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まさかミケ猫 企画・祭り関連作品集

コピー忍者タカシの空飛ぶパンツ工房

第九回書き出し祭りの作者当てクイズに正解されたJintさんへのリクエスト短編です。


お題:コピー、工房、パンツ、飛行


このお題でラブコメを書いてみました。どうぞお楽しみください。

 WEB小説のようなチート異世界転移をしてから早五年。拙者は世間から「コピー忍者タカシ」と呼ばれるようになっていた。

 いやー、このコピースキルは本当にチートでござる。高価な品物も手をかざすだけで複製できるし、他者の能力を見ただけで真似できる。あまりにも便利すぎて異世界人生が余裕なので、拙者は忍者の格好をして縛りプレイを始めたのであった。ニンニン。


 そんな拙者にも、この世界に一つだけ不満があった。


「……理想のパンツにはまだ遠いでござるなぁ」


 マネキンに着けた薄布を眺めながら、拙者は小さくため息を吐いた。

 もともとこの世界に流通しているパンツは、いわゆるカボチャ型のものが主流であり、元の世界のようなピッチリした薄布のものは存在すらしていなかった。これは由々しき事態でござる。


 様々なスキルを駆使して自由を得て、空飛ぶ家まで手に入れた拙者ではあるが、どうしてもこのパンツ問題だけは我慢がならぬ。男のロマンの危機でござるからな。

 ということで、この工房では新しいパンツの研究をして、空を飛んで各地を巡り普及活動に明け暮れていたのだった。


「にしても、なかなか普及しないでござるなぁ」


 先日訪れたボクサル聖国は、何年か前に魔族の襲撃から救ったことがある国でござる。そのため歓迎自体はしてくれたのであるが、パンツを見た聖王の反応は思わしくなかったのでござるよ。


『こんな変態的ゲフンゲフン、奇抜な形のパンツを思いつくなんて、さすがはコピー忍者のタカシさんですね! あーそんなことより、ちょっとコピーしていただきたい品があるのですが……』


 ものの見事にはぐらかされたのでござる。あと、どの辺りが「さすが」なのかは非常に気になるところであるな。

 うーむ……素材にはシルクスパイダーの糸を使って、穿き心地の快適さには拘ったのでござるがなぁ。やはり文化的な部分はなかなか難しそうでござるなぁ。


 そんなことを考えながら、空飛ぶ工房から雄大な景色を眺めていた時であった。


 ゴオオオオーン。

 遠くから聞こえる轟音に、拙者は思わず視線を向ける。するとそこには、火薬煙を上げる大砲とそれを見守る大勢の人影があった。どうやら空に向かって何かを撃ち放った様子でござる。


「ほう、あの飛んでいるのは砲弾……ではなく、女の子でござるか!」


 よく見れば、空へと舞い上がっているのは一人の女の子であった。豪華なドレスを着ているように見えるでござるが、もちろんこの世界に婦女子を大砲で撃ち出すような文化はないはずでござる。


「親方! 地面から女の子が!」


 って、この工房の親方は自分自身でござる!

 落ち着け、落ち着け自分。こういう時こそキープスマイリング……! なんてやってる場合ではござらぬな。


 拙者は射出された女の子を助けるため、ステルス機能をONにしてコソコソと隠れつつ、空飛ぶ工房をビュンと加速させていくのであった。



 回収した女の子は気絶したままでござるが、それはもう可憐なご令嬢であった。赤い髪をハーフアップにして、豊満な胸をプルンと揺らしている。ドレスの仕立ても良く、おそらくは高貴な身分なのでござろう。


 それにしても、この胸はすごいボリュームでござるなぁ。ゴクリ。ものの試しに、ほんのちょっとくらい揉みしだいてみても……。


 滅! 滅! 煩悩は退散でござる。


 拙者は忍びである。心に刃をあてて己を律し、任務に忠実にクールに振る舞う。ハードボイルドでござる。女の乳に心惑わされるわけにはいかぬでござるよ。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「ん……? ここは一体……?」

「あ、おはようでござる」


 拙者は少し冷や汗をかきながら、ペコリと頭を下げた。どうやら目の前のお嬢さんは特に怪我もなく無事だったようでござる。

 ゆっくりと上半身を起こすものの、まだ意識がぼんやりしているのか、状況を掴みきれてない様子であった。


 それにしても。


「大砲で撃ち出されるなんて、いったい何があったのでござるか?」


 そう聞くと、お嬢さんはハッとした顔をしてから、唇を噛んで俯く。なにやら事情がありそうでござるね。


「……わたくしはブリンフィア皇国、フラーレン公爵家の娘。レイドイネと申します。この度はお救いいただきありがとうございました」


 無理に話さなくても良いと言ったのでござるが、レイドイネ殿は首を横に振り、気の強そうな目をしっかり開けて少しずつ語り始めた。


「わたくしは幼い頃から、皇太子殿下の婚約者として過ごしてまいりました。しかし……実は大砲で撃ち出される直前に、婚約を破棄されまして」

「こ、婚約破棄と!」

「はい。わたくしが男爵令嬢モニカを酷く苛めた、と皇太子殿下に責め立てられまして」


 なるほど、これはあれでござるね。拙者知ってるでござる。前世の物語でよくあった、無実の令嬢が悪役として引きずり下ろされるヤツ。間違いないでござるよ。


「それで、なぜ大砲なのでござるか?」

「えぇ。実は、小生意気な男爵令嬢モニカを空に撃ち出してやろうと思いまして、わたくしが事前に用意しておりました」

「あ、ガチで苛めてたパターンでござるか」


 彼女は中空を見上げ、悩まし気な吐息を漏らす。


「まさか、わたくし自身が発射されるとは思いもしませんでした。死ぬかと思いましたわ」


 そう言うと、額の汗をハンカチで拭い始める。

 それはなんというか、自業自得というか。ブリンフィア皇国の貴族は、なかなかファンキーな感じなのでござるね。


「ところで、わたくしはどうやって助かりましたの? あのまま死ぬと思ったのですが」

「あぁ、拙者が助けたのでござるよ。この工房は空を飛んでるので、たまたま飛んで来るのを見つけて保護できたのでござる」

「空を……!」


 レイドイネ殿は目を丸くして窓のそばまで駆けていき、外を覗いて動きを止める。そのまま、少し呆然としたような声で話し始めた。


「空飛ぶ工房……貴方様はもしや、コピー忍者のタカシ様でございますか?」

「ほう。拙者のことを知ってるでござるか」

「はい、有名でございますから。大変優秀な能力を大いに無駄遣いして、変態的なパンツを世に広めようとしている変わり者だと」


 言い方! その言い方はもうちょっとなんとかしてほしいでござるよ。


 黙り込んで答えに困る拙者に向かい、彼女はなにやら挑戦的な微笑みを浮かべた。


「ふふふ……」

「えっと、レイドイネ殿?」

「レイとお呼びください、タカシ様。わたくしは決めましたわ。これから、この工房でお世話になることにいたします」

「ほへ?」


 さすがは高貴なご身分の令嬢である。こちらの返答などお構いなしに、なにやら胸を張ってポーズを取り始めたのでござる。自由でござるなぁ。


「ククク。もしわたくしをここに置いていただけるなら……そうですわね。あなたの作る変態的なパンツを、穿いて差し上げてもよろしいのですよ?」

「ほぅ。それは魅力的な提案でござるなぁ」


 こうして、拙者の工房には一人のご令嬢が居候することになったのでござる。



 *



「タカシ様! なんですの、この究極の甘味は!」

「シュークリームでござる。拙者、料理スキルもコピー済みでござるがゆえ」


 レイ殿は両頬に手を当てて目をキラキラさせる。

 こうして見ていると、彼女はただのスイーツ好きの女子でござるね。当初の令嬢感は見る影もないでござる。


 今の彼女は窮屈なドレスを脱ぎ、拙者の忍び装束を改造した「くノ一衣装」を身に纏っている。いやー、凹凸のハッキリした体形でござるゆえ、こちらとしては目のやり場に困るでござるが。


 畳を敷いた和式の部屋に、なんとなく横並びになって腰を下ろす。彼女を拾って一月ほどが経つのでござるが、この頃はけっこう距離が近くなってきた気がするのでござるよ。なんだかんだ馴染んできたってことでござるかね。


 レイ殿はニコニコと笑いながら、緑茶をグイッと飲み干す。ほぅと一息。


「はっ! これはもしや、胃袋を掴んでわたくしを工房に留め置こうという策略……?」

「いや、居座ってるのはレイ殿でござるが」

「あら、そうでしたっけ?」


 レイ殿はすっとぼけたようなイタズラ混じりの笑みを浮かべる。まぁ、拙者の作るパンツを穿いてもらえるという点では、彼女の滞在は拙者にとっても益のあるものでござるが。


 あ、もちろん手は出してないのでござるよ?


「レイ殿は強引でござるなぁ」

「でも、わたくしがいて嬉しいのでしょう?」

「ぐぬぬ……せ、拙者は別に……」


 返答に詰まる拙者に、レイ殿は顔をグイッと寄せて覗き込んでくる。ち、近い。


「嬉しくありませんの?」

「そ、その寂しそうな表情は卑怯でござるよ。そんな風に言われたら……まぁその、もうちょっとこの生活が続いても良いと言うかなんというか……」

「ぷふっ。くくくくく……」


 可笑しそうに腹を抱えるレイ殿は、悔しいけどちょっと可愛いのでござる。これは拙者、彼女に勝てる手段が見つからないでござるよ。


 二人で畳に足を投げ出すと、窓から入る風が心地よく通り抜ける。


「……素敵ですわ。この工房」

「そうでござるか? レイ殿は公爵家の出身でござろう。さすがに、高位貴族のお屋敷ほどの贅沢はできないと思うのでござるが」

「あら。そんなことありませんわよ?」


 そう言って、彼女は畳の上にごろんと横になると、拙者の太ももに頭を載せてくる。おっと、足の付け根を撫でるのは危険でござる! 殿中でござる! そこは殿中でござるゆえ!


「ふふ。ここには窮屈な人間関係もありませんし、小面倒な礼儀作法も必要ありません。調度品は奇抜なデザインですけれど、調和が取れていてなんだか落ち着きますわ。お料理も想像を超える美味ですし……」


 そう呟く彼女の髪を、なんとはなしに撫でる。


「人と話せなくて辛い、とかはござらぬか?」

「全くありませんわ。屋敷でも学園でも、わたくしを良く思っている者なんて誰一人おりませんでしたもの。不快になる者ばかりでしたわ」

「暇になることは?」

「ここには世界中の蔵書をコピーした書庫がありますでしょう。わたくし、意外と本の虫ですのよ」


 まぁ……ここに来た頃は、今よりずいぶんと気が張ってたようでござるからな。一般人には分からないでござるが、貴族社会もいろいろと大変なのでござろう。この工房が一時でも落ち着く場所になっているのであれば、良かったのでござる。


「ここでは、いつも食事が美味しいわ」

「まぁ、拙者の手にかかれば旬の食材をいくらでもコピーできるでござるからな。保存倉庫のスキルも料理のスキルも、大活躍でござるよ」

「そうじゃなくて……まぁ良いですわ。本当に美味しいのですよ。貴方と取る食事は」


 視線を上げた彼女と目が合って、心臓がトクンと跳ねる。落ち着け拙者。クールでござる。


「わたくしのような性悪女を追い出さずに置いていただいて、本当に感謝しておりますの」

「……レイ殿は、性悪ではござらぬよ」

「いえ。それはわたくしの本性をご存知ないからですわ。実際ここにいるのだって、いたいけな男爵令嬢を虐げて、国中から疎まれた結果ですもの」


 そう話しながら、レイ殿はうっすらと目を閉じて、心地の良さそうなまどろみに沈んでいく。拙者の目には、彼女が性悪なようにはまったく映らないのでござるがな。

 彼女の話もあのスキル(・・・・・)のせいであろう。


「……本当に性悪な者は、そんな風に自らを顧みたりはしないものでござるよ」


 どうやら、レイ殿は眠ってしまったらしい。

 彼女の滑らかな髪を撫でながら、拙者は頭の中で思考を巡らせる。そろそろ、情報を集めにいった影分身も帰ってくる頃でござろう。予想が確かなら、この穏やかな生活も終わりが近いはずでござる。



 *



 貴族学園のパーティ会場は喧騒に包まれていた。

 なにやら興奮した様子の皇太子が、桃色のふんわり髪の男爵令嬢をその背に庇う。どうも、裏で行われていた苛め行為について、今まさに下手人を問い詰めているところらしい。


「そなたは伯爵の娘だろう! このような嫌がらせをするなど、誇り高い皇国貴族としての矜持はないのか!」


 皇太子が矛先を向けるのは、大きな樽から首だけを出して震えている令嬢であった。


 実はこの樽は「令嬢危機一髪」という魔道具で、周囲に空いた多数の穴に剣を刺しこむと、一本だけアタリとして中の令嬢に到達する作りになっているのだ。

 この世界には高度な治癒魔法などがあるとはいえ、かなりえげつない魔道具でござる。


「答えよ、伯爵令嬢シラヌリア。この令嬢危機一髪は、何のために用意したのだ!」

「はい……男爵令嬢モニカを虐げて遊ぶつもりでした。ごめんなさい」

「こんのぉぉぉ……皇国貴族の恥さらしが! その愚かさを、お前自身の身で知れぇぇい!」


 皇太子はそう叫び、剣を手に取って樽の穴に突き入れようとする。まさにその瞬間であった。

 拙者は隠れ身の術を解くと、彼の持つ剣先を指で押さえ、その場に空間固定する。これは、手を添えているだけでモノを動かせなくするスキルでおり、皇太子がどれだけの筋力量を持っていてもビクともしないはずでござる。


「お、お前は誰だ」

「コピー忍者のタカシでござる」

「なに⁉ あの噂のコピー忍者か!」


 皇太子の目が驚きに見開かれる。

 いったいどんな噂を聞いているのか、気になるでござるなぁ。まぁ、ろくな内容でないのは確かでござろうが。


「それでタカシとやら。国を股にかける自由民が、このブリンフィア皇国にいったい何の用事だ」


 皇太子が剣を手を離したので、拙者も指を離す。すると、ガランと音を立てて剣が床に転がった。拙者は素早く剣を回収すると、異次元ストレージに仕舞う。危ないでござるからね。


「皇太子殿下、知りたくはござらぬか?」

「何をだ」

「殿下の後ろにいる男爵令嬢モニカ殿が、学園で立て続けに苛められる理由を」

「……なんだと?」


 話しながら、拙者は皇太子の後ろに立つ男爵令嬢を見る。解析スキルを発動すると……うむ。間違いないでござる。アレを持っているのは彼女でござるな。


「今から拙者が、モニカ殿にとあるスキルを付与するでござる。話をするのはそれからでも」

「……必要なことなのか」

「それをしなければ、事情を打ち明けることもままなりませぬゆえ」


 拙者の言葉に、皇太子は悩んだ後で頷いた。

 まぁ、モニカ殿が代わる代わる様々な令嬢より苛められる事態は、彼としても思うところがあるのでござろう。


 一方、男爵令嬢モニカはきょとんとしている。

 まぁ、それも仕方ないのでござる。今回の問題の原因になっているスキル自体、彼女は把握していないはずでござる。


「モニカ殿。体の力を抜くでござる」

「は、はぁ……」

「では、参る。スキル【付与】」


 拙者は彼女に手を伸ばし、付与スキルを発動。

 彼女の体が光り、新たなスキルが追加されたのが確認できた。これでようやく、事情を説明することができるでござるな。


「さて、コピー忍者のタカシよ。これは一体どういうことなのか。彼女に何をしたのか。この場でしっかりお話いただけるのであろうな」

「もちろんでござるよ」


 拙者はコクリと頷くと、そばにあった舞台に上がる。そして、全員に聞こえるよう拡声スキルを発動した。


「モニカ殿は脚本家(シナリオライター)というスキルを持っているのでござる」

「脚本……シナリオ……?」

「これは、周囲の人間を無意識に操って、自分の望む物語を演じさせるスキルでござるよ」


 これは、実に厄介なスキルでござる。

 スキルを持っている本人も、それに巻き込まれる周囲の人も、その効果を自覚してはござらぬ。急激に何かが変わるわけではござらぬが、気がついたら脚本の通りに演じていて、事態が思わぬ方向に進んでいるものなのである。


 シナリオは本人の願望によって変化する。

 おそらく彼女が無意識に望んでいたのは、苛められて可哀想な自分をイケメン皇太子が守ってくれる物語であろう。そういう小説も流行ってるでござるしな。


「そ、そんなことが……!」

「彼女はおそらく無自覚でござるよ。前回の公爵令嬢を大砲で打ち出した件も、今回の伯爵令嬢危機一髪の件も、意図して起こしたことではござらぬ。不幸な事情が積み重なっただけでござる」


 このスキルの扱いは、慎重になる必要があった。

 というのも、仮にこのスキルが有効なまま真実を解き明かした場合、彼女は望むシナリオが実現できなくなる。最悪はスキルが暴走して、彼女自身の精神を蝕んでしまう可能性があるのでござる。


「だから、拙者は彼女の精神を守るため、スキルを一つ付与したのでこざるよ」

「そうだったのか……して、そのスキルとは?」


 拙者は皇太子に向かい、コクリと頷く。


「うむ。破滅願望スキルでござる」

「は?」

「破滅願望でござるよ」


 その言葉に、皇太子のみでなくその場にいた全員が口をあんぐりと開けた。


 そもそも、脚本家(シナリオライター)と破滅願望の組み合わせは、ある意味最悪でござる。心の底で身の破滅を望みながら、その望みを叶えるようなスキルを持っているでござるからな。長生きできる組み合わせではこざらぬ。


「な、なぜそのようなスキルを!」

「だから、精神保護のためでござるよ。破滅願望を持たない状態で真実を明らかにすると、スキルが暴走する可能性があるでござるよ」

「そんな……」


 拙者もできるなら、この手は使いたくなかったでござるがな。


「皇太子殿下。これは事故のようなものでござる」

「事故?」

「うむ。誰かが悪意を持って他者を貶めようとしたのではない。皆がスキルに踊らされて起こった、悲しい事故でござるよ」


 拙者はそう話しながら、空の工房に合図を送る。

 ほどなくして、拙者の影分身がドレス姿のレイ殿――公爵令嬢レイドイネ殿を連れて地上に降りてきた。この姿は久しぶりに見るでござるが、さすが美しいでござるな。


「皇太子殿下。脚本家(シナリオライター)に操られていない状態であれば、レイドイネ殿とも誤解なく会話ができるはずでござる」

「……そうか」

「先ほども申したとおり、これは事故でござるゆえ。良きに計らっていただけると幸いでござる」


 そう言って踵を返し――おっと、忘れるところでござった。


 拙者は男爵令嬢モニカ殿のもとへ近づく。そして、茫然自失としている彼女に向かい、一つの薄布を差し出した。


「モニカ殿。これを」

「あ……あの、これは?」

「パンツでござる。拙者が普及しようと頑張っている、変態的なデザインの、ぴっちりとした薄布のパンツでござるよ。ちょっと穿いてみてくだされ」

「は、はぁ」


 もちろん、ただのパンツではないでござるがな。


 拙者の言葉に、彼女はおずおずとパンツに手を伸ばす。

 通常であればぶん殴られてもおかしくない状況でござろう。しかし、今の彼女は破滅願望をその身に宿している。拙者がボフンと煙幕をばら撒いているうちに、ササッとパンツを穿き替えてしまったでござるよ。これで計画通りでござるな。


「皇太子殿下。先ほどは事故と言ったでござるが」

「あ、あぁ」

「もしも誰かが悪いとするならば、それは世界そのものでござる。スキルなどというもので人を縛り、努力をあざ笑い、心を捻じ曲げる。それこそが、諸悪の根源と言って良いかもしれぬ」


 そして、拙者は空の工房から木箱を取り寄せる。箱いっぱいに入っているのは、モニカ殿にも穿かせたパンツだ。


「このパンツは、スキル無効化の能力を持っているでござる。穿いている者は、自分のスキルにも他人のスキルにも影響されない」

「……なんだと?」

「皇太子殿下には、これを必要な人に配ってほしいでござるよ。モニカ殿も、パンツを穿いている限りは破滅せずに済むでござる」


 コピースキルも使えないでござるから、一個一個手作りでござる。大変ではあるが、このパンツをみんなが穿くようになれば、拙者もコピースキルで無双することはできなくなるでござるからな。早くそんな時代が来てほしいものでござる。


 拙者が去ろうとすると、一人の令嬢の姿が目に入る。


「レイドイネ殿……」

「タカシ様!」

「もとより、拙者を利用するつもりで工房に居座ったのでござろう? お力になれて良かったでござるよ。どうか、お達者で」


 拙者は浮遊スキルを発動すると、地面を蹴って浮かび上がる。この国でやるべきことは、もう全て済んだのでござる。


「お待ちください! タカシ様!」

「貴女を縛る脚本(シナリオ)はもうどこにもないでござる。きっと大丈夫。素のレイドイネ殿は、とても素敵な女子でござるゆえ」


 そう言い残し、拙者は空の工房へと一人で帰っていったのだった。



 *



 チート異世界転移から五年。

 拙者が思い知ったのは、なんでも思いのままにできるというのは、何も思い通りにならないことと良く似ているということであった。


 目についたスキルは片っ端からコピーした。

 やろうと思えば、人の心を惑わして良い思いをすることも、全ての富を手にすることも、全ての国を従えることも可能である。


 だからこそ、人は拙者を恐れる。

 だからこそ、拙者は人の警戒を解くため、変人的な振る舞いを貫く必要があった。


「恐れられるくらいなら、一人でいたほうが気楽でござるもんなぁ……」


 結局のところ、人並み外れたスキルを持つということは、人の社会に馴染めないということでござる。拙者はいつまで経っても「転移者」のままで、この世界に馴染むことはできなかった。


 工房の屋根に登り、雄大な景色を眺める。そして緑茶を啜りながら、先日までここにいた一人の令嬢を思い出す。


「ははは……拙者には、寂しがる権利すらないでござるからなぁ」


 思いついた唯一の方法が、スキルを無効化するパンツであった。あれが普及すれば、拙者もこの世界の一員になれるかもしれない。そんな一縷の望みをかけているでござるが……。


 まぁ、普及活動は難しいでござるね。

 もうしばらくは一人旅が続きそうでござる。


「さてと、またコツコツとパンツ作りを始めるでござるかねぇ」


 すると、その時だった。


 ゴオオオオーン。

 遠くから聞こえる轟音に、拙者は思わず視線を向ける。するとそこには、火薬煙を上げる大砲と、この工房に向かって手を振る皇太子やモニカ殿。その他、貴族の面々が揃っていた。


 どうやら空に向かって何かを撃ち放った様子でござるが……まさか。


「あれは、レイドイネ殿!?」


 ドレスを着た令嬢が空を飛んでいる。

 拙者は慌てて回収に向かう。


「何ごとでござるか! もう問題は解決したはずでござるのに!」


 工房をビュンと加速させる。そして、拙者は色々なスキルを使いまくり、空を舞うレイドイネ殿を柔らかく抱きとめた。

 腕の中に感じる鼓動。その顔を見れば、今回は気を失ってはいないようで、イタズラに成功したような笑みが拙者を見返していた。


 彼女のドレスは純白であった。

 先日までのものよりさらに仕立てが良い。


「レイドイネ殿」

「あら。レイって呼んでくださらないの?」

「そんなことは良いでござる、レイ殿。せっかく問題を解決して帰ることができたでござるのに、どうしてこんなことになってるでござるか」

「ふふふ……」


 レイ殿は笑いながら、拙者の手を取って指を絡めてくる。読心スキルは使ってないでござるがな。なんというか「もう離してやらない」なんて意思が明確に伝わってくるのでござるよ。これは参った。


「レイ殿?」

「ここで食べる食事は、美味しいんですもの」

「それは、でも……」

「本当はわたくしがいて嬉しいのでしょう?」

「ぐぬぬ……」

「ぷふっ。くくくくく……」


 可笑しそうに肩を揺らす彼女。

 これは参ったでござる。どうやっても、勝てるイメージがまったく持てないでござるよ。困った。


「タカシ様」


 そう呼ばれ、顔を向ける。

 すると、レイ殿の顔がグッと近づいてくる。


――その日拙者は、彼女の薔薇のような唇が、ほんのり甘いことを知った。


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