝ているであろう店長を呼ぼうと口を開こうとするが、俺の体はそれを許さず指先からどんどんと体温が冷えていく。見れば俺の流した血が血溜まりを作っているのが見える。あっこれはやばいかもしれないな。
死ぬわ、俺。
直感的に分かってしまった。
すとんと俺の心に落ちた死という概念は意外にも悲しみや憎しみを産むことはなかった。
親の脛をかじってまで意地汚く生にしがみついてきた身の割に、俺は生きることにそこまでの執着は無かったみたいだ。
そんな中、店のドアが開かれたような音が聞こえ、そこまでの間もあけずに悲鳴が聞こえる。薄れかけの意識の中瞑りかけていた目を開くと、近所の学校のJKが血だらけになって本棚につぶされている俺を見て腰を抜かしていた。
携帯を取り出したのを見て、もしかして救急車でも呼んでくれるのかと思ったが違った。携帯から聞こえるカシャリという音。どうやら彼女は本棚につぶされ死にかけている男という衝撃的な光景をカメラに残そうと必死なようだ。
俺をにカメラを向けながらやばいとつぶやくJKの隠しきれていない好奇の目。
俺が何よりも嫌いな目だ。自分たちの楽しみのためなら自分以外をどうしようとも構わない傲慢な目だ。
あぁ本当に嫌になる。死んだら楽になるかも知れないと心のどこかで期待していたのに、死にかけているときにまで嫌な思いをしなきゃいけないのかよ。
あぁ、でも。
これ以上人とかかわらなくても済むんだったら死ぬのもそこまで悪くないのかもしれないな。
そんな思考を最後に俺の意識は暗転した。
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「どこだここ」
死んだと思ったら見知らぬ森の中にいた件。
頭痛と共に目を覚ましたら広がっていた日の光が射しいる隙間もないほどに木が密集した見渡す限りの森林風景。
確かにあの時死んだと思ったのだが、まさかあれは質の悪い夢か何かだったのだろうか。
あれが夢だったとしても目覚めたら森にいる、というのはどう考えてもおかしいが、まさかこれもまた夢なのか。と、俺は困惑しつつ思案を開始する。
とりあえず夢だと仮定したもののあの時の死の感触はあまりにもリアルに過ぎた。
人間は経験したことがないことをあんなにも克明に想像することができるのだろうか?
もしもあれが現実だとしたらなぜ今自分は生きているのか?
疑問が解決されることもないままに積みあがっていく。
「まぁ、寝るか」
結局面倒くさくなった俺は、考えることを放棄して寝た。
ニートになるような奴に物事の継続を求めるほど愚かなことはないのである。
と、とりあえず初手睡眠を決め込んだ俺であったが、さすがに睡眠から三回目覚めたあたりでこれが夢ではないことに気づいた。
考えることを放棄するために寝たのにその結果答えを得ることができたとはある意味では皮肉である。
あまりにもリアルな死の記憶、どこかも分からない場所への移動。
これはネット小説でよくある別世界への転生、もしくは転移という状況なのではないか、という答えを導き出すのに大して時間はかからなかった。
とは言っても。
「分かったからどうすんだっていう話だよなぁ」
そもそもの話、最近脱ニートしたばかりの書店員である俺が都合よくサバイバル知識を持っているはずも無い。
見たところ転生とは言っても自分の姿や格好は本棚に潰されて死んだときと変わっていなかった。ポケットにスマホが入っていたが当たり前のように圏外だった。まぁ常識的に考えて、異世界(仮)でスマホが繋がる訳もないのだがもうちょっと融通を聞かせてくれてもいいんじゃないかと見たこともない神に少し苛立ちを覚える。ここに俺を連れてきたのが神なのか別の何かなのかすらも俺にはわからないのだが。
考えているだけでは仕方がないととりあえず先立つものを求めてあたりを散策しようと考えて最初倒れていた場所から立ち上がる。普通であれば未知の土地での冒険というものは心を躍らせるものなのだろうが、当然のことながらこの時の俺はそんな心情を持ち合わせていなかった。そうして、そんな暗澹たる心持ちのまま俺は未開の土地でのとりあえずの第一歩を踏み出した。
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1時間程の散策を終えて分かったことなのだがここはやはり地球ですらなかったようである。俺の中の認識が異世界(仮)から異世界(真)に変わった瞬間であった。植物に詳しいわけではないが少なくとも俺が生きてきた人生の中で樹皮が青い木なんて見たことが無いしそんなものが地球に存在するとも思えなかった。異常なのが一本の木だけならば突然変異とも考えられるかもしれなかったが、このあたりの木は全てこれと同じものだった。ここまで広い森が人間に発見されていない訳がないことからもここは地球とは別の場所なのだろうと結論付けるが、結局のところ自分がこの場所のことを何も知らない、ということだけが分かった状況だ。何も分からないことが分かった、という無知の知じみた状況にため息がつきたくなるがとりあえずは元居た場所に戻るかと行きよりも重い足取りで俺は歩を進めた。
帰り道で思えば遠くまで来てしまったものだと割と真剣に途方に暮れていたところにどう見ても地球産とは思えない化け物に遭遇しかけたあたりに俺の運の悪さがうかがえる。本当に救いはないのかと俺は理不尽なこの転生の件も含めつつ信じてもいない神を呪った。
神、という言葉から思い出したことなのだが、俺が知っているテンプレに基づけば異世界転生すれば転生前に神に対面して世界に関するチュートリアルを受けた後にチートスキルを貰って異世界でウェイウェイ出来る、というのが定石のはずなのだが、そもそも俺はチートスキル以前にここに俺を連れてきた存在に会った事もないし誰かなのかすらも知らない。
この際チートスキルは良いとして、現代社会の便利さに慣れた現代っ子を森に放り込むんだったらチュートリアルの一つも欲しかった。魔獣ひしめく異世界の森、現代人が生き抜くにはあまりにも辛い環境である。
まぁ、無いものねだりしても何も始まることはない。生活基盤を整えるべきだ、と俺としては珍しく前向きかつ生産的な考えを巡らせるがそれも早々に行き詰まることとなる。
今のところ使えないスマホと今着ている服以外に持っているものが何もないことから野宿は確定だが、問題となったのは食料をどうするかということである。
野生の動物を狩っての食料集めはそもそも論外だった。さっきの散策の帰りに見かけた動物、というより魔獣というほうが似合いそうな禍々しい熊のような何かはどこからどう見ても武器無しの人間にどうにかできるレベルのものには見え無かったし、それとは別に俺が狩れるような動物がいても、あの熊(仮)を呼び寄せる可能性を考慮すると狩りはなるべく選択肢に入れたくはなかった。肉食動物は血の匂いを辿って獲物を追いつめるとも聞くしな。
第二の候補としてあたりに自生している植物を食べて生活するというものがあったが、万が一毒草だった場合のことを考えると怖い。人も怖いが死も怖い。あの時はネガティブ指数が天元突破して死も悪くないなとか考えてはいたが、もう一回死ねるかといえば否である。あの死が後ろから迫ってくるようなおぞましい感覚は二度と経験したくない。
見たことのない植物の形状から、前の世界での知識は役に立たないということを悟り、俺は異世界転生の初日からの詰み状態に俺は自分の力で生き残ることを諦めかけていた。意志薄弱と思われるかもしれないが、俺は半年近くニートをしていたような人間だ、そんなもんである。
考えれば最初に夢だと疑って寝た時からすでに2度太陽が昇っていた。人間が水を飲まずに生きられるのはたしか何日間だっただろうか。そんなことを思いつつ、俺は今まで何故気づかなかったのかわからないほどの喉の乾きを感じ始めていた。
しかしそんな絶体絶命の状況の中、俺の前に突如として天使が舞い降りることとなる。
何をすべきかもわからず草むらに突っ伏し、絶望しかけていた俺の目に映ったのは―――
紛れもなく猫だった。
――猫だった(重要なので二度言った。)
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猫を見てしばらく呆けてしまっていたが、よくわからない森の中で右も左も分からないままサバイバル生活を敢行していた身としてはこれは福音に近かった。
猫。
食肉目ネコ科ネコ属に分類され、ペットとしても愛好されている動物。
様々な特徴が存在するがその中でも群を抜いて猫という存在を端的に表す言葉が存在する。
「可愛い」
何よりも、そう何よりもだ
可愛い
結局のところこの存在を言い表すのにはその一言に尽きるのだった。
誰が言ったか、可愛いは正義という言葉がある。目の前の可愛さの化身を前に俺は信仰心めいたものすら感じ始めていた。
耳に優しいその鳴き声は生前聞いた睡眠導入音声を思わせ、愛らしい瞳には人間如きには理解できない深遠なる考えが浮かんでいるように見えた。この可愛さ、やはり猫は神なのでは、といった意味のない考えで頭がいっぱいになりそうになる。頭をなでようとしたら引っかかれたがその痛みすら気にならない。そうして遂には猫 IS GOD、猫 IS GOD、というコールが頭の中をめぐるかのような錯覚に陥り始める。
くっ…まずい、このままでは猫の可愛さに屈して脳が溶ける……
どうせそんな容量も無い頭なのだから、猫に屈すればいい、という悪魔の声と戦っていた俺だったが、ふと猫の様子を見てこころなしか元気がないことに気づく。
よく見ると猫の足元に切り傷がある。よく見るとざっくりと切られたその深い傷を見た瞬間、俺の頭からは第一目標だったはずのサバイバル生活を安定させる、という考えはすっ飛び猫の傷の治療のことしか考えられなくなる。
どうやらよく分からない異世界に飛ばされた俺はストレスからか大分おかしなテンションになっていたらしい。前の世界の面影のかけらも見えなかったこの世界で初めて見つけた馴染み深い生物に俺は不思議な親近感と庇護欲を感じ、本当に自分が優先すべきことを忘れる程度には頭がどうかなってしまっていた。
後から考えてみればこの思考は前世(仮)の俺の生来の人間嫌いにあのあんまりな死に際が相まって、人間と関わることへの忌避感が倍増した代わりに唯一好きだった生物の猫への依存度が上がっていたからだと分析できるのだが、そんなことを知らない俺は目の前の名も知らぬ猫を元気にすべく頭をフルで回転させていた。
自分の生活すらままならなさそうな状況で猫を優先するのは愚かな選択でしかないし、そんなことはその時の俺でも理解できていた。でも俺には猫を捨て置く選択肢を取れなかった。取らないという選択肢が頭をよぎりさえもしなかった、というのが正しいが。
思うに、俺はもう生きるのに疲れていたのかもしれない。ここで俺が魔獣か何かに食われたり餓死したりすることを連想してもこの時点ではこの世界に来た初日ほどの忌避感は抱かなかった。死ぬのは確かに怖いし、積極的に死のうと考えているわけでもない。
でも俺はもう死んだ人間の二周目でしかない。だからこそ、というべきだろうか。生前でも何か大きなことを為すこともなくただただ自虐的に生きていた俺が自分の好きなものを助けることができるならばそれも悪くない、と感じてしまったのだ。
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傷口を水で洗い流し、俺の着ていた本屋のロゴ付きのエプロンを巻くという一連の治療を終えた後、猫は疲れに限界が来ていたのかほどなくして眠り始めた。最初は警戒をあらわにしていただけに信用を得ることができたかのようでうれしかった。あっ眠っている猫可愛いな…(語彙力喪失)
食べ物はいろいろと見繕った結果、見つけた川で捕まえて来た一部が甲殻に覆われた魚のような生物を煮たものが一番食いつきがよく、自分が与えたエサで日に日に元気を取り戻していく猫を見ながら俺は生前でも過ごしたことのない穏やかな暮らしを満喫していた。猫と出会う以前の無気力な俺では川を探す気すら起きなかっただろうことを考えると、この猫との出会いはある意味では俺の寿命を延ばす要因ともいえるのかもしれない。猫を見て覚悟を決めないと、自分の命の危機に対応する気力も湧かない自分に辟易する気持ちももちろん存在するのだが。まぁそんなネガティブ思考はどうでもいいのだ。猫は宗教、猫 IS GOD、猫と和解せよ。今の限界メンタルの俺にとってはその事実さえあればいいのである。猫の足の怪我が治ったら猫吸いさせてもらえるといいなとぼんやり考えつつ俺は食料探しに出かけた。
猫に魚(仮)を与える分、当然自分が食べる者は別のものになるのだが、当初よりも自分の命への執着が薄くなっていた俺は毒草への懸念も忘れ適当にそこら辺の草を食べて生きていた。(そして腹を壊した。)
そんな人とコミュニケーションを取る必要もない穏やかな日々を過ごしていた俺と猫だったが、そんな平穏も長くは続かなかった。
いつもの日課、川での猫の食料の調達と包帯代わりのエプロンの洗濯から帰った俺が見たのは、猫が白い鎧をまとった男たちに攻撃を受けているところだった。
久しぶりに見る他人に忌避感から顔が引きつるが、そんなことよりも猫が襲われている状況のほうが問題だった。助けなければという意思が頭の中を埋めつくすが、自分に何ができるのだという現実がその意思を挫く。助けたいのに足が震えて動けない。そんな中でも猫は果敢に騎士たちに立ち向かい振り下ろされる剣戟を紙一重でかわし続けるが、ついに軽くではあるが一撃を受けてしまう。
痛みから悲痛な鳴き声を上げる猫を見て嬉しげににやつく騎士。それを見て俺は一度目の死の時に見たあの好奇の目を想起する。あのJKとはまた方向性が違うがこいつもまた自分以外をどう扱っても自分が楽しめればいいと考えている下種だ。
あぁ本当に何なんだこいつらは
人から奪うことしか人は考えられないのか。
ぶつりと頭の中でどこかが切れたような音を聞く。ふつふつと湧いてきていた怒りがだんだんと質量を増していくのを感じながら、どうすればいいのかを考える間もなく俺の体をどうしようもない怒りが突き動かす。
勝算があるわけでもない、何をやろうと考えたわけでもない。ただただ目の前のこいつらに”消えて”欲しかった。
丸腰の俺が突っ込んでくるのに一瞬あっけにとられた騎士たちだったが、すぐにその声は嘲笑に変わる。何と言っているかはわからないがぎゃあぎゃあと耳障りな騎士達の声が下手な合唱のように耳に響く中、一人の騎士が猫に向けていた剣を俺に向かって振りかぶる。運動が特別できたわけでもなかった俺がそれを回避できるはずもなく、あっさりと剣は俺のわき腹を貫通する。前に死んだときとは比べ物にならない、灼けるような痛みが貫通した傷口を襲う。ずるりと乱暴に剣が引き抜かれると、俺の体は支えを失い地に落ちた。
あぁ痛い。嫌だ。本当に。だから他人は嫌いなんだ。
倒れた俺からすぐに興味を失った騎士 が猫に向かって近づいていく後姿を見ながら、走馬灯のように猫と過ごした日々を回顧する。楽しかった。しかしそんな日々はこいつらのせいで終わってしまう。
もしも。
もしも、こいつらが、”居なければ”。
血が体から流れ出て意識が薄れる中、ただただ俺はそれを願った。
そうして、騎士たちの笑いから一変して、”まるでそこに誰もいないかのような”静寂を感じたのを最後に俺の意識は途切れた。
転生者くん: 一般猫キチ陰キャ。二十代前半でお亡くなりになり、異世界に転生した。学校生活での人間関係の難しさから人間不信になり、その反動からか常軌を逸するほどの猫好き属性を獲得した。実家では三毛猫のぴにゃたを飼っており、その存在が実家を離れて働くことに前向きになれない一因だったらしい。実は驍ェ逾槭↓繧ケ繧ュ繝ォ繧定イー縺」縺が、本人は気づいていない。