端の砦
見張り役になって、かれこれ5年経つが、人どころか動物さえ見た事は無い。
「文句を言うなフウト。これが俺たち候補兵の仕事の一環なんだから仕方ないだろう?」
本心とは違うが、やんわりと訂正する。
「だってよ。ただの暇以外の何ものでもないじゃねぇか。」
全く、そのとうりだ。
と、ケイは心の中で同調する。
「ま、訓練兵の時にやらされてた上官の雑用係よりかマシだけどさ。」
唇の先を尖らせながら双眼鏡を再び覗くフウトを見て苦笑する。
「フウト候補兵!またサボっているな!」
フウトの後頭部に木刀が飛んでくる。
そして、見事に命中した。
「ヒッ!!」
予期せぬ攻撃にフウトが隣で一センチ飛び上がる。
「何だよ、エイダ!お前の任務はどうしたんだよ!」
「もう終わったわ。これから3連休よ。」
羨ましいだろうと言わんばかりにエイダと呼ばれた少女は満面の笑みでVサインを作って見せた。
「いいですね~。本当に。リーダーの娘さんは。」
胡坐をかき、さらに愚痴る。
「今日は、昼ごはんを配達しに来ただけ。って・・・アレ?」
双眼鏡を覗き込んだエイダが何かに気を取られる。
「ン?どうした?なんか居たか?」
と、フウトも双眼鏡を覗く。
つられて、ケイ自身も覗く。
「人・・・?」
人がいた。
まぎれもなく、人だった。
顔は見えないが、ボロボロの布を羽織った人だった。
「オイオイ、マジかよ・・・。」
「人・・・だよね・・・。」
「いや、どう見てもそうだろ・・・。」
今まで絶対に在り得ないモノがそこに在るのを見て、三人は固まった。
「生きてる・・・?」
「いや、歩いてるし。」
「生きてるだろ。どう見たって・・・。」
数秒間絶句する。
「私、父様に知らせてくる!」
「その必要は無い。」
背後から重々しい声がする。
「父様!どうしてここに?」
「見張りより門番が不審者を先に見つけるとは、皮肉だな。フウト。ケイ。」
「うっ・・・。」
何も言い返せない。
「申し訳ありません。リーダー。」
敬礼の姿勢をとり、謝罪する。
「さて、どんな者だ。肝の据わった侵入者は。非常に興味がある。」
「父様!お会いになるおつもりなのですか!」
在り得ないとばかりにエイダが言う。
「そうですよ、リーダー。相手はどんな手練れかもわからないのですよ!せめて僕たちが下見を・・・。」
必死にまくしたてるフウトをリーダーが右手を挙げて制する。
「門番によると侵入者は少年という事だ。」
「少年?この荒野をガキが超えてきたってことですか!」
「それ以外のココにたどり着く方法を君は思いつけるかい?フウト。」
フウトが言葉に詰まる。
「リーダー、俺が同行します。」
ケイが名乗り出る。
「候補兵の身ですが、護身術と剣術は一人前の自信があります。」
しばらく視線を交えた後、
「いいだろう。」
と、リーダーは了承した。
「さあ、顔を拝みにいこうじゃないか。」
*
*
*
*
*
外への階段を駆け下りる。
「ケイ、あの少年と私が話している間は決して武器に手を触れるな。」
「何故です?」
「嫌な予感がする。」
想い金属の扉を開ける。
砂の混じった風が頬に当たる。
「やぁ、はじめまして。旅人君。」
リーダーがやんわりと話しかける。
「君の名前は何だい?」
声を掛けられた少年が身じろぎする。
「退け、僕は先を急いでいる。」
少年は腰から短刀を取り、構える。
見たことのない剣の構え。
(こいつ、何者・・・?)
リーダーは両手を挙げて降参のポーズをとる。
「君、それは無理だ。ここから次の町までは5日かかる。それに君は随分衰弱している。もしよければ、食べ物と水を提供しよう。」
「余計なお世話だ。もう一度言う。退け。」
「リーダー!」
引き金を引く。
パンッ!!
銃声が響く。
「ケイ!打つなと言っただろう!」
「ですが!御身が危険かと判断し・・・。」
「早く、この子に手当を・・・?」
立っていた。
少年は傷一つ無く立っていた。
そして、その足元には小さな穴が二つあった。
ふたつ?
ケイが放った弾丸は一つのはずだった。
「ほう!切ったのか。弾丸を。」
「ふぇっ!切った?」
ありえない。
物理的にありえない。
切った?
弾丸を?
「君、実戦慣れしてるね。けど、」
リーダーが瞬間的に少年の背後に移動し、手刀を食らわせる。
「まだ若い。」
「ぐっ・・・!」
少年は小さく呻き声をもらし、倒れた。
「リーダー・・・。どうするおつもりですか?」
「まず、保護する。この子も色々裏がありそうだしね。」
よいしょ。といいながら肩に担ぐ。
ケイは少年への自分の警戒心が相手が倒れた後も消えない事に、違和感を覚えた。
*
*
*
*
少年を寝床に寝かせ、改めて様子を見るとひどいものだった。
荒野を歩いたらしい足からは擦り切れて血が流れていた。
着ているものはボロ服だけで、少し力を込めれば破れる様な有様だった。
「この子はいったい何者なのだろうね・・・。」
思慮深くリーダーが呟く。
「リーダー。いつコイツが暴れ出すか分かりません。一応、簡易的な拘束をするべきかと・・・。」
「いや、それはあまりにもこの子に対して失礼だ。」
「何故ですか!父様!御身が襲われるかもしれないのですよ。」
エイダが抗議する。
「だってこの少年からしてみれば、リーダーはいきなり声を掛けてきたおもいっきりの不審者だし。それに手刀まで食らわして、連れ込んだんだから、僕達を敵視しても何もおかしくないと思いますよ。」
フウトが正論を述べる。
「まぁ、待て。お前たち。これでも人を見る目は有るはずだ。」
リーダーが次々とまくし立てる少年少女を制する。
人指し指を唇に当て、静かに。と合図する。
そして、寝床に横たわる少年の傷んで汚れたシャツを少しめくった。
「これは・・・!」
フウトは絶句し、
ケイが眉間にしわを寄せ、
エイダが口を手で覆う。
寝ている少年の背中には、生々しい傷跡がいくつもあり、
その中でも特に目立ったのが、大きなケロイドの痕だった。
それは、背中全体の容姿を変えてしまう程のモノだった。
そのまがまがしい傷は、これからの未来を表していたのかもしれない。
第1話です!ちょっと謎めいていますが、次でネタバレします。(きっと。)