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コメディ風味短編

こぶとり爺さんのこぶを巡る感動的な裏話

需要など気にしない!私はただこぶの心を伝えたいだけなんだ!!


 おれはこぶだ。


 丸く艶やかで、活きのいいこぶ。我ながら、立派な一人前のこぶに成長したと思う。


 どこに出来ているかだって?

 

 驚くなかれ、齢七十のご老体の頰である。


 爺さんのしわしわに枯れ果てた頰なんて、栄養素もろくにない、最悪の宿主だと思うだろう?


 ところがこれがまた、この爺さん、爺さんのくせにエネルギッシュで、おまけに真面目。年中無休で休むことなく働いて、血は活性化してるわ汗は心地いいわろくに体も洗わないわですくすく育つには持ってこいの環境だ。それに、婆さんの保湿用の植物液をこっそり拝借しておれに塗ってくれさえする。


 そしてなんだかんだ、この宿主とはうまれて間もない頃からの付き合いである。愛着はとっくに湧いている。


 心根は良いし頰に張り付いていても嫌悪感が湧かない、とても良い宿主に会えたと思っている。


 そんなある時、ふと爺さんは少し遠くの山まで木を刈りに向かった。

 近くの山ならともかく、遠くになると帰りが遅くなるのではないかと心配になったが、爺さんは比較的足腰が丈夫なので大丈夫だろう。


 一通り木を刈って、薪を拾い集めているのを、ぶるぶると楽しく震えながら見ていると。


 突然、ぽつりと表面に冷たさを感じた。そして、次々それは増え、やがて土砂降りの雨になった。


「たいへんだ!」


 爺さんは慌てて近くにあった大きな木のうろに入り込み、雨宿りをする。


 俺は嫌な予感がした。もう昼だ。このままだと「異界」と交わってしまうかもしれない。


 異界とは、読んで字のごとく。爺さんやおれたちがいる世界とは異なる世界だ。単純に場所だとか環境だとかが異なるわけではない。その性質自体が、日常とは全く違う世界である。

 ごくたまに、日が落ちた後、山奥などの下界と切り離された空間は異界と重なることがある。

 異界には普通の人間には太刀打ち出来ない危険なもの、霊だとか鬼だとかが溢れている。


 そんなところに迷い込めば、おれも爺さんもただでは帰れない。


 雨で視界が悪い中歩くのは危険だが、鬼に出くわすよりましだ!


 一刻も早くここを離れようとしたが、おれはこぶだ。歩けない。

 ここを離れようと爺さんに伝えようとしたが、おれはこぶだ。話せない。


 俺は必死にぶるんぶるんと震えて主張する。

 爺さんはぽりぽりとおれを掻いただけで、ぼけーっと雨の降る空を眺めている。


 爺さんの阿呆!鬼が来るんだって、雨に和んでいる場合じゃないんだよ!


 必死にぶるぶる震えたが、気づく様子もなく、やがておれは力尽きた。


 そうすると、爺さんも力尽きたのか、寝こけ始めた。おいおい、風邪引くぞ。新しいウイルスもらってきてまたこぶでも出来たら、おれの居場所が狭くなるじゃないか。


 おれは呆れたが、爺さんは幸せそうに眠っているのでそっとしておいてやることにした。


 そうこうするうちに雨は上がった。だが起きない。しばらくは放っておいたが、日が沈みかけるころになると再びおれは焦り始めた。


 やばいって!鬼!鬼来るって!


 ぶるぶる震えるが、爺さんは起きない。こんなところで熟睡すんな!図太過ぎる!


「〜♫」


 おれは震えるのをやめた。明らかに出来上がったダミ声が、調子っぱずれの歌を歌っている。近づいてくる。


 ーーー鬼だ!


 ぴしりと固まっていると、みるみる鬼が集まってくる。赤鬼青鬼黒鬼、大きいのも小さいのも。酒やつまみを持ち寄って、やんややんやの大騒ぎを始める。


 もうこうなったら終わるまでここでじっとしているしかない。


 しかしタイミングの悪いことに、鬼たちはピーヒャラピーヒャラとお囃子を始め、ドンドンと太鼓を打ち鳴らす。楽しそうに踊るのはいいが、もっと遠くでやってくれ、爺さんが起きるだろ!


「……む?……ひ、ひえええ!?」


 ほらーーーー!!!


 爺さんは驚いて腰を抜かした。結構な叫び声をあげたが、幸い鬼たちはどんちゃん騒ぎに夢中で気づかない。OK OK、まずはセーフ。


 爺さんは怯えながらその様子を伺う。

 ……次第に、陽気な音楽に合わせて体を揺らし始めた。

 おい。嫌な予感しかしないぞ。

 目を覚ませ!と念を込めて頰を張るようにぶるんぶるんとこぶを揺らすが、爺さんは全く気づかない。

 幾ら何でも気にしなさ過ぎじゃないか!?こんなにでかいこぶだぞ!気づけよ!!


「楽しそうじゃわい」

 爺さんはふらふらとうろから出て、鬼たちに混じって踊り始めた。


 このバカーーーーーーーー!!!!


 のんき!のんき過ぎる!喰い殺されたらどうすんだ!


 はらはらしていると、鬼が爺さんに気づいた。

 終わった……!


「おお。爺さんなかなか踊りが上手いじゃないか」

「なかなかやるなぁ」

「人間にしとくのはもったいない!」


 鬼、良心的。酔っ払いで良かった……!


 バイタリティ溢れる爺さん(70)と鬼たちは、それから夜明けまで踊り続けた。


 鶏が鳴いた。

 解散の合図だ。


 やっと帰れる……。

 こぶは疲れないが、精神的に疲れた。爺さん元気すぎる。


 ほっと力を抜いて油断していたその時だ。


「爺さん、今夜も踊りに来いよ」

「それも良いなぁ」

「言ったな、じゃあ約束だ。このこぶを預かっておこう。来たら返してやる」


 えっ。


 ぶちぃっ、


 全身の肉塊が、爺さんの頰の筋肉から剥がれる。ぶちぶちぶちいっ、と嫌な音がこぶ全体に響いた。体が引き攣る。


 あだだだだだ死ぬ死ぬ死ぬしぬうッ!


 この、鬼ぃ!あ、鬼だった。


 爺さんの方は何か呪術でも使われているのか、ケロリとしている。何もなくなった頰を撫で、どこかスッキリとした表情だ。


 なんとなく寂しい。爺さんの方は目の上のたんこぶ、もとい頰の横のこぶだ。無くなってせいせいしたことだろう。


 鬼に別れを告げ、あっさりと爺さんは村へ帰って行った。いやマジであの爺さん体力バケモノか。夜通し踊っていたとは思えない足取りの軽さだ。


「……さて」


 鬼の声に我に帰る。

 そういえば、おれはどうなるんだ。

 爺さんにはああ言ったが、あれは爺さんを逃がすための方便だろう。爺さんが戻ってこないことくらい鬼たちにも分かっている。おれは踊りの礼として取られたのだろう。


 おれを手に取った鬼がじっとおれを見る。

 鬼の黄色い目がらんらんと光っている。大きな口の隙間から、ぎらりと牙が覗く。


 まて、まてまておれは爺さんのしわしわフェイスについていたこぶだぞ!たしかに我ながら立派だが、美味しくはないはずだ!食用じゃないからな!おれはウィルス性だから、お腹を壊すかもしれないし!……あ、そういや鬼の腹は鉄製と言われるほど頑丈だった。

 うぅ、くそう。このまま鬼の腹に収まって、あとのことは鬼の頰に現れるだろう子こぶに託すしかないのか。いずれ世代交代せねはとは思っていたが、まさかこんなに早いとは。


 いつの間にか眼前にはあんぐりと開いた鬼の口が迫っていた。


 ……さらば、愛しい世界。子こぶ、無事にうまれてくるんだぞ。


 おれが諦めのひと震えをしたとき。


「おぅい。あの爺さん、変なのに絡まれているぞ」


 一人の鬼が小さな池の水面を覗き込んで皆を呼んだ。

 おれを持っていた鬼も、口を閉じてそちらに向かう。


 そこには爺さんの住む村が映っていた。

 おれが無くなって喜ぶ爺さんと婆さんに、ズキリと心が痛む。


 二人の様子を見た隣の婆さんが、二人に話を聞いている。

 すると隣の婆さんは慌てて家に帰って行った。


 確か、隣の家の爺さん婆さんは、よく元宿主夫婦に意地悪をしていたように思う。普段散々嫌なことをしておいて、こんな時だけ良くすり寄れるものだ。

 素直に教えてしまう爺さん婆さんもお人好し過ぎるとは思うが。


「なんだか程よく下卑た魂だな。む、この爺さんもこぶがある。そうか、同じく取ってもらおうというのだな」

「図々しいやつだ。下心で我らの宴席に混ざられては興醒めだ。踊るなら楽しまねばならん」


 輪になってそう話し合った鬼たちは、わざと前回と同じように騒ぐふりを始めた。


 そこに、案の定。話を聞いた隣の爺さんがひいひい言いながらやってきた。相変わらず、底意地の悪そうな目つきをしている。

 爺さんはこぶを恥じて、いつも手ぬぐいで頰被りをしていた。しかし、今日ばかりはそれを外しているようだ。


 だんだん近づいてくるその姿に、おれは驚いた。

 思わずぶるんと震える。


 なんとその頰に付いていたのは、おれの生き別れた弟だったのだ!

 うまれて空気中に飛散して以来会えていなかったが、こんなにも近くにいたなんて、気づかなかった。


『兄ちゃん!』

 弟こぶが嬉しそうにぶるりと震える。

『弟よ、そんなところにいたのか!』

『うん、このお爺さんがいつもぼくを隠していたから、兄ちゃんに気づいてもらえなかったんだ』

『そうだったのか、気づかなくてすまん』

『ううん!会えて嬉しいよ!』


 おれたちはぶるぶる震えて再会を喜び合った。じんわりこぶが湿る。くっ、おれとしたことが、涙が滲むぜ。


 意地悪爺さんはそんなこととはつゆ知らず、鬼の群れに怯えて青ざめる。


「これもこの忌々しいこぶを取るため……いざ!」


 爺さんは覚束ない足取りのまま、ふらふらと鬼の輪の中に入る。

 ところが、息も整わないまま入ったせいで、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

 しまいには鬼の足を踏んだりリズムに乗れずぶつかったりしてしまう。


 ……まぁ、普通の爺さんならこうなるわな。


 そして、運命の瞬間がやってきた。


「ええい下手くそめ、こぶは返してやるから二度と来るな!」


 鬼は少し大げさな演技で、おれを爺さんの頰に叩きつけた。


「ひええええ!」


『兄ちゃん!』

『弟よ!』


 おれたちは爺さんの顔の前で、勢いよくぶつかり合った。ぶるんぶるん。おれたちには手がないので、これは抱擁のかわりである。


 おれはずっとひとりだった。うまれてからずっと、何を思っても人間たちには心が通じなかった。

 

 けれどこれからは違う。弟とともに同じ宿主のもと、楽しく暮らせるんだ!

 それに、前の宿主であるのんきな爺さんはお隣に住んでいる。いつでも顔が見られる。


 鬼よ、ありがとうありがとう。おれは感動のままぶるぶる震える。


 ……ん?なんだかしくしくうるさいな。

 おれの表面が、しっとり冷たくなっている。


 おお爺さん、泣いているのか。あんたもおれたちの再会に感動してくれているんだな。

 意地が悪いと思っていたが、なかなか良い奴じゃないか。

 




 そうしておれたちは、家族で楽しく、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。




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