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第二話『どうか心の片隅に』プロローグ

千夜は塾の帰りに殺人現場を目撃するが…。

『どうか心の片隅に』


プロローグ

 海戸千夜は授業で使ったテキストをプリントや文庫本が乱雑に詰め込まれた鞄に仕舞った。

 この創知学院は大手学習塾で、どの科目も三クラスに分かれている。入塾テストの成績でクラスが決まるのだが、千夜はどの科目もトップクラス。講師からも期待されている生徒だ。

 海戸千夜は恵まれている。

 皆が彼女の才能や容姿についてそう思っていた。

「あ、海戸さん」

 教室を出ようとした彼女に、別の高校の男子生徒が声をかけた。

「ん? ああ、内田君」

 内田拓海は英語と国語が同じクラスの、ここでは友人と呼べる相手だった。

 背が低く大人しそうな顔立ちに丸い眼鏡。チェック柄のブレザー姿の彼は、鞄からハードカバーの分厚い洋書を取り出す。

「この本、貸してくれてありがとう」

 それはアメリカで流行っているミステリー小説だが、まだ和訳はされていない。そのためミステリー好きの千夜がネットで取り寄せたものだ。

「ああ、どうだった?」

 千夜は微笑み、問いかける。

「凄く面白かったよ。あの、もし良かったら一緒に帰らない?」

「そうだね、同じ方向だっけ」

「うん、海戸さんより遠いけど」

「じゃあ、そこまで一緒に」

 二人が創知学院のある十階建てのビルを出ると、丁度目の前のバス停にバスが到着するところだった。

 時間はもう十時に近く、乗客は数人しかいない。

 二人がけの席を見付けると、後に降りる内田が窓側の席に座った。

「いやあ、まさか犯人があの人とは思わなかったよ」

 内田はまだ驚きが冷めないといったように胸を撫で下ろす。

「確かに意外な犯人だったよね。でも読み返すと伏線が張ってあってさ。例えばあのシーンで……」

 二人が話している中、バスは海辺にあるこの街を駆け抜けていく。

 住宅街に灯る明りはそれらの家に家庭があることを思わせた。

 家はただの箱ではない。人が住んでおり、それぞれの家庭が築かれている。

「僕には、人を殺す人間の気持ちは分からないや」

 内田は頭を掻き、小さく笑った。

「海戸さんは、人を殺す人間の気持ちを知りたいからミステリーを読むんだって言ってたよね」

「ああ、そういえばそんなことも話したっけ」

「うん、でも難しいね。どんなに相手を憎んでも、やっぱり怖くて殺せないと思う」

「そっか、内田君は優しいね」

 千夜は微笑み、アナウンスが「次は晴常高校前」と告げているのに気付き、降車ボタンを押した。

「私は次で降りるね。内田君も面白いミステリー見付けたら教えてよ」

 バスがスピードを緩め始めると、千夜は立ち上がる。

「うん!」

「じゃあね」

 手を振り、バスを降りた千夜は息をついた。

「人を殺す人間の気持ちは分からない、か」

 そう呟き、夜道を歩き出す。

 千夜が住んでいるマンションはここから十分ほどの所にある。

 晴常高校の前を通り過ぎると、街路樹の向こうに公園がある程度。車道を走る車も少ない。

 女子高生が一人で歩くには危ない道と言えるだろう。

 だが、千夜は特に恐怖を抱くこともない。

 なにせ週に三回、同じ時間にこの道を通っているのだ。

 しかしその日はいつもと違った。絹を引き裂くような音がしたのだ。

「何だろ」

 公園の方から聞こえたそれが気になった千夜は立ち止まり、そちらに目をやった。

 暗くてよく分からないが、街路樹の隙間から見える広場には男が立っているように見える。

 その時、車のライトで広場が照らし出された。

「っ!」

 白いジャケットを着た茶髪の男。その足元に制服姿の少女が倒れている。

 その喉からは、血が溢れていた。

 男が、しっかりとこちらを見る。

 暗く深い、殺意を孕んだ瞳と目が合った。

 千夜はすぐに駆け出した。

 鞄を抱きしめ、必死で走る。自分が住むマンションを目指した。

 二十階建ての高級マンション、そこに辿り着くとエントランスで自らの部屋番号を入力し、中に駆け込む。

 エレベーターはすぐに下りてきた。乗り込み、十二階のボタンを押す。

 ――もし、もしも。

 エレベーターの扉が開いた時、殺人鬼が立っていたら……。

 首を振り、そんなホラーじみた妄想を打ち消す。

 扉が開く。――目の前には廊下が伸びているだけだ。

 1207号室の前で鍵を探す。財布に入れていたそれを震える手で取り、開錠した。

 ドアを開け、玄関の電気を点ける。

 殺人鬼がリビングで待ち構えていることもなく、ほっとした千夜はソファに体を沈めた。

「そうだ、警察」

 スマートフォンを手に取る千夜。

「いや……」

 だが、彼女はぽとりとそれをソファに落とした。

「それじゃあ、つまらない」

 あの男の目、あれは普通の人間のものとは違った。

 本物の、殺人鬼の目だった。

 ――見てみたい、あの男の末路を……。

 警察に捕まるのは、まだ早い。

 千夜は息をつき、両手で顔を覆った。

「私も……、したい」

 もう一度、今度ははっきりと繰り返す。

「私も、殺したい」

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