1話 ロキ
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何も無い真っ白な世界に、ぼーっとイオリはたたずんでいた。
いつからそこに居たのかは分からないが、そこにはずっといたような気がする。
「お、気がついたか? 」
「……? 」
声のした方に振り返ると、ヴィジュアル系バンドに居そうな男がイオリを見ていた。
「ここは……? 」
まだぼんやりとする意識の中で、その男に尋ねる。
「ここは、そうだなぁ……あの世に近いところだな」
「あの世……」
そこで急に記憶がフラッシュバックする。
見下す妻の顔、突き刺さる言葉、溢れ出る絶望の感情。
「死んだのか……」
「そうそう! 冷静だなジイさん」
「お前は誰だ……? 」
イオリは焦点の定まらない眼でその男を見つめる。
「ロキだ」
「ロキ……? 芸名か何かか? 」
「芸名? いやいや本名だ! 」
だがイオリはなにか引っかかるものを感じて思い出そうとする。
(ビジュアル系バンドみたいな服装……ロキ……)
「もしかして、音楽関係の仕事をしていないか? 」
「ああ、しているな。それはお前達の世界に溶け込む為に仕方なくやっているんだ」
イオリの問にロキはそう答えた。
ラグナロクとは、リーダーロキを筆頭にトール、オーディン、フレイ、フレイアの5人で結成されている音楽ユニットだ。
色々と突っ込みたい所だが、今はそれよりも、何でここにそんな人物がいるのかが気になった。
ロキは……確か北欧神話の神様だ。
そうか、死んだ自分を迎えに来たのか……とイオリはため息とともにその男を見る。
「ロキって、北欧神話の神様だよな? 」
「そうだな。俺がその本人だ」
「嘘だろ? 」
「本当だ。ラグナロクの他のメンバーだって神様だぜ? 」
「嘘だろ……! 」
まさかの全員実は神様でした、なんてそんな馬鹿な、とイオリは心の中で呟いた。
「なんで神様がバンドなんかやってるんだ? 」
「信仰心を効率良く集めるためだ」
「信仰心? 」
「まぁいろいろと神ってのも面倒でな……。神がそのまま存在するには、人間の信仰心を集めなきゃいけないんだ。そしてそこに生まれる力で神は生きていく」
「……? 」
ロキの説明にイオリは全然理解出来ず、首を傾げる。
「話が逸れたな。……実は一つ、頼みがある」
「頼み? この俺にか……? 」
ロキがニヤニヤと笑いながらイオリを見つめる。
「そうだ……もう1度、新しい人生を歩んでみたくはないか? 」
「新しい人生……? 」
「そうだ」
ロキはイオリに頷き返すと、イオリにゆっくりと近寄ってくる。
「ジイさん、ゲームが好きだろ? 」
「そういう会社を建ててるぐらいだしな」
ロキの言葉に、イオリが頷く。
「そんなジイさんに頼みがある」
「なんだ? 」
「これから、ある世界に転生してもらう……拒否権はないぞ」
「て、転生? 」
聞き慣れない言葉に思わず反応してしまう。
「ああ、転生だ」
「ど、どういう事だ? 」
「まぁ落ち着け。ジイさんにとっては最高の世界になるかもしれんしな……で、だ」
そこでようやくイオリの前に立ち止まる。
「ジイさんさんにはその世界を平和にしてもらいたい」
「世界を……平和に? 」
いきなり世界を平和にしてくれとは、どういう事なのかと思い、イオリは首を傾げる。
「その世界にはだな、魔族や獣人族、竜人族や人間族など、いろんな種族が存在する」
「……」
「だが、種族間のイザコザで争いが絶えず、神ですら大量の死者の魂を導くのに大変でな……。死者の国の神なんかやつれてきているくらいだ」
「……」
「そこで、だ。白樺伊織、……ジイさんに白羽の矢が立ったという事だ」
「は、はぁ」
イマイチ状況が飲み込めていない様子のイオリだが、ロキはそれでも構わずに話を進める。
「新しい人生をやり直してみたいとは思わないのか? 」
「新しい人生……」
ロキの言葉にあまり気が進まないという様な返事をするイオリ。
そんなイオリの様子を見て、ロキが不敵に笑う。
「なんでジイさんに白羽の矢が刺さったのか分かるか? 」
「いや、さっぱりだな」
「その世界がな……ジイさんの作ったあるゲームの世界にそっくりなんだ」
「俺の作ったゲーム……? 」
「そうだ」
話に興味が出た様子のイオリを見て、ロキが頷く。
「ヒントをくれてやろう。特に思い入れの強い作品はなんだ? 」
「ワールドサーガだな」
ロキの問いにイオリは即答する。
【ワールドサーガ】とは、イオリが手掛けたゲームの中で特に思い入れの強い作品である。
人気もそれなりにあり、シリーズも3作品出ている。
「その世界で過ごしてみたいとは思った事はないか? 」
「ある! 何度もあるぞ! 」
ロキの言葉に、イオリは思わず反射的に反応してしまった。
だがしかし、ハッと我に返ってロキを見つめる。
「ま、まさか……」
「そうだ、そのまさかだ。これからジイさんにはその世界に転生してもらう」
「なんだって……!? 」
イオリの瞳がキラキラと輝く。
そんなイオリを見て、ロキは笑いながら尋ねる。
「人生をやり直してみないか? 」
「是非とも、やり直したい」
ロキの問いかけに、頷く。
「その言葉は本当だな? 」
ロキのイオリの覚悟を確かめる言葉に、自分の人生を振り返る。
自分の人生で後悔してきたこと、やり残したことを思い出し、そして何かを決意したようにロキを見つめる。
「本当だ」
「……それでは、ジイさんに神々からの祝福を捧げよう」
ロキはしっかりとイオリの目を見つめ返しながら手を差し出す。
イオリはその差し出された手を握る。
すると、スッと体が軽くなったような感覚になる。
「今度は後悔するなよ」
「ああ」
ロキの言葉に、しっかりと頷くイオリ。
「……では、頼んだぞ」
ロキのその言葉と共に、真っ白な世界にヒビが入り、ガラスが割れるような音を立てて崩れ去っていった……。