知らない世界
祖父の葬儀の後に立ち寄った裏庭で、思い出の中の自分達を見つけては花を咲かせていると、修治がふと立ち止まり振り向く。手からは炎が立ち昇っていた。ここで思い出話をすればこうなることはわかっていた。わかっていたからここにきたのかもしれない。
「なぁ界渡、この力って結局なんだったんだろうな」
「それがわかればノーベル賞受賞確定」
そのまま会話が途切れてただ立ち尽くす。青一色だった空に朱色が差し込もうとする頃にやっと修治が口を開く。
「らしくねぇ、らしくねぇな。たぶん中学からずっとらしくなかったんじゃないか俺達は」
「明るさと猪突猛進だけが取り柄の修治は確かにらしくなかったかもね」
「はっ、軽口が言えるくらいには復活したか」
「ん」
気遣ってくれる友がいる、胸中を察してくれる友がいる。これがどれほど掛け替えの無いものであるかを実際に教えてくれた幼馴染に心の中で感謝する。
「さて、そろそろ戻るか。けっこう奥に入ってきちまったし夕飯にありつけないのは簡便したいところだ」
「修は食い意地だけはいつまでも変わらないから安心するよ」
自分達は変わってしまった、祖父が居ない世界になってしまった、そんな昔と変わっていってしまう現状を忌避してしまいたいと、自分を慰めるように変わらない部分を強調する。こんな調子でどこまで頑張れるのだろうかと自問自答しているところで修治がただならない声で話しかけてくる。
「なぁ界渡、この道知ってるか」
そう言われ辺りを見回す。勝手知ったる裏庭である。今更知ってるかもないだろうと思ったが今見えている道は確かに見覚えがない。そんなはずはない。来た道を戻っていただけなのだ。しかし現実は変わらない。もう今では進んでいた道も進むべきだった道も、記憶にはない道が続いている。
「どうなってんだ、こんな場所なんてみたことないぞ。つい今し方までじぃさんの家に続く道を歩いていたはずだ」
敢えて言葉にすることはなかった言葉を修治が発する。目の前の現実を再認識しただけの言葉。何の解決にも至らない言葉。そんな言葉でも現状を理解しようとするだけの時間稼ぎにはなったようだ。こんな道が存在していたのか。これではまるであの時の……
思考の渦の探索がここまでたどり着いたところで修治も思い当たったのか何かに気付いたようにこちらを見つめてくる。胸中は同じ、"ここに居続けてはまずい"。だがどうやってこの状況を打破するかがわからない。
「と、とりあえずこのまま道なりに進もう。ここに居続けてはまずい気がする」
「まったくの同感。あの時の再現はごめんだ」
そのあとは完全に沈黙、周りを警戒しているが故の沈黙を保って進む。
周囲の音に敏感になり木々のざわめきの奥に隠れた音を聞き逃さないように集中する。だからこそはっきりと認識する。
―パキッ
後方から聞こえたその音に即座に反応し二人して反転。音の出所を探ろうとしたがその必要がないことを目の前の存在が教えてくれた。四つ足で歩いている状態ですでに自分達をゆうに超える大きさを感じさせる熊。否、熊と云えるのではないかという容姿の何かがそこにいた。頭からは角が生え、足の爪は一本一本が小刀を思わせるほどの長さをもっており、鬣が頭頂部から尻尾のほうにまで伸びている何かがである。
「逃がしてくれそうにねぇ、どうする」
「逃げるにしても道がわからないならやるしか……ないね」
「やっぱそうなるか、四年ぶりだがそれでもどうにかなる相手であることを願うよほんと」
二人が迎え撃つつもりであるのを感じたのか、熊もどきは一気に距離をつめずに少しづつ距離を縮めてくる。
「相手さんこっちを値踏みしてやがる、余裕ぶられるのはしゃくだが正直今は余裕がねぇ、突っ込まれる前にこっちも対応を決めないとまずいぜ」
「僕が動きを止める、修が止めを刺す」
「わかりやすくてありがたいんだが、大丈夫か?」
「この状況で気遣ってもらえるのはいいんだけど、それなら一人でちゃっちゃと倒してくれるとありがたいかな」
「最初の案でいこう!」
修一人で突っ込んでやっちゃってください作戦を無かったことにする為に最初の案に修治も同意する。相手の攻撃を待ってカウンター。やることが決まったならあとは相手次第。
ジリジリとにじり寄っていた両者の距離が五十メートルほどまで縮まったところで熊モドキが突進し始めた。そのタイミングで修が後ろに下がり界渡を前面に押し出す形をとる。
作戦通り俺一人で突進を止める。熊もどきの大きさは立ち上がれば四mはあるだろうほどの巨体だ。そんな質量が加速させながら突っ込んできているのだから本来なら避けるべきなのだろう。
しかし動かずにその場で待ち構え、そして……ぶつかる。物理法則に則れば吹き飛ばされるどころか人の形を保てるかという部分において審議されそうなその交錯は、現代物理学者に喧嘩を売る結末になる。熊もどきの渾身の突進、それを正面から受け止め押さえ込む。しばしの拮抗の末に上空に向かって投げ上げる。
「頼んだ修」
「ここで決めずにいつ決めるってな」
上空に投げ上げられた巨体が臨界点で静止するタイミングを見計らい渾身の一撃を修治が叩き込む。爆裂と形容すべき現象が吹き荒れ熊もどきを容赦なく襲う。
ボォォォォォォォォォォォン
断末魔であろう叫び声をあげた熊もどきは地面に落下したがその後も警戒は解かない。肉のこげる臭いがあたりを漂いピクリとも動かなくなったことを確認してから緊張の糸を緩める。
「ふぅ、なんとかなってくれた」
親指を立てて笑顔を向ける修治に同じポーズで受け答え、次に向かって動き出す。熊もどきはどうにかなった。しかし根本的な解決がまだ残っていることを忘れるにはまだ時間はそれほど経っていない。
「急ごう、ここに留まっていいことはないと思う」
「時間をかける毎にやばいことになりそうだし仕方ない、多少警戒は薄くなるが少し走っていこう」
それからどれくらい走っただろうか、いい加減疲れが見えてきた為に少し休憩することにしていた。息を整え体力の回復に努める。途中に水場らしきものもなく喉の渇きも看過できなくなってきていたが今はとにかく動かなくてはいけない。先を急ごうと急かすがもう少しだけという修治をそのままに周囲を散策する。
それはなんとなくだった。少し散策したからどうにかなるのかと鼻で笑えるくらいの距離は移動してきた後なのだ。意味があってやったわけじゃない。動いていないと落ち着かなかったというのもあった。
そんな何気ない些細な行動の結果、功を奏したのか見覚えのある道を遂に見つける。ついに帰れる。その気持ちが今にも爆発しそうなのをこらえ、すぐに修治に伝えようと引き返したところで気付いてしまう。今しがた通った道が霧のような靄で覆われており今にも閉じようとしていることに。
「修ゥ~~~~~~~」
力の限り叫んだその声に反応したのか、靄の先に修治が来たのがわかる。
「修、急げ!こっちにくれば帰れる!走るんだ」
「――――――――――」
修が何かを言いながら走ってくる、うまく聞き取ることができない。今にも閉まりそうな靄に向かって自分も走り出しお互いに手を差し出して距離を詰める。
「修、修!こっちだ、もう少しだ」
「―け――のこ――――から―――け」
靄にたどり着いたときはもう人が通れる大きさではなくなっていた。修も到着するが既に合流することが無理なことがわかってしまう。
「行け、俺のことはいい」
「諦めるな、こんな靄の穴なんて大きくしてしまえばいい今助ける」
その靄を広げようとするがそもそも触れるものではなかった。第三者からみれば空中を犬掻きしているような怪しい行動にみえただろう。それでもその行為をやめる事は無かった。そんな俺をみて修治は思ったのだろう、このまま別れるのはまずいと、俺がまた昔に戻ってしまうだろうと。
「俺は生きてみせる、だから大丈夫だ、絶対に大丈夫だ」
「修、修ぅ、修ぅぅうううウう」
もはや名前を連呼することしか出来ない無力な自分。それでも自分だけが助かってしまう現実を受け入れるわけにはいかないと必死に叫ぶ。今ではもう靄は人の顔ほどの大きさになっており消えるのは時間の問題に見えた。
「大丈夫絶対に生きるから、絶望するな、俯くな、俺は大丈夫だから」
その言葉と最高の笑顔を最後に修治の顔が見えなくなった、元から何もなかったかのように。
それからどうやって帰ったのかは覚えていない、気が付いたときは祖父の家だった。主を失ったその家は何処までも静寂が支配し、そして……自分が泣いていることを嫌でも教えてくれた。
本格的な旅が始まるまでの心理描写をできるだけ描けるように頑張ったけど難しい・・・どうしてくれようか




