表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

 -11『マナ人形』

「今日の来客は向こうの世界の王族の家系の人物です。商人としての才もお持ちで、異世界における物流の大半を占めているほどの御方です。この度は家族旅行をかねて来訪されますので、くれぐれも粗相の無いよう、丁重にお持て成しするようにお願いします」


 当直の仲居たちが集まった事務所で、ふみかさんが手元の資料を見ながら伝えた。一同は「はい」と返事をするが、その声は緊張に上擦っている。


 彼女たちの意識はみな、部屋の片隅で椅子に腰掛けている中條へ向けられている。


「そう固くなることはないさ。政府の高官がやってきて一緒に立ち会う予定だ。親睦を深めるなんてのはそういった上の連中の仕事だ。キミたちはマニュアルどおりにしっかりと働いて接待をしていればいい」


「中條さん。その辺りはみんな弁えています。いまさらプレッシャーを与えるようなことを言わなくても」

「なあに。ここには学生もいるものでね。家業の手伝い感覚でなあなあに動かれて、大人の事情をぶち壊されでもしないよう念のために言っているだけだよ」


 中條の視線は隠す気もなく俺に向いていた。

 陰険な悪意ではない。ただ、実際に俺が一番の不安要因だと言いたいのだろう。


 これまでのトラブルの手前、俺には言い返すことができない。

 ぱん、と緊張で張り詰めた風船を割るようにふみかさんが平手を打つ。


「それではみなさん。今日も頑張りましょう」


 彼女の言葉とともに仲居たちは解散し、俺も自分の仕事場へと戻っていった。


   ◇


 事務所での打ち合わせから数刻経った正午ごろ。

 例の賓客がやってきた知らせを受け、旅館の中は瞬く間に慌しくなった。


 仲居たちが裏で駆け回っている。

 俺も手伝いに借り出され、荷物運びをすることになった。


 来客したのはルナインという異世界にある人間の国の王族で、王位継承権第四位の王子だった。


 王室において男四兄弟の末っ子で、かねてから王位継承を諦めていた彼は、幼少から興味を抱いていた商人としての知識や経験を積極的に学習。類稀なる才を発揮し、齢三十にして異世界側の物流の六割を占めるほどの商業ギルドを設立させた。まさに向こうを代表する商人だ。


 風貌ははやや腹が小太りだが顔立ちは鼻が高くて目の堀が深く、温厚そうな垂れ目をしている。高級な絹の服に煌びやかな財宝の装飾を纏い、金塊が一人歩きしているかのようだった。


 王子の傍らには細身の女性が付き添い歩いている。

 王子よりも一回りほど若そうな女性だが、どうやら正妻らしく、彼女の子どもと思われる五歳くらいの男の子と手を繋いでいた。


「しばらく世話にならせて貰うよ」

「ようこそいらっしゃいました。従業員一同、心よりお待ち申しておりました」


『門』がある部屋の前で一列に並んで迎えた仲居たちが一斉に深々と頭を下げる。


 担当する一番年長の仲居が出迎えて接客する。荷物を運ぶのが俺の役目だ。


「ん? なんだ、これ」


 荷物の中にあった薄い麻布の袋に、なにかバスケットボールくらいの大きさの丸っこい何かが入っている。


 不思議に思って手で感触を確かめていると、


「これはね、僕のお気に入りなんだ!」


 声が聞こえたかと思うと突然、俺の前に王子の一人息子が顔を出してきた。いつの間にか母親の元から抜け出してきたらしい。


 王子たちの方を見ると、ちょうど政府から使わされた高官の男性とその場で挨拶を交わしていた。側には中條も立ち会っている。


 男の子はどうやら彼らの長ったらしい挨拶が退屈になって、離れた場所にいる俺に興味を持ったようだ。


 男の子が麻布の袋を持ち出し、紐を解いて中身を取り出す。

 出てきたのは漆器のように艶やかな、丸い曲線を描いた、卵によく似た形をしたものだった。


 短い足が生えていて自立できるらしく、男の子がそれを床に置くと、まるでペンギンのようにちょこんと立った。


「へえ、珍しい。マナ人形だね」


 声がして振り返るとエルナトがいた。

 シエラも一緒だ。相変わらず仲がいい。


「マナ人形?」

「マナを動力にして自動で動く玩具だよ。向こうではけっこう人気があるんだ」

「私も、町の子どもたちがこぞって抱きかかえている光景を何度か見かけたことがあります」


 なるほど。異世界にもそういった定番の玩具があるのか。

 男の子もよほど愛着があるのだろう。それを抱きかかえながら頬を擦り当てて笑顔を浮かべている。


 俺もそれを微笑ましく眺めていると、


「――でもいいのかな。こっちの世界じゃマナが少ないからまともに動かないと思うけど」


 そうエルナトが呟いた矢先だった。


「これね。とっても可愛いんだ。僕の言うとおりに動くんだよ」


 男の子が言ってマナ人形の背中のスイッチのような物を弄った瞬間、マナ人形の目が光り輝いた。動き出すのかと思ったが、しかし何も起こらずに目の光が途端に明滅をはじめる。


 その直後、

「うわあっ!」


 男の子が悲鳴を漏らして両手を持ち上げたかと思うと、落下したマナ人形は短い足でしっかりと着地をした。そしてたちまちに動き始め、人が走るような速さで辺りを駆け回り始めた。


 俺たちの足元を不規則にひたすら動き回り、並べられた王族一家の荷物たちにぶつかっても構わず押し倒して進み続けている。荷物の転げる物音と慌てふためく男の子の悲鳴に『門』前のフロアは瞬く間に騒然となった。


「これはいったい何事だっ」


 フロアの脇に控えていた中條が、普段の冷静さを欠いたように声を荒げながら駆け寄ってきた。乱雑した荷物のそばにいる俺を見て、彼が眉をひそめて溜め息を漏らす。


「またキミか。一体何の騒ぎなんだ」

「急に人形が暴れ始めたんですよ」

「人形が?」


 俺は走り回っているマナ人形を指差す。


 マナ人形はまだ止まる気配もなく部屋の中をひたすら駆け回り、壁を蹴り、観葉植物などを押し倒してめちゃくちゃにしていく。


 それだけではない。その魔道具が側を横切ると、倒れた観葉植物たちはたちまち茶色くくすんで枯れてしまったのだ。


「どうやらマナを吸い取っているようです」


 気づいたのはシエラだった。


「おそらくマナ人形を起動させた際に、周囲のマナが不足しているために誤作動を起こしているのでしょう。正常に駆動するために、不足しているマナを周囲から掻き集めようとしているのだと思います。高性能な自立型の魔道具であるがゆえに、無理やりにでもマナを集めて指示を実行しようと考えたのだと思われます」


 なるほど。

 理由はわかったが、それを素直に凄いと褒め称えるには些かまずい状況だ。


 魔道具は観葉植物のマナをあらかた吸い取った後も、一切止まることなく、むしろ走る勢いを加速させるばかりだった。


 しまいには近くにあった木造の椅子に駆け寄り、マナを吸われた椅子が瞬く間に枯れ木のように足をしなれさせている。


「マナがまだ足りていないと判断しているのでしょう。きっと手当たり次第にでも集めるつもりです。こちらの世界はマナが希薄ですから、一つの物からマナを吸収しても大した量にはなりませんので」

「じゃあ足りるまでこいつは周りのマナを吸い続けるってことか」


「はい。ですが、こちらの世界のマナの量では駆動し続けるだけですぐに枯渇してしまいます。無くなっては補充し、補充するために移動しては消耗し、また足りなくなって補充する。これではキリがありません」


 マナ人形が通り過ぎていったフロアの椅子の脚があっという間に全てひしゃげていく。マナ人形に止まる気配はなく、しまいにはフロアの外に出て廊下の奥へと走り去ろうとしていた。


「僕が……僕が動かしちゃったから……」


 ぐす、ぐす、と少年が鼻を啜る。

 俺たちの話を聞いて事の次第を理解したのだろう。瞳には薄っすらと涙が浮かび上がり始める。


 さすがの騒ぎに、男の子の親である賓客の王子たちもこちらに気づき始めている。これほどの大事になってしまっては、たとえ王子の息子とはいえ叱責は免れないだろう。


 もしこれでひどく落ち込もうものならば、旅館で過ごした思い出が暗いものになってしまいかねない。いつかここに来たことを思い返すとき、辛い思い出しかないなんて悲しすぎる。


 ――そんなの、イヤだ。


 俺は拳を握り締めると、中條や王子たちの視線から男の子を庇うように立ちふさがった。


「すみません俺が触ったら勝手に動き出しちゃったんです」

「キミが?」


 中條の問いに俺は頷いた。


「そうか。やはりまたキミか」

「責任は全部俺が取ります。すぐに捕まえてきますから」

「お、おい。そういう問題では――」


 中條の言葉を遮り、俺は後ろに庇い立てていた男の子に振り返る。

 しゃがみ込んで目の高さをあわせると、そっと頭に手を置いてやった。


「人形はすぐここに持って帰ってくるから。だから泣かないで待っててくれよ」

「ほんと?」

「ほんともほんと。嘘をついているような顔に見えるか?」


 そう言って真剣に男の子の目を見つめる。

 涙を啜る顔にはまだ一抹の不安さを残していたが、くすりと笑ってくれた。


 俺は安堵して立ち上がった。


 マナ人形はいつの間にか姿が小さく見えるほどに遠くまで走り去っている。このままでは館内をひたすら走り回りかねない。


「シエラ、エルナト、手伝ってくれ。追いかける」

「わかりました」

「まっかせてよ」


 声をかけると、俺は二人を連れてマナ人形の後を追って走り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ