始まり-3
毎日毎日繰り返されるレッスン。
けれども嫌な気は全くなかった。退屈か?というとそれはノーだ。オーランソの言葉とラファノの言葉はとても似ていた。
海を隔て会ったこともないというのに、微妙なイントネーションや言い回しが違うくらいだ。
少しばかり拍子抜けしたと同時に、この微妙な違いで発生する難しさにも直面する。
なぜそんな言い回しなのか理解できない。
そこは魔法を使える種族とそうでない種族の違いなのだろう。
学術関連に関してはほぼ同じだ。例えば自分が先行していた医学。こちらは魔法に応用されるものが、オーランソでは薬などに応用されるようで、こちらでは全く発展のない植物学という分野が発展しているという。また、手術という驚くべき方法で病気を治したりもするそうだ。
また、魔法のない世界での移動手段や生活の知恵など驚く事ばかりだ。
自然の力を利用して動力を作り、それを利用して様々な機械を動かしているという。
ラファノでももちろん機械はある。その動力は全て己の魔力だ。
例えば、髪を乾かすのにはこちらはそよ風の魔法を使うが、オーランソではドライヤーという機械を使うらしい。
毎日が楽しくて仕方がない!
知らない世界を知れてとても楽しかった。
「楽しそうだな。」
バートが無表情で訊ねる。
「そうですね。世界が広がるのは楽しくて仕方がありません。」
「面白い。君も好奇心が旺盛なのだな。」
半年経って初めて見るバートの笑顔だった。
そよ笑顔は優しくこちらまで嬉しい気持ちになるようだった。
「バート。あなたもそういう方何ですか?」
「私たちマキナは好奇心の塊だからな。まぁ、それぞれベクトルは違うが。」
「なるほど。それであなたは海を渡ったということですか?」
「あぁ。」
「恐れはなかったのですか?海を渡ってきた者は今まで戻っては来なかったでしょ?」
「まぁな。けれども死んだとは言い切れんだろ?それなら自分が体験したくなるものさ。だから来たんだ。」
「本当に凄い執念ですね。ではテトラは?」
「あいつか?よくわからん。なぜかわからんが、俺の旅に出資をしてついてきた。」
本当にわからないようだった。
お互いの目的も知らず行動を共にできることにさらに驚いた。
バートとの時間が終わり、テトラとの時間になった。彼はレルエナ帝国と言われるオーランソで指で数えるほどの大金持ちの家系らしく、彼からはレルエナについての情報を教えてもらった。
とは言っても、基本的な情報だけで、そうそうにレルエナの事は把握できた。
レルエナ帝国は代々女王が国を治めているようで、だいぶと先進的な政治を行なっているようだ。自分はその女王に興味が湧き、同時に尊敬の念を抱いた。
民族間の争いを止め、大陸の民を文化に関係なく平等に扱う事なので絵空事ことの政策を女王は遂行しているのだ。
この感情はテトラの心に隙を生じさせた。
当初こそ感じられた敵意も大分と緩和されている。ただやはりいつも苛立ちはもっているようだが。
「テトラはどう言った目的でこの大陸へ?」
「?」
「いえ、先程バートに尋ねたら好奇心が抑えられずと言っていたので、テトラはどうだったのかな?と思って」
「俺は新しい土地を求めてだ」
「土地を?あなたの言う商売のためですか?」
「そうだ。オーランソではこの間も言った通り、大陸内の部族間の争いはないが、土地の所有権に関しては厳しく取り締まりがあるんだ。新しい大陸があるなら、はじめに手をつけて自分のものにしたいだろ?」
「はぁ…けれども命の保証などなかったのにこられたんですか?」
「俺は運だけはいいんだよ。死なない自信があった。それだけさ。」
その返答に呆れてしまった。
パソナというのは強欲で自負が強いのだと思えた。(直接いうと怒り狂うだろう。)
けれどもそれぞれ強い欲にかられ行動する姿は新鮮だった。ラファノにいるルラといえば、安定を求めていて、欲深い人は珍しい。もちろん無欲か?というとそうではないのだが…
それはそれで響きはいいが、波がないのだ。
単調で自分にとってはつまらない。
そういう感じで日々が過ぎて行き、空は鼠色の厚いくもがおおいだした。
冬だ。
この学習期間もそろそろ終わろうとしている。
オーランソに紛れることは容易いようだ。
話に聞く限りでは、侵入者を除外する技術が発展していてもおかしくないのに、その分野に関してはガバガバらしい。
その意図が読めない。
ラファノとは真逆だ。
目的が違うのだろうか?
けれども自分にとっては好都合。
オーランソへ到着すればやることは
・レルエナ帝国へ潜入
・帝国軍へ志願
・国の内部へ入り、女王の監視。そして報告
それ以外は自由だ。
自分の剣術であればどこでも通用するとバートもテトラも驚いていた。ありがたいことに、オーランソで魔法を使えるヒトはかなり重宝されていると聞く。
はじめの2つの任務は簡単に終わるだろうと思えた。
「あの〜…」
突然の声に驚く。
「すみません!なんども扉を叩いたんですけど…」
申し訳なさそうに謝るフィドゥがすぐ近くにあった。ぼんやりと考え事をして忘れていた。
今日はフィドゥの日だ。
フィドゥが教えてくれるのは最も大事なオーランソでの庶民層の知識だ。
どのように生活し、庶民達はどのように考え、どのような話題が好きか?と言ったことを教えてもらう。
そしてもう1つ大事なオーランソの魔法使いについてだ。
オーランソでの魔法使いは杖やロッドは使わないらしい。
まさに驚きだ。
自然に語りかけ、流れる地力を読み取り利用するらしい。杖やロッドを使わないのは、なんとも彼ららしい理由なのだが、攻撃するのに邪魔だかららしい。
オーランソの魔法使いは同時に武闘家のようだ。自分は武闘家ではないがなんとかなるのだろうか?不安を覚えたが、フィドゥは笑って大丈夫と言っていた。
まぁヒトの性なのだろうか?大体オーランソの有力者達は子女の数が半端ないらしい。
認知されてない子とかもザラにいるし、その中で自分のようなヒトがいても誰も違和感は湧かないらしい。
「けれどもジェナシスさまは本当に飲み込みが早いですね!驚きです。」
「ありがとう。君の話が面白いからだよ。すぐに頭に入ってくる。」
そういうとフィドゥは照れて笑った。
彼との時間もバートとの時間もテトラの時間も大好きで仕方ない。たった一年だというのに、家族のような時間を過ごした。
あと少しで別れるのは少し寂しい。けれども仕方がない…
ジェナシス・レイル・コニスは死に
ジョシュア・アンセルが生まれる。
オーランソの有力者と愛人の間に生まれ、早くに母親を亡くした天涯孤独のジョシュア。
それがオーランソでの自分なのだ。
うまくやってやるさ。
どうにでもなる。
オーランソがラファノに害するものか見極め、必ず止める。
あの頃の自分はこれから自分に何が起こるかなんて何も考えていなかった。新しい世界への夢ばかり見ていた。そう思う。