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 -4 『怪しい男』

 エルナトの一件で一騒動あった直後の今回だ。

 駆けつけたふみかさんもさすがに表情を渋め、途方にくれた様子だった。


 政府から派遣されたらしい作業員たちが魔法を使って損傷した旅館の一部の修復を始めている。しかしマリーディアが壊した場所は想像以上に多く、作業は難航しているようだ。


 ただでさえこちらの世界はマナが少ないため、瞬時に修復するといった大きな魔法を使うことはできない。


「マナが薄い以上、術者は自分の体内のマナを使うことになるわ。マナは生命力と同じ。それが枯渇すれば命が枯れると同然よ。だから無理はできないものなの」


 マナを掻き集めながら修復しても、直るには数日は要するだろうとふみかさんは言った。


 またしても大失態だ。

 エルナトの件も、マリーディアの件も、どちらも俺が深く関わっている。


 巻き込まれたような形とはいえ、従業員側である俺にも少なからずの責任が問われることになる。客が勝手にやったことだ、という一言で片付けることはできないだろう。


「お客様の所在不明。施設の破壊。今回の件、さすがに上に報告しなければならないわ。偶然居合わせたお客様からの証言によると、お客様の暴走の発端はハルくんがお客様の女の子を押し倒したことから始まったと聞いたわ。そうなると、たとえアルバイトの立場だとはいえ貴方の名前も出さなければいけない。普通のサービス業のようで忘れがちかもしれないけれど、私たちが扱っているのは現段階での重要国家機密よ。いずれは公開される予定だけど、今は守秘として徹底しなければならない。それはわかっているわね」


 ふみかさんの言葉は一言一句その通りで、何も言い返すことができなかった。


「どうなるかわからないけど、このままじゃいられないかも、って事は覚悟しておいて」


 ふみかさんの言葉はとても直接的で簡潔だった。

 強張った顔でどんよりと肩を落としている俺に、ふみかさんが優しく微笑む。


「大丈夫よ。命を取ったりだとか、そういう物騒なことはないから」


 安心させようとする彼女の言葉に、しかし俺は少しも微笑み返す気力を持ち出せなかった。


   ○


 二つの騒動が落ち着いてから六日が経った。


 学校が休みの土曜日。

 俺はあの時から何も変わらずいつも通りに働いていた。客室の掃除をしてから布団などの洗濯物を運び、昼休憩を取ってからまた夜までの業務に赴く。


 旅館の様子も変化を感じられなかった。

 政府から派遣された修理人が魔法を使って施設の修復を行っているくらいだ。


 彼らは雇われの異世界人らしい。マリーディアが破壊した壁や椅子などの内装もほとんど元通りの状態にまで戻っている。


 ただ一つ、旅館で以前と違うのは、ふみかさんが居ないということだけだった。騒動の次の日から、ふみかさんは政府の事務局へと出向いていた。


 日も傾き始めた昼下がり。

 俺は旅館の外に出て、竹箒を片手に玄関前の掃除をしていた。


 旅館を一歩出たロータリーから振り返れば、認識魔法のせいでどこにでもあるような古くこじんまりした外見に早変わりした旅館の姿が見える。


 外からの客を迎えなくなったせいで久しく使われていないロータリーだが、自然と溜まる枯葉や砂を掃いて綺麗にしておく。


「ああ、もし」


 ふと声をかけられて俺は手を止めた。

 振り向くと、アロハシャツに短パン姿という、格好だけ真夏を先取りしたかのような、やや白髪の混じる初老の男性が佇んでいた。


 サイズの合っていない大きなサングラスをかけ、だらしなく伸びた無精ひげがそのひょうきんさに拍車をかけている。


 見た目は変わっているが、普通の日本人のおじさん。そんな感じだ。


「ちょいと聞きたいことがあるんだが」


 フランクに笑みを浮かべ、男性は俺の方へと歩み寄った。

 関係者でない人が敷地内に入るのは不味いと思い、俺からも近づく。


「なんですか」

「いやあ、見たところここは旅館のようだね」

「そうですけど」

「実は私、ちょっと近くまで用事があって来たんだけど肝心の宿の手配を忘れてしまってね。泊まるところを探しているんだ」


 わっはっは、と男性が肩で笑う。

 随分とテンションが高い。酒でも入っているのだろうかと思うくらいだ。


「申し訳ありませんが、当旅館は現在貸しきりになっておりまして、部屋の空きがない状況です。よろしければ近隣の宿泊施設をご紹介いたします」


 さすがにこれだけ言えば諦めて帰るだろうとたかをくくっていた。だが男性は少しも立ち去ろうという素振りを見せなかった。


「温泉はあるのだろう。前にここに泊まった夫婦からはとってもいい湯だったと聞いてる。ぜひとも入るだけでもしたいものだが」

「いや、その。そういうのも今はやってなくて」

「どうしてだい」

「どうしてと言われても、そういう決まりなので」


 食い下がられるとは思っておらず、どう応対すれば良いか言葉に詰まり始めてしまう。


 伺い尋ねている立場の割に、男性は随分と前のめりに押してくるような物言いだ。そのまま押し切られてしまいそうで、焦りに冷や汗が流れる。


「見たところ予約客の看板も立っていないが、本当に客は来ているのかい」

「き、来てますよ」

「団体さんなのかい」

「そうですね」


「一部屋くらいは空いていないのかい」

「いやあ、どうでしょう」


 俺は必死に愛想笑いを浮かべるので精一杯になっていた。


 こんな時、ふみかさんがいれば親切丁寧な対応で対処してくれただろう。

 彼女の不在がより不安に拍車をかける。ふみかさん助けて、と心の悲鳴をあげていると、


「中條さん!」


 急に声がしたかと思うと、道路の方から人影が走ってきた。

 ふみかさんだった。来て欲しい願望が都合のいい幻覚を見せたのかと思った。


「ハルくん、一緒だったのね」

「一緒?」


 俺は小首を傾げる。

 中條と呼ばれた男性が不敵に笑みを浮かべた。


「この人は政府から派遣された査察官。中條さんよ」

「ええ、政府から?」


 突然のことに、俺はどういう顔をしていいかわからず、呆けるようにしてふみかさんと男性の顔を何度も見返していた。


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