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wonder hole -last player Chain-  作者: にゃこ
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流れ行く日常-1


軍に入ってどれ程の時間が経った?

かれこれ5年は経過しているだろうか。


栗色の髪がサラサラと風に揺れる。

窓の外に広がりはじめるビルの星空を見つめる翠の瞳は見えるはずのない故郷を見ている。


母さんと父さんは元気にしているだろうか?

頭のいい2人のことだ。なんとかやり過ごしているだろうと思う。


自分をレルエナ帝国へ逃がすくらいだから…


「何格好つけてんだ。」

「うるせぇ。格好なんかついてねぇ。」

「そうですよ。グビド。ゼティアだってホームシックになるんですよ。」

「誰がホームシックだ。」


静かな時間は2人の声で全ておじゃんだ。

同じ時期に軍に入り、圧倒的な実力で一気に女王直属部隊に配属された仲間。


馬鹿真面目なグビド。

謎の天才ジョシュア。


「聞いたか?タイノスの事?」


部屋の冷蔵庫から冷たいビールを出してグビドが語りかけた。


「聞いたさ。戦況は最悪らしいな。」


レルエナと肩を並べる大国のうちの1つ。

俺の故郷。


ここ100年、交渉による自由な往来を実現させたレルエナが、動き出したのだ。

戦争なんてする気なかっただろうレルエナもタイノスの態度に痺れを切らし、とうとう腰を上げたのだ。


タイノスは馬鹿だ。

プライドで民の平穏な時を壊した。

パソナの正統なる王の血を継いでるだのなんだのほざいて、平等交渉を全て跳ね除けた。

もとより頑なな性格であった現タイノス王は何かしでかすと妹である母は感じたのだろう。

幼少の頃に俺をスパイという名目でレルエナに送った。


母の判断は正しかった。


「タイノスの奴らえげつないぞ。井戸という井戸に毒を投げやがった。」

「…外道にもほどがあるだろ…」


重いため息しか出ない。


「そのせいで、こちらの歩兵達がかなりやられたそうだ。」

「タイノスの毒は厄介ですね。あそこの地帯でしか手に入らない薬草ばかり使ってるから解毒剤が作れないそうです…」

「お前の魔法でも無理なのか?」

「植物性の毒についてはいくつか知っていますが、毒の種類や成分の違いをまずは調べないとなんとも言えないね…」


天才ジョシュアですら悩ますタイノスの毒。それはタイノスの誇りでもある。魔法についてはよく知らなかったが、ジョシュアの反応を見る限り難しいのだろう。


「この状況不味いですね…」


ため息交じりのジョシュアのため息に2人とも忘れていた事柄を思い出した。


「この戦いが始まって、そろそろ1ヶ月か…確かにやばいだろうな…」

「多分そろそろ女王が動きますね…」

「…それって…」

「まぁお前は気乗りせんだろうが、俺らが出なきゃならんてことだろうよ…」


2人は俺の家柄については知らないが、出身国は流石に知っている。あふれんばかりの同情に耐えられない。


「悪いちょっと外出るわ。」


そう言って部屋を飛び出した。外の空気はだんだんと冷たくなってきて冬が近づいていることを教えてくれる。

見上げる先にあるのはレルエナ城。

城といっても、俺たちの兵舎とそう違いはない。馬鹿みたいにでかく、ガラス張りのビルだ。まぁ、ミラーガラスになっているから外からは見えないが。


城に使えるもの達の居住区間に、俺たちの兵舎もある。居住区間は1つの街のようで、何でもある。無人売店で、コーヒーを買って外のベンチに座るもあまりの寒さに耐えれず、温室に向かった。昼は女官達がたむろしているが、夜はひとっこ1人いない。


手をかざし、扉を開けると春の心地いい風が迎える、ここはバラの温室。先ほど買ったコーヒーをコールドにすれば良かったと後悔する。


温室のなかは日照時間が管理され、今は消灯タイム。芝に寝転がり夜空を見上げるも、周りの光のせいで星はほとんど見えない。


沢山のバラの匂い。

母との思い出。


きっと母と父のことだ、自分達が不利になろうとも俺の命を優先させるだろう。

そう。俺は戦わなければいけない。


自国の民を殺さなくてはいけない。

兵であれば顔見知りもいるかもしれない…


ためらえば、ここでの生活はできないだろう。


わかっている。自分はまだ死にたくはない。

良い子ちゃんではないのだ。

どれだけ民が死のうとも生きたいのだ。

同情されても困るのだ、俺は悲しまなければいけないのか?

俺は悲しくない。


こんな自分が嫌で仕方ない。自分のどす黒い部分が、隠したい気持ちが溢れて息がつまる。


両手で目を隠しても見えるのだ。

どす黒い自分が。


俺は悲しくない…

母と父の望みじゃないか俺の延命は…


「!」


誰かがこちらに向かってくる。

急いで眠るフリをする。

芝を踏む足し音が止まった。


「何してるの?寝てる?」


目を瞑り、眠りを貫こうとしたがそれは不可能であった。この声は聞き覚えがある。

願ってもいない声の主に体が無条件に動く。


「リリアノイ?!」

「うわっ!寝てないじゃん…」

「可憐に歌う鳥のさえずりが俺を眠りから…」

「長いし、キモい。」


汚いものを見るリリアノイの視線。

それも全てかわいい。


頭の上で1つにまとめられた長い栗色の髪はとても美しく、ついつい掴みたくなる。

少し垂れた澄んだ翠の瞳もたまらない。

真っ白な布から覗く健康的に焼けた肌。

どれをとってもたまらなく可愛い。

しかも

性格も最高に可愛いし、仕事もバリバリこなす完璧も完璧な女性。俺の女神…


「心配して損したわ。」

「へ?」


天にも登るような言葉を信じれず間抜けな返事をしてしまう。


「すごい顔でここに入っていくの見えたから…」

「あ。見られてた?」

「仕方もないわよね…。あんたの故郷と今戦争中だもんね…」

「まぁね。しかも俺も出陣しなきゃならんかもだし…」

「あんた大丈夫なの?」

「…生憎全然平気。同情されるのがしんど…」


突然両頬に痛みが走った。

柔らかなリリアノイの手に挟まれる頬。

驚きと幸せが同時に訪れる。


「強がってんじゃないわよ。」

「へ?」

「周りからどんなこと言われてるか知らないけど、もう少し素直になったら?」

「いや…だからね…」


あれ?なんだこれ?

勝手に溢れる涙。

彼女の言葉が自分の心の殻をめくる。

溢れんばかりの弱さ。

誰にもバレないように強く強く固めていたのに。


リリアノイの両手は頬から俺の両手に。


「大丈夫?」

「…あぁ。なんで俺泣いてんだろう?」

「それがあなたの本当の気持ちだからよ。隠さなくて良いの。」

「はは…。情けねー。女の前で泣くとか…」

「情けなくないよ。」


少しの沈黙が流れ、リリアノイが口を開いた。


「私、あなたが居なくなるのは嫌よ。」

「え?それって…結婚した…」

「なんでそうなる!」


ニコニコ笑って頭上めがけリリアノイのチョップが振り落とされる。激しい痛み。


「あんたと話すのが好きなの。ただそれだけよ。」

「え…それって俺のことす…」

「なんでそうなる!」


また振り落とされるチョップ。

激しい痛み。


笑い合うこの時間はたまらない。

悲しい現実、けれどもやはり死ねない。

彼女とともに歩みたい。


「ありがとな。」


吹っ切れたように笑った声で感謝を述べた。

リリアノイに感謝のハグ。

リリアノイからはお礼のビンタ。

部屋に戻って、2人に何があったのか聞かれたが内緒だ。







「ゼティアの精神は安定しています。」

「そう。よかった。これで安心してタイノスを潰せるわね。下がって良いわよ。」


リリアノイは女王の部屋を出て少し廊下を歩いた。


– あぁ…。どうか彼が選ばれませんように…


ただただ願うしかなかった。






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