4.英雄の帰還
異世界転移をしたパーフェクトガール、北大路ナミことナヴィ。
職業『村人A』
仕事『駆け出し冒険者に、最初のダンジョンの情報を与える』のみ。
二人を残して、姿を消したトニーはどこに行ったのか。
「お姉ちゃん。起きて! 起きて!」
「ん。んー何」
寝ているナヴィの上に少女が覆いかぶさっていた。もちろんエンフィーである。
「大変よ、おじいちゃんがいないの」
「あ、そう。そっか……」
ナヴィの気持ちない相槌にエンフィーは噛みついた。
「何か知ってるの、お姉ちゃん。もしかして昨日のことが関係あるの?」
「い、いいえ、知らないわ。買い出しにでも行ったんじゃないかしら」
「お姉ちゃんが嘘つくときはそうやって目をそらすのよ。知らないとでも思った?」
なんて頭の切れる十二歳だ。流石あたしの妹って感じね。
ふっ。と空気が漏れるように笑うと。自分の上に覆いかぶさっているエンフィーをどかし、起き上がった。
「お姉ちゃん」
「おじいちゃん。やっぱりあたしにはこの子に隠すなんてできないよ」
「……どういうこと」
「エンフィー。いい、よく聞いて。あたしも全部を理解しているわけじゃないからね。だから本当のことかもわからないし、あたしが聞いたこと、見たことだけを話していくわ」
「う、うんわかったわ」
「それは昨日の真夜中のことだったわ」
「この世界は星が本当に綺麗ね。いつまでも見ていられるわ」
そんなことを呟きながらナヴィは窓の外を見ていた。
星空に見惚れていると、急に隣の部屋から扉が開く音が聞こえ、ガシャンガシャンと金属同士が擦れる鈍い音が鳴り響く。
ナヴィはその鈍い音が一階に降りていくのを確認し、静かに部屋を出る。
今度は玄関のベルの音と鈍い音が同時に聞こえた。
誰かが外に出ていくのがわかり、急いでナヴィも外に出る。
「おじいちゃん! 待って!」
そこには、老人が装備しているとは思えない重厚な鉄の鎧。背中には大きな斧。村人とは思えないまさに戦士のような恰好をしていた。
ナヴィの声が聞こえ、振り返り驚いた表情を見せたトニー。ふーっと一息ついた後に微笑みながら口を開けた。
「ナヴィか、どうしたんじゃ」
「どうしたって、それを聞くのはあたしよ。おじいちゃんどういうこと。その恰好は何」
「散歩じゃよ。わしの趣味じゃ」
「とぼけないで。もしかして、さっきのテリウス様との会話のことなんじゃ……」
「トニーさん。時間です。行きましょう」
月の明かりに照らされた木の陰から、テリウス達勇者パーティーが現れる。
「え、テリウス様……」
「すまないナヴィちゃん。事情はまた今度説明する。先を急いでるんだ」
「待ってテリウス様、何を。何をしに行くのですか!」
「さぁ、みんないくぞ」
ナヴィの問いかけにテリウスは何も返さず、玄関方向とは逆向きに五人は進み始めた。
待って、行かないで。とても嫌な予感がする。どこか遠くに行ってしまうような…
「待って! おじいちゃん! おじいちゃん!!」
ナヴィの叫ぶ声に反射的にトニーは反応した。それに気づきテリウス達も振り向く。
トニーが振り返った時、ナヴィは下を向いていた。
「ナヴィ……」
トニーが名前を呼んだ瞬間、ナヴィは震えながらもゆっくりと顔を上げ、トニーをじっと見つめる。
サファイア色の潤んだ瞳が月の明かりでより一層輝く。
あぁ、だめだ。止めないと。きっとおじいちゃんは遠くに行ってしまう。それにエンフィーだって悲しむ。止めなきゃ。
「おじいちゃん」
トニーは目をつぶった。
「ナヴィ……すまんのぉ。わしはいかねばならぬのじ……」
「行ってらっしゃい」
「え……」
ナヴィの震えながらもかすかに聞こえる声がトニーの目を丸くさせた。
「行ってらっしゃい! あたしおじいちゃんが帰ってくるの待ってるね。エンフィーと一緒に!」
左頬に流れる一粒の大きな雫とそれと対比するかのような優しい微笑み。そこにいた勇者パーティーすらもナヴィに見惚れていた。
トニーは一瞬硬直した。そしてその硬直はすぐに解かれ、いつもの優しい笑顔でナヴィに言う。
「ナヴィ……あぁ。必ず戻るぞい。約束じゃ。わしが戻るまでこの小屋とエンフィーを頼んだぞ」
トニーの胸にある四つの小さなダイヤの形をした緑色のタトゥーがキラリと光る。
「勇者様、トニーおじいちゃん。行ってらっしゃい」
ナヴィはこぼれそうになる涙をこらえながら、笑顔で手を振り見送った。
トニーを含めた五人もナヴィに手を振りながら夜に消えていった。
あれ、さっき見た星空が……無くなってる……。
「昨日の夜にそんなことがあったのね。お姉ちゃんよく送り出したわね」
「あたしだってどうしていいかわからなかったわよ。でも仕事熱心なおじいちゃんはどういったって止められないなって思ってさ」
椅子に座っているエンフィーはピンと背筋を伸ばし、自信満々に言った。
「んー何しに行ったのかはわからないけどさ、おじいちゃんは必ず帰ってくるわ。なんたってあの人は『スーパーアドバイザークラス』なんだから」
「あ、そうよ! その話聞かせなさいよ!」
「そうね、昨日話すって言ったかしら。あのね、お姉ちゃん。私たち村人は一生村人で終わるわけではないのよ。経験値や能力によってランクが決められるの。おじいちゃんはその中でも最高位のランク、『スーパーアドバイザー』っていうランクなのよ。別名『究極の案内人』よ!」
「究極の案内人って…おじいちゃんそんなにすごい人だったのね。でもそれって、私たちと何が違うのかしら?」
「例えば、冒険者様達に決められた内容以外の情報伝達やサポートもできるし、パーティーに誘われれば同行することもできるのよ。まぁおじいちゃんもそこまで行くのに二十年はかかったって言っていたわ」
ん? パーティーに入れるの? そしたらあたしもテリウス様達のパーティーに……。
にやけたナヴィを見たエンフィーはやれやれという表情をしていた。
「ん、二十年?果てしなく先の話ね…あたしたちでもなれるのかしら。その『スーパーアドバイザー』に」
「その前にも三つのランクがあるから順々にって感じかなぁ」
ということは、『村人』を除くと全部で四階級ってことかしら。もしかしてあのダイヤの…
「お姉ちゃん?」
首を横にかしげるエンフィー。
「あ、うんうんなるほどね。とにかく仕事を頑張ればいいのね!」
「ちゃんと聞いてたー? もちろんただがむしゃらに頑張っても意味がないそうだけど、今はがむしゃらに頑張るしかないかな。セリフの内容も一種類だし。私もお姉ちゃん見て傾向がつかめればなって思ってるわ」
にやりとナヴィの方を見た。
「あたしは実験台か!」
「おじいちゃんはすぐ帰ってくると思うし、気にしててもしょうがないから頑張りましょ! 今日からナヴィお姉ちゃん一人だから大変だよー。へへへー」
「はいはい、エンフィーもよろしくね。おじいちゃんがいない間はあたしたちがこの小屋を守るわよ!」
「はーい!」
そんなことを話したのもつい最近のよう。かと思っていたけどそこからもう一か月は経ったかしら。
おじいちゃんは帰ってこない。テリウス様達の情報もない。心なしかエンフィーも少しづつ元気がなくなってる気がするわ。やっぱり心配になるわよね。
「ナヴィちゃん情報提供と細かいアドバイスありがとう!」
「いえ! 冒険者様も気を付けていってきてくださいね!」
説明した村人Aは笑顔で手を振りながら見送った。
エンフィーがニコニコしながら近づいてくる。
「すごいねナヴィお姉ちゃん。もうガイドクラスになったのね! さすが私のお姉ちゃん!」
胸には小さな緑色のダイヤのタトゥーが一つ刻まれていた。
「このタトゥーが出たのもほんとについ最近よ。情報の提供にも幅が出てやることはたくさんだけどやりがいは十分ね!」
やっぱりこのタトゥーがクラスを表すものだった。じゃあおじいちゃんは本当にマスターアドバイザーだったみたいね。
「おじいちゃん。お姉ちゃんのこと見たらびっくりするんだろうなぁ」
「まだまだよ、もっと頑張んないと帰ってきたおじいちゃんを安心させてあげられないわ」
「お姉ちゃんのそういうとこ好きー!」
エンフィーはナヴィに勢いよく抱き着く。
「エンフィー。あたしもエンフィーが大好きよ。いつもあなたに助けてもらってばかりだしね。」
ナヴィも強く抱きしめ返した。
……。
少しの沈黙が続いた後、そのままの状態でナヴィのスカートに顔をうずめながらエンフィーが話始める。
「おじいちゃん……帰ってくるよね」
急に弱弱しい声になったエンフィーが、ナヴィに問いかける。
「えぇ。きっと。あたしたちが信じてあげられなくてどうするの。おじいちゃんも必ず帰るって言ってくれたし大丈夫よ」
「ほ、本当に帰ってくるのかな。私もう心配で待ちきれないよ」
顔を上げたエンフィーのナヴィによく似た綺麗な瞳が涙で滲んでいる。
「おじいちゃんは『スーパーアドバイザー』なんでしょ。大丈夫よ。あなたが言ったことよエンフィー」
お姉ちゃん、トニーおじいちゃんに似た笑顔…
「グスッ。そうだね、そうだった。もう少し頑張って待ってみる」
「えぇ、それまで頑張りましょ!」
「うん!」
その瞬間、普段では聞いたことがないほどの音量でベルが鳴り響いた。
「ナヴィちゃん!」
聞き覚えのある声とベルの音にびくついて、目を大きく開けたナヴィとエンフィーが玄関の方を恐る恐る見る。
そこにはボロボロになった勇者パーティー。
「テリウス様、どうされたのですが!? エンフィー救急箱を!」
「は、はい!」
ナヴィはすぐに近寄る。
「テリウス様?」
「ナヴィちゃん。本当にすまない」
目を横に背けるテリウス。後ろに立っていたライオとオネットの間には、二人に両肩を貸されたトニーの姿があった。
「お、お、おじいちゃん……」
震える手で自分の口を覆いかぶすナヴィ。
トニーの背中には重厚な鉄の鎧を紙同然とあざ笑うかのように巨大な剣が背中から胸を貫いていた。
「ナヴィ、エンフィー。約束通り。か、帰ってきた、ぞ」
その瞬間トニーは二人の肩を外れ、ナヴィに体を委ねた。
数秒後、救急箱を持ってきたエンフィーはトニーの瀕死状態を目の当たりにした瞬間、持ってきた箱がするりと手から落ちていった。
本当は刹那の時間だった。
しかし二人はこの状況を理解するのに永遠というほど長く受け入れがたい時間が続いていった。
トニーの胸にある小さな四つのタトゥーは輝きを失っていた。
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