-3 『誘い』
「今日もよろしくねん」
ミストで潤うマッサージルームで、ごつごつにしたゴーレム族の女性――通称・ゴーレム嬢がベッドに横たわった。
相撲取りでも有り余る大きさの浴衣を脇に畳み、石碑のような綺麗な岩肌を露にしている。モアイ像のような顔を伏せさせているので、見えているのはおそらく背中だろう。
グラビアで水着の女の子がうつ伏せに寝そべる格好と同じはずなのに、目の前のそれはどう見ても、ただの岩、あるいは分厚い鉄板だ。
「もう、ジロジロ見ちゃいやよお」と茶目っ気を含んだような声で言うゴーレム嬢に、俺は業務的な笑顔を返すので精一杯だった。
マッサージは館内サービスの一つだ。
とは言っても本格的なものではなく、あくまで無料で簡易的なものである。
ゴーレム嬢は隔日くらいの頻度でマッサージにやって来る常連だった。
本来は同性のスタッフが対応するのだが、どういうわけかゴーレム嬢はいつも俺を指名してくる。
「やっぱり坊やにしてもらうと気持ちいいわあ」
「それはよかったです」
「相性がいいのかしらあ」
「そうなんですかね」
「前に言った話、覚えているかしらあ」
「なんでしょうか」
「私のお屋敷に来ないかって話よお」
「あー、それはちょっと。たぶん親も許可してくれないんで」
「ご両親の許可をとればいいのねえ?」
「いやーダメですねー」
笑顔をへつらって応対する。
もはや毎度のことですっかり慣れたやり取りだ。
だが今日はいつもと違ってどうにもやりづらかった。
その原因はエルナトだった。相当に暇だったのだろう。
これからマッサージルームに行くのだと言うと、二つ返事に「ボクも行く!」と手を挙げたのだった。
ゴーレム嬢の許可も得てしまったし、邪魔をしないのならば別に構わない。だがさすがに視線が気になってしまう。
俺がゴーレム嬢の背中を摩ったり叩いたりする度に紛らわしい嬌声があがると、壁にもたれかかって遠目に眺めているエルナトが口許を隠してくすりと笑った。
喘ぐ巨岩を揉み解している姿はたしかに傍から見れば奇妙だろう。
「ああ、気持ちよかったわあ。またよろしくねえ」
数分間に渡る羞恥プレイを耐え抜き、どうにかマッサージを終えた。
ゴーレム嬢は満面の笑みを浮かべながら――岩なので表情筋もなにもないのだがおそらく――嬉しそうに声を弾ませて部屋へと帰っていった。
一仕事を追え、俺は大袈裟に一息ついた。ミストで汗ばんだ額を拭う。
これでマッサージは終わりだ。次は中庭の掃除が待っている。
その次は夕食に向けて仲居さんたちと準備。配膳の手伝いや客の誘導。
夕食の間には客室で布団を敷く作業もしなければならない。
客室から集めたゴミを裏のゴミ捨て場に持って行くのも俺の役目だ。
「さて、さっさと行くか」
気だるげに呟いていると、ふとエルナトが声をかけてきた。
「ねえ、ボクにもあれをやってよ」
「はあ? 一応は事前の予約制だから急には無理……ってなにやってるんだよ!」
振り返ると、エルナトはいつの間にか別のベッドに横たわっていた。
うつ伏せの格好で知らぬ間に服まで脱いでいる。下半身はタオルを被せて隠しているが、上半身はまるで無防備に露出されていた。
胸をベッドに押し付けているおかげでかろうじて肝心なところは見えていない。いや、もちろんエルナトは男なのだから見えても別に問題はないはずなのだが。
目の前のエルナトの一糸纏わぬ上半身に、先日の露天風呂での後姿を思い出した。途端、無性にいかがわしいものを見たように気分が昂ぶってしまった。
――ああダメだダメだ。こいつ、また俺の反応を見て遊ぼうとしてやがるんだ。
自分を制しようと言い聞かせる。
だがエルナトの綺麗な素肌が目に入るたびに意識してしまう。
――でもまあ男同士なのだし。
なにも問題のあることじゃないよな。ああ、もちろんだとも。
最終的に、誰に対しての言い訳かはわからないが、俺はそう納得して覚悟を決めた。




