始まり-4
暖かい日差しに心地よい風が頬に当たる。
ラファノ大陸で出回っているタバコはオーランソのものとは違って香りを楽しむものらしい。
少し物足りなさは感じるがそれもまたいいと思った。
− もうあれから一年が経つのか…
口から吐き出される白い煙は空へ登るにつれ消えてゆく。そんな光景をボンヤリと眺めながらあの日のやりとりが頭に浮かんだ。
「さぁどうする?今死ぬかい?それとももう少しだけ生きるかい?」
唐突に投げかけられたこの問いに、訳がわからずにいた。先ほどまで波に揺られていたというのに、気がつけば暗い部屋に一人。そして訳も分からない質問を投げかけられた。
頭が追いつかなかった。
けれども1つわかるのは今自分の道が終わるか終わらないかの重大な分岐点であるということだった。
にこりと微笑む青年。
自分はどうやら拘束はされていない。
動けそうだ…
けれども本能がつぶやいている。
動けば死ぬ
下手に動けば死が待っていることはすぐにわかった。
そしてもう1つわかったことがあった。それは自分が死にたくないということだ。
「今は死にたくない。」
わかったと同時に言葉が出ていた。
その返答を聞いて、にこりと笑う青年。
「私はミュタだ。よろしく。」
「俺はバート。」
「バート。よろしく。」
差し出される細い手を無視する。
「貴様の狙いはなんだ?」
ミュタの口元がニヤリと動く。
「一人の少年にオーランソの全てを教えて欲しい。」
「?!」
その言葉が意味することは瞬時に理解できる。
それは母国。いやオーランソ大陸の全てを裏切れということだ。
「そんな大層なことはしないよ。」
ミュタは俺の反応を予測していたのだろう。
すぐに笑って答えた。
「むしろ逆さ、君たちの侵略から守るためさ。」
「俺らが侵略?」
「あぁ。時が経てば必ず君たちはしでかす。」
その言葉に思い当たることはあった。
自分の故郷であるレルエナ帝国はオーランソ大陸の国々と同盟を組んで、自由な往来を現実化させた。侵略という言葉には当てはまらないが、いつしかラファノ大陸にも手を伸ばすだろう。
「納得してもらえた?」
「思い当たる節はある。しかし、オーランソは侵略といったことはしないだろう。」
「だといいけど。で。どうするんだい?」
ミュタは返事を急かす。
オーランソへの裏切りになどなるつもりは毛頭ない。
「もちろんタダとは言わない。君の願いを叶えてやれるよ。あ。けど殺すなとかは無しね。」
「願い?俺の願いをお前が叶えれるってのか?」
「内容にもよるさ。」
「それじゃ教えてくれよ。」
「バートさん。ミュタさんが呼んでますよ。」
どれだけボンヤリしていたのだろう、そばにフィドゥがいるのに気がつかなかった。
礼を言ってミュタの部屋へ向かう。
俺の知りたいことをあの後伝えるとミュタは笑ってそんなことでいいのかと言った。
そして、ジェナシスが旅立った日、呼び出され俺の願いはいとも簡単に叶えられた。
俺にとって全て知った今、いつ死んでもいい。
ミュタの部屋への道のり。それはきっと死への道だろう。
けれども何も恐ろしくはなかった。
むしろこれから生を受ける者達へ憐れみを抱く。