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第一話『空がとても青いから』第一章

明里が自殺した理由を知りたい風切は、千夜と秋葉の協力も得て彼のことを調べ始める。

第一章

 六時間目終了のチャイムが鳴る。

「今日はここまでだ。ここはテストに出るから覚えておくように」

 古典教師がそう言って教室を後にすると、生徒たちは一斉に騒ぎ出す。

 昼のホームルームで自殺した生徒についての話があったが、学年が違うせいもあり暗い雰囲気になるということはなかった。

 ただ、風切はその言葉を心に刻み付けていた。

 ――明里高斗ってやつだったんだな。

 その名を繰り返し、重い頭を机に乗せてぼんやりと外を見る。

「おーい」

 だが、後ろから秋葉に呼ばれ、「ん?」と体を起こした。

「お前、授業聞いてなかっただろ」

「いや、一応聞いてたけど」

「数学の教科書で古典の勉強?」

 振り返った千夜が、机の上に出しっ放しの教科書を人差し指で示し、ニヤニヤと笑う。

「やっべ、うっかりしてた。つか授業終わる前に言ってくれよ」

「どうせ古典の教科書使っても頭に入らなかっただろ?」

「いつ君が先生に怒られるか、わくわくしててさ」

「どっちもひでえ」

「これも愛?」

「歪んでるじゃねえか」

 千夜の冗談めかした口調に、風切は溜め息をついた。

 そんな中、茶色の髪をした目付きの悪い男子生徒が教室へと入ってくる。

「すいません、風切先輩はいますか?」

 彼は誰が相手というわけでもなくそう口にすると、教室内を見回した。

 風切が「俺か?」と立ち上がると、彼はすたすたと歩み寄り、真っ直ぐな瞳でその顔を見つめた。

「俺は平井康一郎といいます。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 風切は髪の色のせいなどで、二年まではよく上級生から呼び出されていた。しかし今、この後輩は一体何の用があるのだろうかと首を捻る。

「先輩が明里の自殺現場にいたって本当ですか?」

 『明里』、『自殺』というワードははっきりと響き、帰ろうとしていた生徒もこちらを向いた。

「おい、それは今ここで話さなきゃ駄目なことか?」

 秋葉のやや強い口調に、平井は一瞬だけ臆した様子を見せたがすぐに自分を取り戻す。

「確認するにはここへ来るしかないと思って。先輩がここで話したくないなら場所を移します」

「ま、場所は移したほうがいいだろうね。みんな好奇心旺盛だし」

 千夜はニヤリと笑い、

「屋上行けば? ゆっくり話せるよ」

 と、続けた。

 平井は千夜を睨み付け、一歩前に出る。

「待て、落ち着けって!」

 風切は千夜を庇うように腕を回した。

「今の、喧嘩売ってますよね」

 平井の視線にも千夜はどこ吹く風といった様子で涼しい顔をしている。

「先に喧嘩売ったのはどっちだよ」

 秋葉は落ち着いた声で平井を制した。

「目の前で人が死ぬのってどういうことだか分かってるか? ショックも受けるし、周りから注目もされる。ちょっと無神経じゃないか、お前の訊き方は」

 ピリピリとした空気を感じ、風切は「あー!」と声を上げた。

「いいっていいって! 俺そういうの気にしねえし。ま、さすがにここで話すのはあれだけどさ」

 風切の言葉に、平井ははっとした様子で「すみません」と頭を下げた。

「俺は、明里の親友なんです。好奇心で来たわけじゃありません」

「最初にそう言えよ」

 風切は笑って平井の肩を叩いた。

「場所、どこにする?」

「今なら食堂とかいいんじゃない?」

 千夜の提案に、平井は頷いた。

「じゃあ、食堂でお願いします」

「おう、行くか」

「大丈夫なのか?」

 秋葉はちらりと平井を見る。

「大丈夫大丈夫、俺強いし」

 確かに、今まで彼を呼び出した上級生たちは返り討ちにされていた。

「ほら、行くぜ、平井」

 風切は彼の腕を掴んで教室を出て行った。

 残された千夜と秋葉は顔を見合わせた。

「厄介事に巻き込まれるに千円」

「俺も」


 放課後の食堂は確かに生徒が少なかった。数人がパンを買いにくる程度だ。

 奥のテーブルに陣取った二人は、向かい合って座る。

「で、聞きたいことって何だ?」

 平井は先程のように真っ直ぐな視線を風切に向けた。

「明里は、本当に自殺したんですか?」

 風切は思い出したくない光景を脳裏に浮かべる。

「あれは……、自殺だろ」

 明里は誰かに突き落とされたわけではない。事故でもなかった。自分の意思で、飛び下りたのだ。

「そう、ですよね……。あいつは、死ぬ前に何か言ってませんでしたか?」

「んーと、ちょっと待てよ」

 風切は頬を掻き、記憶をたぐり寄せる。

 ――空がとても、青いから。

 その言葉を、思い出した。

「空がとても青いからって言ってたぜ」

「空がとても、青いから?」

「ああ」

「他には、何もありませんでしたか?」

 平井は身を乗り出すが、風切に言えるのはこれぐらいだ。

「それだけだったはずだ」

「そうですか……」

 平井は下を向き、「空がとても青いから」と呟いた。

 風切は居心地の悪さに視線を彷徨わせた。

「俺が話せることって、もうないぜ」

「あ、はい。ありがとうございました」

 平井は頭を下げる。そして立ち上がると、

「失礼なことも言いました。すみません」

 と、言い切り食堂を後にした。

 風切はそれを見送ると溜め息をついた。

「やっぱ人が死ぬとこ思い出すのって、つれえ……」

 しかし、と平井のことを思い返す。

「親友に死なれるのも、つれえんだろうな」

 ――空がとても、青いから。

「何でそんな理由で死ぬんだ?」

 風切の中に疑問が生まれていく。

「俺に何か、できたら……」

 ぼんやりとそう呟いたものの、自ら死を選んだ後輩のために何をしてやれるのか。

 ――俺、明里ってやつのこと全然知らねえし。

 それなのに、彼のことが忘れられない。あの光景がフラッシュバックする。

 思えばほんの一瞬だけ、明里はこちらに手を伸ばそうとはしなかっただろうか。

 それが記憶違いなのか事実かなのかは、定かではない。

「俺は、どうにかしてあの手を掴むべきだったんだ」

 記憶違いでもいい。それでも、風切は自分のすべきことに思いを馳せた。

 伸ばされた手を、拒むわけにはいかない。


 風切が教室に戻ると、千夜と秋葉がまだ残っていた。

「何か言われたか?」

 秋葉に問われた風切は「うーん」と腕を組む。

「本当に自殺だったのかとか、何か言ってなかったかとか、それくらいだな」

「本当に自殺だったのかってそれ、遠回しに疑われてない?」

「まさか。そこまで敵意は感じなかったぜ」

「それならいいんだけど」

「ああ……。俺、ちょっと明里のこと調べてみようと思う」

 何気ない口調で言い、それとなく二人の顔を伺う。

「いいんじゃない? 手伝うよー」

「ま、このままほっとけるタチじゃないだろ」

 二人の反応に、風切はほっと息をつく。

「それならさ、いい所がある」

 千夜はそう言って立ち上がり、歩き出す。

 どこへ行くのかと不思議がる二人の方を振り返ると、にっと笑う千夜。

「この学校の情報屋のとこ」


 千夜は二人を連れ、先程までいた南棟の海側――南にある二階建ての文化部棟へとやってきた。そしてその廊下をすたすたと歩き、一番端にある部屋の前で止まる。

 そのドアには、『漫画研究部』というプレートが掛かっている。

「ここって、漫研だよな?」

「そう、漫研」

 風切の問いに頷くと、千夜はそのドアを開けた。

「やあ、元気?」

 明るく挨拶をすると、アニメのポスターやピンナップが貼られた部室で、三人の女子生徒がこちらを向く。

「あ、海戸せんぱーい! どうしたんですか?」

 茶色の髪をショートツインにした小柄な女子が、嬉しそうに立ち上がる。

「安本さんたちに聞きたいことがあってね。この二人は私の友達、風切君と秋葉君」

 千夜が二人を示すと、安本と呼ばれた少女は、

「安本るるです。よろしく、先輩方」

 と、スカートの裾を摘んでお辞儀をする。

「あ、ああ、よろしく」

 風切は少し戸惑いつつも右手を上げた。

「で、後の二人が」

「山里瞳です」

「佐川リナです」

 瞳という少女はショートカットの黒髪で背が高く、クールな雰囲気。対照的にリナの方はウェーブした長い金髪が儚い印象を抱かせ、気弱に見える。

「三人とも二年生なんだけど、この学校のことに一番詳しいと思うよ」

「買いかぶり過ぎです」

 千夜の言葉に瞳はあっさりとした口調で返し、リナは顔を真っ赤にして首をふるふると振った。

「で、先輩は何を知りたいんですかあ?」

 るるは千夜の手を握って問いかけた。

「昨日自殺した明里君のこと」

 部室の空気が一瞬凍った。だが千夜はそんなことなど気にせず、言葉を続ける。

「この風切君が目撃者でさ、色々気にしちゃってるの。教えてくれないかな?」

 そしてまるで男が女を口説くように、るるへと顔を近付けた。

 するとるるは「はい!」と敬礼し、瞳とリナの方を向いた。

「二年男子のファイル、どこだっけ?」

「もー、ほんとは外部に漏らしちゃダメなんだからね。あくまであたしたちのネタ用なんだから」

 瞳はやれやれと溜め息をつき、後ろの棚にずらりと並んだファイルの中から一冊を選ぶ。

「なあ、ネタ用ってどういうことだ?」

「俺が知るわけないだろ」

「だよな」

 風切と秋葉はそれを見ながら囁き合った。

「具体的に何を知りたいんですか?」

 瞳に尋ねられ、風切は「えーと」と頬を掻く。

「何で死を選んだのか、とか」

「それはあたしたちも知らないですね。噂だと遺書も無かったらしいし」

「え、無かったのか?」

「はい、だから風切先輩の証言が無かったら、事件になってたかもしれないんですよ」

「マジかよ」

 風切は刑事から何度も状況を聞かれた理由を知った。

「じゃあ、とりあえず明里はどんな生徒だったんだ?」

「結構苦労してたみたいですね。一年の時、ご両親が借金抱えて自殺しちゃって、親戚もいないからバイトで学費と生活費稼いでたって」

「へえ……」

 風切は明里の姿を思い出していた。

 ――そんなに、大変な人生だったのか。

「ただ、二年になってからバイト全部やめてるんですよね」

「え、何でだ?」

「お金に困らなくなったんじゃないですか?」

「あ、あの、宝くじが当たったのかもしれません……」

 リナが小さな声で言い、るるは「そうかもねー」と返す。

「変な話だよね。お金に困って自殺するのなら分かるけど、困らなくなってから死ぬなんて」

 千夜は唇を人差し指でなぞり、首を傾げる。

「人間関係とかは?」

「バイト漬けだったから校内の友達は少なかったみたいです。平井ぐらいですね。ちなみに二人とも二年五組、担任は竹田。――他に何か知りたいことあります?」

 考え込む風切の隣で、秋葉が「そうだ」と手を叩いた。

「平井についても教えてもらえるか?」

「ま、いいですけど」

 瞳はぺらぺらとファイルをめくる。

「家庭環境はごく普通で、一年の時からバスケ部に在籍、友達も多いけど親友って言えるのは明里くらいだったとか。二人は二年の時、席が隣同士になったことで知り合ってますね」

「へ、へえ……」

 ――何でそこまで知ってんだ?

 風切は頬を掻いた。

「あたしたちが話せるのはこれくらいかな。役に立ちました?」

「おう、めちゃくちゃ参考になった。サンキュー」

 風切は礼を言うと、少し気になっていたことを尋ねる。

「あのさ、俺らの情報もあったりすんの?」

「客観的な自分の情報、知りたいですか?」

「遠慮しとく」

「ま、そうですよね」

「じゃ、そろそろお暇しようか」

 千夜が微笑むと、るるは「えー」と声を上げぎゅっと抱き付いた。

「海戸先輩、もう行っちゃうんですかー!」

「ごめんね、私も忙しいんだよ」

 千夜はそんな彼女の頭を撫でると、瞳とリナに「じゃあね」と手を振った。

 漫研の部室を出た風切と秋葉は、前を歩く千夜を見つめる。

「なあ、千夜ってあの子とどういう関係なんだ?」

「彼女は可愛い後輩だよ、妬いてる?」

 千夜は振り返り、笑った。

「安心して、それ以上でも以下でもないから」


「じゃあ、私はそろそろ塾行ってくるね」

「俺はバイト」

 鞄を取りに教室へと戻った三人だが、千夜と秋葉はすぐに立ち上がる。

「おう、手伝ってくれてサンキュ」

「気にしないで」

 千夜は笑顔で答えるが、秋葉は少し渋い顔をする。

「あんまり深入りし過ぎんなよ」

「ああ、気を付ける」

 風切はしっかりと頷いた。

 千夜と秋葉が出ていくと、風切は一人になった教室で椅子に深く座り息をついた。

「空がとても、青いから……」

 窓から外を見るが、空はもう赤い。夕暮れの色だ。

「ほんと、どういう意味なんだろうな」

 風切は腕を組み、普段あまり使わない脳をフル回転させる。

 ――やっぱ二年になった時、何かがあったんだよな。

「まさか宝くじが当たったってこともねえだろうし」

 それならばクラスメートも漫研の三人も知っていそうなものだ。

「何か、人に言えない出所の金?」

「まだ残っているのか」

 突然の厳しい声に、風切はビクリと体を跳ねさせた。

 教室の入口に、白衣を着た教師が立っている。

「あ……」

 そうだ、彼が明里と平井の担任、竹田哲郎だ。

 白髪混じりの髪をオールバックにした、どこか神経質そうな教師に風切は尋ねる。

「竹田先生は、明里について何か知らないっすか?」

 竹田はギリッと奥歯を噛み締めた。

「興味本位で聞くな。お前には関係ないことだろう」

「関係なくないっす。俺、目撃者なんで」

「お前が? そうか……。明里は、何か言っていたか?」

「空がとても、青いから」

「は?」

「明里は、そう言って飛び下りました」

「それだけか?」

「はい」

 竹田は考え込む様子を見せたが、すぐ風切に背を向けた。

「部活もないなら早く帰るんだ。あまり妙なことに首を突っ込むんじゃない」

「妙なことって……」

 ――あんたのクラスの生徒が、自殺したんだぞ!

 そう叫びたいのを、何とかこらえた。

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