ある出来事Ⅱ
「僕は界渡、界って呼んでよ。そしてこっちは幼馴染の修ちゃん、君は?」
「わ、私は……フェイディッド」
少し緊張しているのか彼女はそう名乗る。
「こんなところで何してるの、一人?」
「探しているの、実を。すっぱくて甘い赤い実」
すっぱくて甘い赤い実、心当たりがありすぎた二人の次の行動は決まっている。
「その実の場所知ってるよ、こっちこっち」
既に歩き出して手招きをしている修治をよそに、視線を彷徨わせ戸惑っているように見える彼女の前に界渡は立つ。
「僕達さっきその実を見つけたばかりなんだ、君が探している実かはわからないけどよかったら案内するよ」
そういって手を差し伸べる。考えるような仕草をしていたが、少しして少女はその手をとってくれた。手を引いてさっきの実の場所で手を振っている修治の場所へと赴く。
「これなんだけど、違うかな」
ちょっと困ったようなそれでいてどうしようか迷ってるような感じの顔しかしていなかった彼女が、その実をみると今まさに咲き誇ったとでも言わんばかりの笑みを浮かべた。
「うん、これ。二人ともありがとう!」
二人して顔を赤くして俯いた。あどけない少女の笑顔とは罪なものである。そんなこんなで少女が実を摘み終える頃にはもう日が傾き始めていた。
「もうこんな時間か、フェイディッドはどうするの?」
「私はこれで帰ります」
「帰るって、この近くに住んでるの?」
「ううん、近くまで馬車で来ているの、たぶん皆が私のことを探しているでしょうし急いで帰らないと」
「馬車……なんかお姫様みたいだね」
「ふふ、だとしたら二人はお姫様を助ける勇者様ね」
ついに正体がばれてしまったか、私こそが正義のヒーローシュウだ、とか言い出している存在をほっといて彼女を気遣う。
「一人で大丈夫?よかったらその馬車の場所まで一緒にいくよ」
「大丈夫、でもありがとう正義のヒーロー様」
再度見せてくれた彼女の笑顔。もうそれだけで彼の物語は満足する。困っている少女を見つけて、助けて、感謝されて、物語通りの王子様になった気になる。見えなくなるまで手を振り続けてくれた彼女を見送り二人も帰路につく。
「今更なんだけど修ちゃん」
「なんか続く言葉がわかった気がする」
「どっちにいこっか」
そんな苦笑いを浮かべていたとき
キャァー―
女の子の悲鳴が響き渡る。その方角はさっき別れたばかりの彼女が消えていった木々の先。気付いた時には二人はすでに駆け出し声の発生元へ急ぐ。
木々を抜け、声の発生元が確かに彼女であったことがわかったが、なぜ悲鳴をあげていたのかを問いかけるまでもなく知らされてしまう存在から目が離せない。
今にも少女に襲い掛からんとしているそれは、人の形をしているが明らかに人でない何か。目は爛々と赤く光っており、口からは明らかに人のそれでない牙が覗いている。身の丈も大きく、子供の身からは自分の何倍にも見えた。
「なん……だこい・・・」
「っ…」
言葉もうまくしゃべれず、息を呑むしかない二人。身体が金縛りにあったように動けないが頭の中では逃げろ逃げろと誰かが叫んでいる。とりあえず動け、止まってちゃ駄目だと自分に言い聞かせる。動こう、動いて……動いて、どうする?助ける為に動く?それとも……逃げる為に動く?
そんな自問自答に答えが出る前に横にいたはずの幼馴染の姿が目に映る。彼はすでに駆け出していた。助ける為に。
ほんと正義のヒーローだ、かっこいいよ修ちゃん。
誰にも聞こえないように呟き、自分も後に続く。
「うぉぉおおお」
雄たけびをあげて修治は突進する。人型の怪物は動きがあまり早くなく、殴りかかろうとする拳が振り下ろされる前に懐へと潜り込むことが出来ていた。
「ぶっとべぇぇえ」
轟音と共に炎を撒き散らしながら怪物は吹き飛んで動きを止める。
「やったぜ界ちゃん」
親指を立ててポーズをとってくる。同じ仕草で答えようとしたが視界の隅に動くものを見つけて警告する。
「修ちゃん後ろ」
倒したはずの怪物が起き上がってきたのかと最悪を想定したがそんな優しい最悪ではなかった。さっきと同じ人型の怪物が目の前に三体居たのだ。
「っ……逃げるよ!」
我に返った二人は逃げることを選択する。その際当初の目的を忘れない。近くにへたりこんでいた彼女の手をとり三人で駆け出す。そんな三人を獲物と認識したのか、背後から振動と共に多数の足音が追いかけてくる。
「あいつら何気に足が速い、だったら」
修治が反転して走っていた足を止めた。
「修ちゃん!」
「ここはまかせろ」
「駄目だよ、逃げようよ」
「さっきの活躍をみただろ、ここで食い止める、彼女を安全なところへ」
そういって笑みを浮かべる修治をみて界渡は決断する。信じる、修治なら負けないってことを。ならば界渡は出来ることをしようと彼女を連れ立って再度駆け出す。
戦いの音が聞こえなくなるくらいに離れたところでふと彼女を見ると息も切れ切れで今にも倒れてしまいそうに見えた。
「ここまで離れれば大丈夫かな」
走ることをやめて彼女を休ませる。もう少し彼女が動けるようになったら、安全な場所を探して修治を助けにいこう。そう思った矢先だった。
ドシンッ ドシンッ ベキベキベキッ
木々の倒れる音と共に今までの怪物よりも大きく響く足音が聞こえてくる。彼女を抱きかかえ、現われたそれを見る。人型の怪物と似ているがひとえに違う部分があった。
大きさだ。
さっきの怪物と比べて2倍程にも見える大きさを持つ化物がこちらに近づいてくる。そして手に棍棒のような武器を持っていた。棍棒といってもよいのか迷うほどの太さの棒ではあるが……。
逃げないといけない、しかし疲弊しきっている彼女を連れて逃げれるのかどうか。そんな逃げることばかりを考えていると...気付いてしまった。抱きかかえている彼女が震えていることに。
彼女は少年の腕の中に収まるほどの少女なのだ。怖くないわけがない。そんな少女を感じて界渡は逃げるという選択肢を消す。
「待ってて、君を護るから!」
戦うことを決意し彼女に背を向ける。
正面からくる圧倒的な威圧感を持つ存在。対峙しているだけで足が震えてしまいそうになるが自分の後ろにいる人のことを考え奮い立つ。
「負けない、負けないよ!」
グルゥァァオオオ
お互いの叫びが開始の合図となった。
化物は棍棒を持っている手を大きく振り上げ力任せに打ち下ろす。それを避けもせず両手を頭上にクロスさせて受け止める。地面に両足が陥没してしまうような一撃。されど受けきった。大丈夫、やれる。
修治との特訓の日々で習得した力の使い方、身体を囲むように解放し触れる衝撃を相殺、あるいは吹き飛ばす力とする。
渾身の一撃を受けきれば生まれる必然、反撃の好機。
「今度はこっちの番だぁ」
小さな身体のどこにそのパワーがと思う衝撃が化物を襲い巨体が宙を舞う。木々をなぎ倒し地面が抉れた痕が残る。
いける、いけるいけるイケル
体格差からは考えられないような結果になったことに驚いているのか、化物の眼に恐怖のようなモノが映っているように見える。
――僕は強い、負けナイんだ――
化物が繰り出す攻撃を受け止め、いなし、反撃する。タフさは見た目どおりなのか、なかなかに倒すにはいたらないが内容をみれば圧倒していた。
――はは、楽しい、僕は強イ、こんなにも強い、怖がる必要なんてナイ、僕ハ強イ――
今までは相手に大怪我をさせないようにという一線を引いての戦いしかしてこなかった。当然だ、相手は幼馴染だったのだから。しかし今は力の限りを相手にぶつけることが出来る。そしてその力があまりに強く、自分が思う以上の開放感を得てしまい悦楽の感情となる。
人生ではじめて感じた感情、処理の仕方がわからず身をゆだねてしまう。
一撃、また一撃と攻撃する度に吹き飛ぶ巨体、追い詰められる化物。息も絶え絶えの化物は出現当初の威圧感もなくなり今では狩られる為の獲物へと成り下がっていた。
だが獲物だからといってはいそうですかと命を差し出す生物は存在しない。獲物は狩られる存在になってしまったことを自覚しながらも最後まで足掻く。棍棒を使った一撃。最初の一撃より重い、強い一撃。
予想外の一撃に耐え切ろうと歯を食いしばる界渡。棍棒の一撃が界渡を打ち破るのか、それとも受けきるのか。
しかしその力の拮抗に耐え切れないモノがあった。棍棒そのものだ。根元から折れ弾け飛ぶ。
棍棒が折れたことによりバランスを失った化物が前のめりに倒れこむが手を地面について地に伏すことは免れた。しかしその自己防衛の動きは狩人に絶好の機会を与えることとなる。化物の顔がちょうど界渡の目の前に位置取るようになったのだ。
「これで最後だよ」
最高の一撃を化物に叩き込み、勝利者となる。
――勝った、はハ、僕はコンなにも強かっタンダ――
陶酔したい高揚した気持ちをなんとか押さえて"感謝される為"に彼女へと振り返る。
振り返れば彼女が歓喜の声を上げて笑顔で迎えてくれるに違いない。
界渡の物語ではすでに決まっていたハッピーエンド、それを迎え入れるはずの所作。
そんな所作の末に飛び込んでくる光景を認識してしまい、世界が凍りついた。
「っ……」
彼女が……血まみれで倒れていた。
なぜ?
答えはすぐにわかった
折れた棍棒が彼女を襲ったのだ
でも悲鳴なんて聞こえなかったよ
あんなものが飛んできたら普通声出ちゃうよね
棍棒が飛んでくることを見ていなかった?
違う
彼女の怪我は特に胸の部分が酷く見える
うずくまったり背を向けていたのではないだろう
まっすぐに戦いを見ていなければこうはならない
ならば棍棒が飛んできたことはわかったはずだ
そうだとしたら……避けきれないとわかったとき、逃げれないとわかったとき、一人の少女としてただ悲観して叫ぶことをよしとしなかったんじゃないか。
"彼女は、自分を助けようと戦っている少年に心配させまいと声を噛み殺したんじゃないか"
その事実にたどり着いた時、立っていることができず膝から崩れ落ちるが、絶望することすらも許されないようにさらに思考が進む。例えそれが自分の身を焦がすことだとしても止めることができない。
自分は強い......何をいっているんだこいつは。
本当に強いというのは彼女のような存在だ。
思い出す
化物を圧倒して戦闘を楽しんでいた自分
力に酔いしれ目的を忘れた自分
上から見下ろされていた相手を見下すようになった自分
全てを含み悦楽してしまった自分
全て、自分
戦っている最中に自分以外が存在していない。
なぜ戦ったのか、それは彼女を護るため。
――そのはずだった
「ぁ……ぅあ……」
言葉にならない声を発し今にも何かが壊れそうになったその時、声が聞こえてきた。
「――――様どちらにおいでですか」
誰かを探しているようような声がどんどん近づいてくる。
「っ!お嬢様!お嬢様!」
声の主は目の前の少女に駆け寄り必死の形相で抱きかかえる。
「お前達、すぐにお嬢様を運ぶのです。私もすぐに参ります。さぁ早く」
一人ではなかったようで何人かが悲痛な顔をして彼女を運んでゆく。抱きかかえられたときも運ばれているときもピクリともしない彼女。
今も血が流れ出ているように見え顔に生気も感じられない。たどり着く一つの真実を必死に振り払おうとするがそれを許さないように彼女をお嬢様と呼んでいた者が話しかけてくる。
「少年、一つ尋ねたい」
少し離れたところで倒れている化物を視界にいれて話してくる。
「ここで何が起こった?」
この人が何を言っているのかがわからない、耳に入ってこない。
「あれを倒したのは君かと聞いている」
肉の塊となった巨体を指差しさらに追求されるが、会話を為せるような精神状態ではなかった。そんな界渡を見てこれ以上の追求に意味がないと悟ったのか、その人は足早にその場を去っていった。
それからしばらくして聞こえてくる。
「界ちゃーん、界ちゃーん」
少し前まで幾度となく聞いていたはずなのに今はもう懐かしくさえ感じてしまう声。
あっちらこっちらから聞こえていた声が止み、自分へと一直線に近づく足音。
「っ! 界ちゃん、どうしたのしっかりしてこっち見て」
焦点も合わず声にも反応せず石像のように動かない自分を心配してくれる。揺すり続けられやっと意識が戻り始めて目の前の馴染みの顔を認識した時、隠すことは出来ない何かがあふれ出した。
「修ちゃっ……彼女を……護ろうとしたんだ、したんだよ」
言葉にしたくなかった。
言葉にすると、もう変えることができない事実だと認めてしまうようで。
でもそんな自分の罪を許さないと断罪させるように口が言葉を発するのを止めてくれない。
「でも、駄目だった……この血を見てよ……全部、彼女のなんだ、彼女を……死なせてしまったよ」
血と共に散らばっている木の実をみて、修治はそれ以上何も聞かずに界渡を抱きしめる。そして少し落ち着いてから界渡を負ぶって歩き出していた。
何処にいけばいいのかわからないのに足手まといを決して背中から降ろしてくれずに真っ暗な夜道を歩き続ける。彼の優しさが嬉しくもあったが、この優しさを受けてはいけないと思う二律背反な気持ちが存在し、どちらにも耐え切れずに壊れかけのモノをさらに壊していく。
最後の一線を越える前に自己防衛が働いたのか、いつの間にか彼の背中で寝てしまっていたらしく、振動が激しくなってから自我の再起動がかかる。
「界ちゃん、もうすぐだ、もうすぐじぃさんの家だよ」
心配させてしまったのか家の前に祖父の姿を見つけた。今がどれくらいの時間なのかはわからない、後でいくらでも怒られよう、後でいくらでも感謝しよう、そう思って再度意識を手放した。
それから丸二日間起きなかったらしい。
起きてすぐには動けなかったが頭の中を整理して祖父と修治に全てを話す。二人で体験した不思議な現象とそれに付随する出来事。
全てを……だ。脚色はいらない。
少女のこと、化物のこと、護ろうとしたこと、戦闘を楽しんだこと、護れなかったこと。
力におぼれてしまった自分は祖父の言葉を何一つ理解できておらず、悪者を退治するヒーローの夢物語はここで閉幕した。
その後、修治はとにかくひた歩いた末にやっとのことで見知った道を見つけることが出来たことや、裏山で誰かが怪我や死亡したという事件や事故がなかったことを聞いた。
もちろん怪物が居た形跡すらもない。
全てが夢だったかのように。
されど身体が教えてくれる。
あれは夢じゃないと、忘れてはいけないと。
俯き何語るでもなくなった孫に投げかけた祖父の言葉がよぎる。
"界渡よ、自分を見失うこと無かれ"
一度は壊れそうになったそれは壊れきっていないだけでひびだらけだ。
治るかどうかはわからないそれをどうにかする為に時間が必要で、その間に勝手にどうにかなってしまわないように支えが必要で、だから縋った。この言葉に。同じ過ちを犯さないようにと。4年の歳月が流れてしまっていた。
罪の意識が芽生えた時、最後まで許されないと問いかけるのは自分自身であるのかもしれない。そういう心理描写を描き(つもり)、主人公の背景としてみましたが難しい。
空想世界、その舞台を舞う役者達の想いを描く。奥が深い。だからこそ私自身も、読者様も、いつまでも惹かれ続けているのだろうなぁとしみじみと感じてしまいました。
そういう世界を見せてくれていた先達者様に脱帽です。




