病院にて 〜莱霧という人物〜
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橘先生と屋上で会話した日からしばらくが経ち、僕は病院へと足を運んでいた。その日は珍しく、昼一番の診察予定だった為、いつもより少しだけ早めに病院に着いていた。
僕は少し空いてしまった時間を潰す為、普段はあまり利用しない病院のラウンジで時間を潰していた。 そんなほんの少し、普段とは違う行動が僕の人生を大きく変える事になるとは、その時の僕は思いもしなかった。
「やっぱり少し時間が空いちゃったか……昼一番だとどうしてもバス時間の関係上、面倒なんだよなーはぁ……うん? あれは?」
溜息を吐きながらラウンジで本を読んでいると、遠くに橘先生と不知火先生の姿が見えた。
「うん? 初めて見るな。橘先生がこの病院にいて、しかも不知火先生と一緒にいるなんて……」
この病院には何度も診察の為に通っていたが、ここで橘先生の姿を見掛けたのは今日が初めてだった。
「うん。何か気になるし、後をつけて驚かせてやろう」
僕は少しニヤニヤした表情を浮かべながら、二人の後をこっそりとつけていった。
しばらく後をつけていると、二人は僕がいつも診察を受けている診察室へと入っていった。
僕は二人に気付かれないように、物陰に身を潜めた。
「藍はまだ莱霧の事を、自分のせいだと思っているのか?」
らいむって誰だろう? 僕はそう思いながら好奇心から更に会話を聞く事に集中した。
「……」
不知火先生の言葉に対し、何も言わず橘先生はただ俯いているだけだった。
「私も人の事は言えないが、莱霧の事を忘れろとまでは言わない。でもあれから十年以上も経ったんだ。いい加減自分を許してやっても良いんじゃないか?」
不知火先生が少し自嘲気味にそう言ったのは、自分に対してだけでは無く、橘先生に対してもだったのだろう。
「たとえ全ての人が莱霧の事を忘れたとしても、私だけは絶対に忘れてはいけないんだ。絶対に……」
初めて見せた橘先生の真剣な表情に、僕は息を飲み込んでいた。
「まぁ、良い。私が言いたかったのは莱霧の事じゃないんだ。彼。創君の事だよ」
急に自分の名前が出て、驚いた拍子に音を立ててしまうところだった。
「……小鳥遊君がどうかしたのか?」
橘先生は少し間を空けて言葉を口にした時には、普段の表情に戻っていた。
「創君の事。好きなんだろう?」
不知火先生は確信めいたように橘先生にそう言った。
「さぁ、な。まぁ莱霧に似ているからな、どうしても放っておけないだけだ……」
僕はその言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「そうやって自分に嘘をついて、莱霧に対する罪滅ぼしのつもりか? そんな事あいつは絶対望んでないぞ、それにそれではあまりにも創君が可哀そうだ。少なからず彼も藍に好意を持っているんだろうから……」
そんな言葉が聞こえたような気がしたが、僕はそれどころではなかった。つい動揺してしまい音を立ててしまった。
「あっ、すっすみません。盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど……あ、あれっ可笑しいな、何で僕泣いているんだろう……ごめんなさい、少し気分が悪いようなので今日の診察はキャンセルでお願いします。では、また……」
僕はいても立ってもいられなくなり、その場から急いで立ち去った。帰路に着いている途中、何故か僕の事を驚いた表情で見ていた橘先生の表情と言葉が、頭から離れる事は無かった。それと何故だか涙が止まらなかった。




