橘先生の家にて 〜逆押掛女房〜
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「よく来たな。歓迎はしないが……ところでその荷物は何だ? これから旅行にでも行くのか?」
家の中に入ると橘先生は僕が引きずっていたキャリーケースを見ながらそう訊いて来た。
「あーこれですか? 食材です。不知火先生に頼まれて……まぁこれから暫くお世話になるお礼に昼ご飯でもと思いまして」
僕はあの面倒臭がりの橘先生が出迎えてくれた事に驚きながらも、訊かれた事を素直に答えた。
「……響華の奴、私の事を話し過ぎているようだな。次に会った時、許さないぞ……」
橘先生は暫く沈黙した後、どんどん表情が険しくなっていった。
「まぁまぁ……で食材を買いに昨日スーパーに行ったら特売をやっていたんですよ。それで沢山買い過ぎてしまって……この有様って訳です……」
橘先生の怒りを沈めながら昨日起きた出来事を話した。
「まさか、そのキャリーケース一杯に入っていたりはしないよな?」
僕の話を聞きながら橘先生は恐る恐る僕に訊いて来た。
「えぇ勿論ですけど? 何か問題でも?」
僕は不思議そうな顔をしてそう言った。
「小鳥遊君……キミは私が料理出来ない事を知っていて食材を沢山持って来たのか?」
橘先生はまたイライラしているようで見る見る表情を険しくしていった。
「あっ……すっかり忘れていました。そっか、そうでした。うーん困りました。僕が一人で食べ切れる量じゃないしな……」
僕はそこで初めて気が付いた。僕自身思っていたよりも浮かれていたのかも知れない。普段ならこんなミスをする事は無いのに……
「小鳥遊君……キミは天然なのか? それともただの馬鹿なのか?」
僕の表情を見て橘先生は心底呆れ果てているようだった。
「それは聞き捨てならないですね。だって特売ですよ、特売……安いんですよ? 買わなきゃ損じゃ無いですか?」
馬鹿にされた事に対しちょっとムカついて、まくしたてるように僕はそう言った。
「まぁ……落ち着け。小鳥遊君」
橘先生は呆れながらも、僕の肩を叩きながらそう言って来た。
「ふぅ……そうでした。しょうがない、勿体無いのでこれから暫くの間、橘先生の夜ご飯を作りに来ます。不本意ではありますが……僕が招いた事です」
僕は暫く悩んだ結果、仕方がないので暫くの間、この家に通うことに決めた。
「キミは私がそんな事を許すと思っているのか? ただでさえ休日こうして家に訪ねられているのも勘弁してもらいたいのに……」
僕がさも当たり前のように、夜ご飯を作りに来ると言ったので一瞬、頷きそうになりながらも、思いとどまったようで橘先生はそう言って来た。
「えっ? じゃあどうするんですか? この食材、可哀想じゃないですか」
僕がせっかく面倒だと思いながらも、夜ご飯をわざわざ作りに来ようと決めたのに断られて驚いた。
「……はぁ、分かった。仕方無い、この食材が無くなるまでは許そう。その間は面倒だが帰り車で送ってやることにしてやる……」
橘先生は溜息を吐きながらも、僕の言う事に賛成してくれた上、帰り車で送ってくれるとまで言ってくれた。
「よしっ、ラッキー。帰りに楽出来るなんて最高じゃないですかー」
言ってから少し後悔しているのか、橘先生の表情はあまり浮かない表情をしている。
「……何だか乗せられた気がするが、まぁ良い。ただ何時で終わるかはその日によってバラバラだからな……」
橘先生はやっぱり後悔しているようで、浮かない表情をしたまま僕にそう言って来た。でもほんの少しだけ口元が緩んでいる事を僕は見逃さなかった。
「分かってまーす」
僕も同じように口元が緩んでいたようで、いつもよりもテンション高めにそう言っていた。
「本当に分かっているのか? まぁ良い。先にとっとと本来の用事を済ませてしまおう」
橘先生はそう言うと奥のリビングまで僕を案内してくれた。その頃には既にいつものやる気の無さそうな表情に戻っていた。




