始まり-1
瞬きをした瞬間に景色が一変していた。
先ほどまで、朝のまばゆい光に包まれた暖かなダイニングに座っていたというのに、この場はどうだ?沢山のろうそくが揺らめいて、薄暗い。あたりを見渡すも見知らぬ顔ばかり。
一体何が起こったというのだろう。
不安は声となり漏れ、ざわめきへと変わろうとした時に扉が開かれる音がした。
「皆の者静かに。」
前方右手側にある扉から歩く男性。
ラファノに点在するのはルラとマキナだけ。
しかしこの男はその両方の外見を持っているようだった。ルラの長い耳。そしてマキナの長身とがっしりとした体。
これらのことから考えられることは1つ。
この男。
いやこの方はラファノ大陸を影で統べるミュタだと。
その場にいた者達も自分同様、男の正体に気がついた様子だった。緊張が走る。
男は席に着くと同時に口を開く。
「オーランソの動きが変わろうとしている。」
大陸北東内陸部に住む自分には寝耳に水であった。けれどもその場にいた数人はそうではない様子、美しい鳥のさえずりのように心地の良い声が響く。
「発言よろしいでしょうか?」
「勿論。」
「たしかにこの頃、見かけぬ船がこの大陸周辺をうろついております」
「オーランソの船だね?」
「はい。我ら、グローサファールと隣国ヴォルティで見つけ次第排除しております。」
「知っているよ。大陸を守ってくれてありがとう。ただ、今度は見つけ次第の排除はやめてもらえるかな?」
場にどよめく
「それはどういう…」
「オーランソの動きを調べる必要があるんだ。そのためには、オーランソに潜り情報を得なくちゃならない…。そのためにもオーランソの一般常識を知らなければならない…」
「我々がオーランソに??」
「あぁ。数年後に少数だがオーランソへ行ってもらいたい。」
どよめきが大きくなる。
けれど私は1人胸をときめかせていた。
弱いまだ10歳だというのに好奇心旺盛で、この大陸には飽き飽きしていた。外の世界へ大義名分を持ち飛び立てるのであれば喜んで飛び出したい気持ちだった。
ざわめきたつ中、無自覚に手を伸ばしていた。
「?君はコニス家の…」
「ジェナシス・レイン・コニスです。」
皆々の口は閉じられ同時に視線が自分に向けられる。けれどもどうでも良かった。
「その役目私に…私1人に任せてもらうことはできるでしょうか?」
「ふむ…」
少しの沈黙。
けれどもジェナシスには勝利が見えていた。
自分という人間がいかにどうでも良い立ち位置にいるか充分に理解していたのだ。
「コニスで異論は無いと思います。彼は有能で今回の役割を充分にになってくれるでしょう。」
隣にいたノーヴ家当主の声だ。
彼は自分にとって唯一の理解者である。
コニスとノーヴはラファノが命に代えても守っている血を持っている。4つある家の中でノーヴは本筋でコニスは最下層に位置づけられている。コニスは価値も無い石ころだけを押し付けられている家系だ。
血の濃さだけで序列が決まることに弱い10歳ながら飽き飽きしていた。それに自分には弟も妹もいる。コニスのスペアは充分あるのだ。
条件は充分に満たしている。
「それならばこの件はコニスに任せよう。しかし本当に1人で大丈夫なのかい?」
「えぇ。複数人よりかはこちら側の正体がバレるリスクは低いかと思います。」
「…そうか。それなら君1人に任せよう。では引き続きグローサファール、ヴォルティはオーランの船を見つけ次第捕獲するよう。」
「わかりました。けれど…」
「私との連絡は問題ないよ。時が来れば今日のように呼ぶよ。」
「…わかりました。」
その言葉の意味は恐ろしい。
ミュタの目はラファノの全てを見通しているということ。
「コニスもその時が来れば今日のように呼びだすね。いいかい?」
「勿論です。」
返事をした途端、景色が一変した。
目の前には暖かな日差しといつのまにか運ばれた朝食が広がっていた。
自分は夢でも見ていたのだろうか?
不思議な感覚に陥った。
すると今度は玄関の呼び鈴が鳴った。
突然の来客に急ぐ執事達。
自分も何事かと玄関へ向かうと、そこにはノーヴ家当主、ルーバウ・レイル・ノーヴがにこりと微笑み立っていた。ルラの平均身長よりも少し長身で華奢な体つき。中性的な雰囲気を醸し出している。 歳は今年ちょうど20歳となる。
「突然の訪問悪いね。」
被っていた帽子を手に取り軽く挨拶を交わす。
執事は帽子と上着を速やかに受け取った。
「さっきは驚いたね。」
「あれは現実だったんですね。」
思いがけない言葉にルーバウは笑った。
何故自分が笑われているのかわからなかった。
「いやいや。すまない…、君は初めてだったのだからその反応は正しいな。」
「ルーバウは初めてでは無かったの?」
「あぁ。3度目だよ。まぁラファノの全長達が集まるのは初めてだけど…。しかし君は思い切ったことをしたね。」
全く驚いていないルーバウは楽しそうに語りかける。
「またとないチャンスですよ。決まり切った狭い世界からの解放ですから、ワクワクが止まりません。」
「...羨ましいよ。」
ルーバウの少し寂しげな言葉は本心だろう。
彼はレイルの血を守る責任がある。
他家があろうともやはり血の濃さで言えば彼が1番だ。決して自由に飛ぶことは許されない。
自分の気持ちが先に行き、彼の気持ちを後回しにしてしまった自分を悔やむ。
それにすぐさま気がついたのか、ルーバウは笑ってくれた。だから自分は彼を尊敬している。
「すまない。つい君が眩しく感じたんだよ。
でも気にしないでくれ。私は私の運命を呪ってはいない。」
「ありがとう…」
「しかし君、これから大変ではないか?」
「何がです?」
「君、オーランソへ渡るのだよ?オーランソは魔法のない世界と聞いている。」
「大丈夫ですよ。魔法には飽きていました。内緒ですが、武術習っているんですよ。僕。」