始まり-2
「君というやつは本当にどこまでイレギュラーなんだ?」
ルーバウの呆れた眼差しに笑うしかなかった。
それもそのはず、マキナの血が入っていない自分達は基本的に運動神経がよろしくないと言われている。けれども自分は違ったようだ。
…というより、やってみてわかったのだが、ルラは言われるほど運動神経が悪いわけではない。鍛えればマキナレベルに動けるのだ。
8歳になった頃から学術はある程度のレベルまで達していて、暇つぶしにコニス家の護衛隊長であるドウに無理を言って教えてもらっている。今ではドウも驚くほどに剣術の腕が上がっている。
「まさかこんな形で役に立つとは思っていなかったですけどね。」
「全くだ。亡くなられたジェルク殿、セフィー殿が今の君の姿を見たら喜ぶだろうな。」
「そうですね。」
軽く笑いあう。
父と母は第三子となる妹を産んですぐに、新しい呪文開発の実験での事故にあいなくなった。
2人とも優れた魔導師で好奇心旺盛だったようだ。自分はしっかりとその血を受け継いでいる。とよく言われている。
けれどもその血は予想以上に浸透し、倍になっているようだ。祖父・祖母も呆れている。
「君そういえば、今年の春から大学院ではなかったか?」
「えぇ。」
「何を専攻するのだ?」
「医学ですかね?」
「医学?それは喜ばしい。治癒魔法を作り出すには医学の進歩無くしてはありえないからね。」
新たな魔術を開発するということは、基礎を理解していないと無理なことだ。
学術と魔術は切っても切れない関係と言われている。その中でもやはり自分は人を救う治癒魔法の開発をしたいと思っていた。
「魔術開発局にとって君は喉から手が出るほどに欲しい人材だよ。」
「ルーバウの力になれるよう頑張りますよ。」
「呼ばれる前に入って欲しいものだよ。」
「…本当ですね。」
2人は顔を見合わせ笑いあった。
「それでは私はそろそろお邪魔するよ。」
「えぇ。来てくださってありがとうございます。それに後押しも感謝いたします。」
「礼などいらないよ。私は心から君が適任だと思っただけさ。」
さわやかな微笑みとともに、ルーバウは家を後にした。
それから3年の月日があっという間に過ぎた。
自分はというと、大学院へ進み周りの大人たちと共に学業に専念していた。
医学といってもたくさんの分野があり、自分はその中でも新魔術開発にあまり役に立たなそうな遺伝子学や生殖学について興味を持ってしまった。神の領域としてタブー化されているこの未開の地には発見がたくさんあるに違いないという確信があった。現に湯水が溢れるようにかなりの発見ができている。
毎日が楽しく、すっかり例の自由を忘れ研究室に閉じこもる日々が続いていた。
瞬きをした瞬間に景色が一変していた。
あの薄暗い部屋。
呼ばれたのだ。
こちらの都合など関係なしに。
楽しい時間はおしまい。3年前の自分を少し恨むも、馬鹿げた行為だと呆れ溜息をついた。
「悪かったね。」
ミュタの声に驚いた。
「学問が楽しくなってしまったかい?」
優しい問いかけについ首を縦に振ってしまうと、クスクスと笑う声が聞こえ、後悔した。
「申し訳ないがその楽しみもストップだ。」
「…分かっています。」
「すまないね。…早速だがこれからのことについて話させてもらうよ?」
「はい。」
「まず、君には死んでもらう。」
「表面上で。…ですね」
「そう。そちらの方が何かと後の処理が楽だからね。」
突然訪れた自分の死。周囲に分かれを告げることができないのは嫌だった。
それがどんなにも周囲の人々を辛くすることか分かっているから…。けれども仕方がないんだろう…そうしてミュタから今後のスケジュールについて語られた。
どうやら自分はこの屋敷で当分過ごすこととなるようだ、朝から晩までオーランソについて学ぶようになっている。
期間は一年を目処とするようだ。
「1年…ですか?」
「君であればそのくらいが妥当かと思ったんだが厳しいかい?」
「いえ。…僕もそのくらいかと思っていたので…」
と言ってみたものの、内心もう少しは欲しいと思った。けれども、厳しい試練ほど燃えるものはないとも感じた。
「…君達は本当にあの方にそっくりだ。」
ボソリとミュタが懐かしそうに呟いた。
あの方とは誰のことだろうか?
ミュタにとってゆかりのある人だろうか?けれどもそんな些細なことはどうでもよかった。
淡々と語られる説明。まぁ暇を弄ぶことはなさそうだ。
「これで僕からの説明はおしまいだ。君からは何かあるかい?」
「あのお願いは聞いてもらえますか?」
「内容にもよるが何かな?」
「弟と妹のことです。」
ミュタは、優しく微笑んで答えてくれた。
「それは安心しなさい。ノーヴ家当主が面倒を見ると言ってくれている。」
心が落ち着いた。
ルーバウならば安心して弟妹を任せれる。
「…以上かい?」
「はい。」
「それでは、君にオーランソの全てを教えてくれる講師を紹介しよう。」
ミュタが勢いよく手を叩くと扉が開き、4名の男達が現れた。彼らはこの地ではあまり見ることのない異国の格好をしていた。白いシャツに黒いスーツ。姿はマキナのように感じられたが、皆耳が小さく丸い。囚われた者達なのに悲壮感などを感じることはなかった。むしろ生き生きしているようにみえた。
「左奥から紹介してもらおう。」
1番左奥にいた男が一歩前へ踏み出す。
3人の中では1番長身で、顎には立派なヒゲを蓄えていた。マキナの誇り高い気質が溢れ出ているように思えた。表情のないまま手だけが差し伸ばされた。よろしくと行ったところだろうか?凹凸のない平らな手であった。
「彼はバート・ハンソン。オーランソの有力者の1人。」
次に前に出てきたのは隣にいた青年。
今まで見たことのないヒト。きっと彼がパソナなのだろう。マキナよりも骨が太いのだろう。強靭な体つきをしていたが、眼鏡から覗く愛らしい瞳が変な感じだ。差し出された手はとてもゴツゴツしていて力強い。
「彼はテトラ・ヘイウッド。バート同様オーランソの有力者の1人で、そして…」
最後に前に出てきたのは自分と変わらぬ年ごろの少年だった。褐色の肌に垂れた瞳はまるで南方のルラのようにみえた。
ニコニコ笑って両手をだしてきた。前の2人同様に手を差し出すと、ガッチリと掴み、ぶんぶんと手を振る。その力の強いこと…ルラ出ないことは確かだ。
「彼はフィドゥ・ラフノフ。2人の付き人らしい。そしてこの中で唯一魔法が扱える。」
「魔法ですか?!」
「あぁ。オーランソにも魔法はあるようだ…そこも踏まえ、色々学んでもらうよ。」
「わかりました。」
そうして、オーランソを学ぶ一年が始まった。