甘藍
ある新緑の午後、四階テラスでカイトが手すりに寄りかかりながら嘆いていた。何だかよく分からないが、騎士仲間に恋人ができたとかで、動揺しているようだった。
友だちがいないことの利点には、こういうときに焦らなくていいということがあると思った。僕は僕の腹心の騎士ということになっているこの男のことを、ほとんど鬱陶しいと思っていたが、こういうときはなおさらだった。
「まあ、そんなにがっくり来るほどのことじゃないと思うよ」
僕は別にカイトのことなんて全然興味がなかったが、落ち込んでいるようなので一応声をかけた。
するとカイトは手すりに両肘をかけたまま、顔だけ僕に向けた。
「アレックス様はまだ十四だからそういうことがおっしゃれるんですよ。でも俺はもうじき成人するんですよ」
「馬鹿馬鹿しい。女なんか、僕は要らないよ。あいつら煩いんだ。すぐ泣くしさ。
タティだってそうさ。僕の話を楽しそうに聞いていたと思ったから、手に青虫を乗せてあげたんだ、キャベツの葉にいたやつを。そしたら本気でひっくり返っちゃったんだよ。だったら虫が好きみたいな顔してなきゃいいのに。
挙句に今日はずっとアレックス様なんか嫌いなんて言って泣いてるしさ。謝っても泣きやまないし。タティは泣き虫だ。女なんて、話が通じないんだ」
「青虫……、なんてことを。アレックス様は意外と苛めっ子なんですね」
「違うよ」
「そうですか。ああ、毛虫は駄目ですよ。腫れるから」
カイトは手すりに頬杖をついて、ちょっと苦笑いをしているようだった。
「知ってるよ。でも大丈夫なのもいるよ」
「アレックス様は、虫がお好きなんですね」
「うん」
「じゃあそれは嫌がらせではなく、アレックス様としては、好きなものをあげたってわけですか。タティと虫の楽しさを共有したかった?」
「うん、そうなんだ」
ふとカイトは、僕ににやりとした。
「ま、と言って、女の手に虫を乗せるような暴挙をなさってるうちは、貴方も当分女にゃ縁はないでしょうけどね」
「蛙を乗せたときは、ぎゃーって言ってた」
僕は言った。
するとカイトは再び不審そうに眉間を寄せた。
「アレックス様、貴方やっぱり結構その……。貴方、実はタティがお好きなんじゃないんですか? 彼女の気を惹きたいんですか?
もしそうなら、あんまり無茶はやらないほうがいいですよ。北風と太陽の話、知ってますか?」
「蛙をあげたのはジェシカだよ。庭園の紫陽花のところにいたアマガエルをね」
「ああ…、そうですか。そりゃまた。
ところでアレックス様の極めて限定的な交友関係からすると、やっぱり閣下にも虫か何かあげたりしたんですか?」
「カイトに黄金虫をあげたとき、別に反応なかったから、男はつまんないと思ったんだ」
「ん、とするとやっぱり貴方、ちょっとは相手のリアクションを期待してるんですか」
「でも一応兄さんの執務机に置いてあげたんだ」
「何をですか?」
「ダンゴ虫」
「閣下はどうしました?」
「踏み潰した。それから怒られた」
「ああ、やっぱりね」