ある出来事
小学五年生の夏休みのことだ。
「今日は山の反対側に行こうよ修ちゃん」
「ならいつもの大杉まで競争だ」
裏庭を探索しているときに見つけた祖父の家とは反対側に位置している一本の大きな杉の木。周りは森と呼べるほどに木々が密集しているにも関わらずその杉の木の周りにだけは広場が出来ていた。それ故によい目印となり遊び場という名の特訓場所ともなっていた。
「勝っち~」
「相変わらず修ちゃんには足の速さだけは勝てないよ」
「むむむ、勝率がいいからって"だけ"って言ったろ、今は成長途中なんだからな、すぐにぼっこぼこにしちゃうから見てろ~」
猪突猛進、この言葉を辞書を調べたら"瀬野 修治"と書いてあってもおかしくないほど額面通りの性格をしている幼馴染。戦い方も例に漏れず対象に向かって突撃していくのみ。そんな彼に勝つことは難しくなく、二人での真っ向勝負は界渡に軍配が上がっていた。
「次こそその口から負けましたって言わせてやる」
「何度やっても同じだよ修ちゃん」
相も変らず正面からの突進。それをかわし、いなし、隙を作っては力を解放する界渡。攻撃することしか考えていない修治はその力をかわせずに吹き飛ばされる。
「ふふふ、今日も僕の勝ち」
「くっそぉ勝てない勝てない勝てない~」
「修ちゃんはなんで正面からしか攻撃してこないの?」
「なんでって、横とか後ろから攻撃するなんて卑怯者みたいじゃん」
「卑怯者って……」
「界ちゃんみたいに余裕ぶった相手を正面からずど~んってやっつけるのは気持ちいいだろうなぁってのもあるけど」
「人を悪者みたいに言っちゃうんだね、今悪代官の自分を想像しちゃったよ」
「悪代官カイートをやっつける正義のヒーローシュウ!うん、これでいこう」
「何がこれでいこうなの、もう絶対に負けてあげないんだから」
「来い、悪代官カイート」
悪のカイートと正義のシュウを気取るつもりはないが正面から馬鹿正直に突撃はせず、いったん左に行くと見せかけて右に回りこみその動きについてこれなかった修治を横合いに吹き飛ばす。
「隙有~」
「卑怯者~~ぉ」
吹き飛ばされた先で力なくうずくまる幼馴染にとどめの言葉を吐く
「これで159勝12敗」
12敗はまだ力の使い方に慣れていない頃のもので一度勝ち始めてからは無敗となっているのが現状だ。そんなこともあり自分は強いと天狗になっていた部分も少なからずあったものだろう。
「今日はそろそろ帰ろうよ」
「ぅ~、明日こそ絶対勝つ」
「この悪代官をこらしめるには力不足だよ正義のヒーロー君」
即興で作り上げられた設定をまじえて談笑していた特訓からの帰り道、修ちゃんが考えるような仕草をしていた。どうやって勝つ、まず正面からぶつかってとか聞こえたから"正面突破"という"作戦"を考えていたのかもしれない。そんな道すがらの出来事。
「ねぇ修ちゃん、ここ、どこだか知ってる?」
修治はふと顔を上げて見回す。
「知らない、どこだろうここ、こんなところ裏山にあったんだ」
毎年の夏休みを朝から日が暮れる頃まで駆け回っていれば知らない場所のほうが少ない。いつも使っていた道であれば尚更である。
「道間違えちゃったのかな、戻る?」
「今日はまだ明るいしちょっと探検していこうよ」
「探検かぁ、ひさしぶりだね」
知らない道を進む不安よりも好奇心が勝ってしまうのは幼さ故だったのか。修治は迷い無く突き進む。こういうところは考えなしの幼馴染を羨ましく思ったものだ。
「見てよ界ちゃん、なんだろうこの実、木苺でもなさそうだし」
「見たことないねこの実」
「でもおいしそう」
道すがらに生えている木苺をよくつまんで食べていたこともあり、慣れた手つきで実を摘みおいしそうという理由だけで口に運んだ修治のリアクションを見守る。
「すっぱーいけどあまーい、食べてみて界ちゃん」
すっぱいけど甘いというイメージではわかりにくい評価が気になり促されるままに食べる。確かにすっぱ甘いとしか表現出来ない味だ。梅干しを食べて病み付きになってしまう人がいるがその人の気持ちが少しだけわかった気がした。まだまだ食べたい欲求が湧き上がる。
「なんの実なんだろう、今までみたことも食べたこともない不思議な実」
そんな二人で首をかしげている時
ガサガサッ
何かが草を掻き分けてくる音が聞こえてくる。身を竦めて構えていたところにそんなことは露知らずといった顔の少女が現われる。
鮮やかな桃色をした髪が腰まで伸びており、まんまるの目をめいっぱいに開いてこちらを見つめていた。




