旅立ち
五百m以上もありそうな崖の上で眼下に広がる大地を俯瞰していた。
「絶景ではあるけどおすすめはできない場所だなぁこれは」
見渡す限りに広がる樹林、その先に轟く霊峰ガルゴ山。このガルゴ山を越えた先にどうやら人が住む街があるらしい。
当初の目的地はその街である為、崖から一歩を踏み出す。二歩、三歩。足元にはすでに体を支える地面はない。
「最初は怖かったなぁこの感覚」
崖から緩やかな傾斜でもあるかのように、空を、風を切るように駆け下りて行く。飛ぶように。
こんなことが出来るようになったのも偏に修行の賜物というやつだ。ぶっちゃけ辛すぎて二度とやりたくないけど。
そんな辛かった当時のことを思い出していたら樹林は目前に迫っており、上空からでも地面が見えるような空き地を見つけて着地する。陽はすでに沈みだして空を朱へと染め出していた。
「完全に暮れる前に食材確保っと」
空き地にて簡易的なキャンプの準備を終えた後、手近にいたカルーとよばれる小さな猪のような動物を仕留める。この世界に来てから一年以上になるが、こういった食材確保といったことは常日頃から当たり前のようにやっていたので今では手馴れた作業だ。
皮をはぎ血を抜き、肉を炙って手持ちにある調味料をささっと塗した程度だが実にうまい。お腹も膨れて睡魔も襲ってきたので抵抗もせずにその日は休むことにした。
次の朝起きて焚火を処理をしてから旅支度を進めているときだった。目の前の草むらがガサガサと音を立てている。少し警戒していたらぴょんっとうさぎっぽい何かが飛び出してきた。
真っ白い毛に覆われたそのうさぎっぽい何かは、ぽいとしかいえない。体型は胴長ではなく真ん丸としており見た目は白饅頭のようだ。耳は少し短い気はするが上部から後ろにかけて靡くのはうさぎっぽく見える。ただし耳は真っ黒だ。
体は白く真ん丸で耳の部分は黒、これは…白饅頭(餡子のせ)。
……非常食。
ゴクリ……
涎を若干垂らしつつ両手をワキワキしながら近づくと白饅頭も危機を感じたのかつぶらな瞳で訴えかけてくる。
ボク オイシクナイヨ カワイイヨ!
本当にそう言い出しそうなつぶらな瞳を見てちょっとだけ罪悪感を覚えた。仕方ない。こちらもつぶらな瞳で答えるしかない。
ダイジョウブ オレ オマエ マルカジリ!
伝わるはずもないのだが今にもうさぎもどきの瞳は泣き出しそうにうるうるしている。ちょっとかわいい。
一度かわいいと思ったら撫でたくなったので「こっちおいで、よしよし」といった感じでたぶん顎下っぽいところとか背中とかお腹とかをさすさすしてやると気持ちよさそうにうっとりし始めた。こいつ犬や猫なのかもしれない……。
しばらく撫でて満足したので開放してあげたのだが何処にも行こうとしないでこちらを見つめている。
何を考えているのかまったくわからん。
まぁいいかと思い旅支度を終えて歩き出す。さっさとガルゴ山を越えて人の住む街へとたどり着きたいところだ。
とことことこ クルッ ぴた
とことことこ クルッ ぴた
少し進んでは後ろを振り返るを繰り返す。……明らかに白饅頭が後ろを付いてきている。む~ん、どうするか。
正直どうするつもりもないので「まいっか」ってノリでスルーすることに決めて街へ向けて駆け出した。
ちょっとした樹林探索も兼ねるので今日は昨日のように空を駆けたりはせず、木々を蹴りつつ森の中を失踪する。
「お、ねこダケはっけ~ん」
途中食べれるキノコであるねこダケを見つけた為に採取の為に止まる。普通のキノコの傘の上に猫耳のような突起があることからそう名づけられたらしい。けっこう美味。
「今日の昼食に一品追加~♪」
陽気に採取していたのだが気付いてしまった。視界の隅に映る白い物体に。
目が合った……なぜ白饅頭がここにいる。
こういってはなんだが、そこらへんの動物が簡単に追いつけるような速度では走っていなかった故にちょっとびっくり。
「ふ、複数いるのかなこの白饅頭は…」
若干どもりながら自分を納得させて先に進む。先程より速度を上げて疾走するが何となく気になって後ろを振り返る。
「ぶっ!$&%?」
白饅頭からうさぎと形容するより長めの四つ足が生えており、舌をぺろっと出しながらすぐ後ろをついてきている。うさぎっぽいという先入観があった為か、これじゃない感が半端ない。なんなんだこいつは。
―仕方ない。やはり非常食として―
白饅頭はつぶらな瞳でぷるぷるしている。舌はぺろっとされたままだ。
……めんどくさくなったので放置決定。
さっきよりもさらに速度を速めて木々を駆け抜ける。
後ろを振り返るともう白饅頭の姿は見えない。
動物相手に少し本気を出してしまうとは大人気なかったな、ふっ、と一人子芝居をやり視線を前に戻したら白饅頭がそこにいた。
カルー:小さな猪 ラクナの世界ではメジャーな獣、食用としてよく狩られている。寒い地域には居ない。
白饅頭;謎




