第4話・戦後処理
レンス達、黒龍旅団がウェスタンドの街を占領してから、5日後ウェスタンド周辺の都市や街は全て、魔王軍第3軍団の支配下に収まった。
現在魔王軍は人間領に対して、北部と西部からの二正面作戦を開始した。
大陸地図で見ると、鶴翼の陣に見える事だろう。
魔王軍は、魔王を絶対の王として上に敷き、ある程度一かたまりとなって行動して居るのに対して、人間領は様々な国と種族間の対立で、思うように動けて居ない。
現に我々魔王軍第3軍団が、ミナフルレア王国に攻撃を仕掛けたに、周辺諸国からの援軍はごく僅かであった。
人間軍の首脳部は、複数の国の合議制で動いている。
そこで足並みが揃わず、上手く増援の派遣が出来て居ない。
魔王軍は北部から大軍勢で攻め立てたので、人間側は大多数の軍を北部に集中させ過ぎて、他の防備が疎かになったのだ。
それと言うのも、魔族領と人間領で何の障害物も平原で繋がっているのは、北部地域だけで、西部はあの広大な樹海が広がり、南部は海で隔たれている。
なので油断をしてしまったのだ。
魔王軍の諜報部隊によると、現在大急ぎでミナフルレア王国に対しての、派兵準備が進んでいるそうだ。
だが、そう上手くは行かせない。
此方に寝返ったいくつかの貴族などに、妨害をさせたり、各地で魔物の暴走を引き起こしたりして、妨害工作を行なって居る。
今しばらくはミナフルレア王国に、大規模な増援は無いだろう。と魔王軍は判断しており、引き続き第3軍団だけで西部の攻略を進めよ。との魔王様からの御達しだ。
まあ、念の為に予備軍は用意されて居るそうだが、北部の戦況が思わしくないそうだ。
そう言うのも、北部の軍団の殆どは、粗暴な種族が占めているので、せっかく奪った都市や街の、統治方法に難があったりと問題点だらけだそうだ。
そして、現在は南部の海からの攻勢に向けて、大量の船が造船中だそうだ。
なので、船の材料の木を定期的に後方に送るように。と指示も来ている。
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レンスはこの街を統治して居た、領主の館を黒龍旅団の人間領の本拠地として、使用している。
その執務室で、マーリンを筆頭とする文官達と、書類と格闘して居た。
サインしても、一向に減る様子も無く、寧ろ増えて行くように感じる。
それも間違って居ないだろう。
処理を終わらしたかと思えば、また新たな書類が次々と運び込まれて来るのだから。
今までは、書類仕事と言えば、黒龍旅団の経費などで、このように奪った街を統治するのは、今回が初めてである。
一応魔王様から、数々の功績により子爵に叙され、領地を貰い。領地経営のノウハウを付けられた部下達から教わったが、まさか奪った街の統治が、これほど大変だとは思わなかった。
特に問題なのが、部下と人間たち(エルフ・ドワーフも含む)との軋轢だ。
一応彼らと接するのは、人間に近しい見た目である、ダークエルフやダークドワーフだ。
彼らはもともと同じ人間種とされて来たが、その昔袂を分かってからは、魔族とされて争う関係になった。
その詳しい経緯などは、あまり詳しくは知らないが、多分人間側が悪いのだろう。と言う事は態度から見てわかる。
どうしようかと迷う。
更に厄介なのが、教会関係者やその信者達だ。
彼らは我々を悪として、言うことを聞かず徹底抗戦を街の人々に言っている。
いくらやめさせても、懲りずに違う場所で人々にそう訴えかけているのだ。
我々魔王軍は、多神教なので別に布教を止めろ。などは言わないが、あからさまに此方を敵視した、声明などはやめて欲しいものだ。
それでも、まだ暴動などが起きない理由は、此方側の軍の規律が、ちゃんと行き届いている事。
ミナフルレア王国軍が、彼らを見捨てて逃げ出して言った事。
更にこの街の教会の最高責任者であった、司教が我々が攻め寄せたと同時に逃亡した事。そして、この街の領主一族は我々が現れると、すぐに家財道具や金を持って逃亡した。など色々と理由がある。
教会はそれを何とか、此方への敵意を煽り、教会への不満を逸らそうとしている。
今のところ、街民への制限は、街の外へと無断で出て行く事だけだ。
商人はそれで、不満たらたらだったが、占領下に置いた街同士での、交易許可を出し、更に魔族領からも商人を呼び寄せて、魔族領でしか取れない商品がある事もあり、手のひらを返した様に、此方に従順になった。
数日後
徐々に街民も、此方になびき始め、教会も此方側そちらの神を認めた事もあり、表面上は騒ぎは収まった。
もちろん間者などは、排除しているが、一向に減る気配を見せない。
どうしようかと悩んでいると扉がノックされて、アーリンが入って来た。
「失礼します」
「ん?アーリンか。また何か問題でも起きたか?」
「いえ、違います。師団長閣下より早馬が届きまして、何でも軍団長閣下が、全師団長を招集して、今後の第3軍団の動きについて会議をするそうです」
「俺は旅団長だが、もしかして我らが師団長は……」
「はい。その通りです。護衛としてレンス様に付き従う様に。とのご命令です」
「はぁ。本当にあの人は……此方の迷惑も鑑みないのだから。すまないが後の事は任せる」
「畏まりました。供回りは連れて行きますか?」
「ガッドはこの街に必要だしな。よしグリットと竜馬騎兵10名を連れて行く」
「わかりました。そのように手配致します」
「ああ、それで頼む」
レンスは執務室を後にして、自分が使っている部屋に行く。
そこは元領主の主寝室である。
装備を整えて、中庭に行くと、既にグリットとその部下10名が居た。
「おっ!レンス。こっちの準備は出来てるぜ!」
そう大声でグリットが声を上げると、その頭を近くにいたアーリンが叩く。
「イッテェな!アーリン何すんだよ!」
「グリット。貴方またレンス様を呼び捨てにして。部下の人達もいるのよ?」
「大丈夫だ。こいつらは信頼出来る俺の部下だぞ?」
「そう言う問題じゃないのよ!この馬鹿!」とまたもグリットの頭を叩く。
今度はゴン!と鈍い音がした。
「あ、頭が割れるだろうが!」と涙目になって、グリットがアーリンに抗議する。
「五月蝿いわね!黙りなさい!」
普段は知的で、物静かなアーリンとグリットの前では途端に騒がしくなる。
もしかして、二人の相性は抜群に良いのでは?と周りの皆が思い始めて居た。
「アーリン。そのくらいでやめてあげてくれ。そのうちグリットの頭が凹みそうだ」と苦笑しながら話しかける。
「……コホン。すいませんレンス様。少し取り乱して居りました」と咳払いして、平静を保つ。
それを見たグリットがボソっと「な〜に今更クールぶってんだ?気色悪」と言うと、グリットの顔面に見事なアッパーを食らわす。
グリットは3メートル程飛び、頭から地面に突き刺さる。
アーリンはこんなにも強かったか?文官よりの筈だが?とそこらの戦士よりも、見事な体捌きにレンスは感心して居た。
周りの微妙な空気を感じ取ったのだろう。アーリンは少し頰を赤くして、咳払いをして誤魔化す。
「さて。あの馬鹿は放って置いて、あなた方の任務は、レンス様の安全を確保する事です。あの馬鹿の事は盾にしても構いませんから、レンス様の安全を第一に考えて行動して下さい」
この辺一帯は、既に魔王軍の支配領域だが、それでも反抗勢力は存在する。
なので、油断は禁物だ。
10名のリザードマンは、了承の返事をする。
いつの間にか復活した、グリットは部下達と最終確認をして居た。
「では、アーリン。ガッド達に宜しく頼む」
「はい。委細承知しました。ご心配には及びません。完璧に職務を全うしてご覧に入れます」
「うむ。では出発!」
レンスの号令の下。第1師団長がいる都市に向かって12騎は出発した。