廊下から屋上にて 〜心地の良い場所〜
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ハウとの会話から数日経ったある日、僕は担任から頼み事をされて珍しく職員室に向かっていた。
「さて……日直だからってまだ手が治ってない僕に頼むかなぁー全く」
僕は片手に教材を抱え、ぶつぶつと文句を言いながら歩いていた。すると校長室の方から声が聞こえて来た。
「一部の生徒だけを特別扱いするのは流石に貴方でも見逃せません。以後気をつけるように!!」
顔は全く思い出せないが、確かこの声は教頭先生の声だった気がする。
「分かってますよ教頭。こんな私を置いてくれてる事に感謝しているんで、気をつけますよ」
続けて最近よく聞く声が聞こえて来た。
「あーなんか聞いてはいけない事を聞いてしまった感が否めない……まぁ、僕としてはあまり気にしないんだけど、流石に橘先生に悪いよな……」
僕は聞こえてしまった会話を耳でリピートしながら教室へと向かった。
「うー、さてどうしたものか……」
教室に戻っても僕は先程の会話が耳から離れず机の上で唸っていた。
「あーもう授業どころじゃないや。サボっちゃおう」
僕はそう言って立ち上がると、近くにいたクラスメイトに保健室に言ってくると告げ、僕は屋上へと向かった。
「うーうー。どうしたものか、どうしたものか……」
屋上に向かっている間も僕は先程の会話が耳から離れず、唸りながら歩いていた。幸い授業直前だった事もあり、周りに人はいなく奇異な目で見られることはなかった。そんなこんなしているうちにいつの間にか屋上へと辿り着いていた。
「あっ、扉開けられない……うー困った」
僕は屋上に辿り着いて直ぐに扉の前で立ち尽くしていた。
「さて、困った、困った。あーそっかハウを呼べば良いのか……」
僕はそう言うと思い出したかの様にハウへと電話を掛けた。
「あれっ出ない……あー授業始まったのか。ちっ、使えない奴だ」
僕は誰に言うわけでもなく、そう呟くと電話からメールに切り替えて、今すぐ屋上に来るようにハウに伝えた。
しばらくすると周りをかなり気にしながら階段を上ってくるハウの姿が見えた。
「……はぁ。なぁ創。お前って授業サボって屋上に行くような奴だっけか?」
ハウは来て早々呆れた様に僕にそう言って来た
「うん? 言われて見ればそうだね。まぁ、今日は勘弁してよ」
僕は何も考えずに屋上へと足を運んだが、今まで授業をサボったことなんてなかった事を思い出した
「……何かあったのか? 珍しく暗い表情をしているようだけど?」
ハウは文句の一つも言わずに、終いには僕の表情を見て心配までしてくれた。
「実は……いやその前に扉開けてくれない?」
直ぐにでも話そうかと思ったけど、取り敢えずここで話すのは得策ではないと思い、扉を開けてもらった。
屋上に入ると煙草の匂いと共に見慣れた白衣が風に靡かれていた。
「橘先生……」
僕がそう呟くとハウは気を使ったのか
「俺は授業に戻るぞ。本人同士で話した方がすっきりするだろう?」
ハウはまるで全て理解しているかのように、そう言って屋上から去って行った。
「ありがとう、ハウ……」
本当に良い親友を持ったなと心から思ったけど、あえて感謝の言葉だけ一言口にした。
「すーっ。橘先生こんな所で煙草吸ってちゃダメじゃないですか〜?」
僕は息を思いっきり吸い込んだ後、もやもやした考えを吹き飛ばす為に、あえていつも以上に戯けながらそう言った。
「小鳥遊君か……まぁいい、ところで一応、今は授業中だった気がするが?」
腕時計を見ながら、そう言った橘先生は少し暗い表情をしていた。
「そうでしたっけ? まぁ、冗談です。実はサボってしまいました」
僕はもう一度戯けながらそう言った。
「小鳥遊君……キミはもう少し真面目な生徒だと思っていたのだが、意外だな」
橘先生は少し驚いたような表情をしている。
「そう、だったんですけどね。実際今までサボった事なんか無かったですし、これが初めてです」
生まれて初めて授業をサボった事と、先程の会話を聞いてしまった罪悪感からか、僕は無意識に視線を外していた。
「ほぉ……なるほどな。さっきの教頭との会話聞いていたのか……」
橘先生は僕の様子から気付いたようで、少し遠慮気味にそう言ってきた。
「ははっ、流石。橘先生ですね……直ぐに気付いてしまうんですから」
僕は多少驚きながらも、少し自嘲気味そう言った。
「だってキミは、キミ自身の為に、そんな表情をするような奴じゃないだろう?」
橘先生は確信めいたような表情で、僕にそう言った。
「何でもお見通しなんですね、橘先生は……」
久しぶりに橘先生に『キミ』と呼ばれたが、今は何故だかそんなに悪い気がしなかった。
「まぁ、これでも医者だからね。それにキミよりも長く生きている」
橘先生は何処か遠い場所を見ながらそう言った。
「今回ばかりは、年齢というものが大事か分かった気がします。無論、生きてきた人生にもよるんだろうけど……」
僕も橘先生と同じように、遠い場所を見ながらそう言葉を返した。
「ようやく分かったか、小鳥遊君。私はキミよりも年上なんだ。だからもっと敬うべきだ」
珍しく少し戯けるように言う橘先生。橘先生なりに気を使ってくれたのだろう。
「ん、それとこれとは話が別です。って言ってもまぁ、良いんですけど……どうせこの手が治るまでの関係ですし。生徒や先生の間の噂も直ぐに消えて無くなりますよ」
そう言いながら、僕は少し暗い表情をした。
「そう、だったな……私の為にもさっさと治してくれ」
橘先生もそんな事を言いながら、僕と同じ様な表情をしている。
僕達はそれから授業が終わるまでの間、一言も言葉を口にする事は無かった。
普通なら息が詰まるのかも知れないが、僕にとっては凄く心地が良かった……




