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滅びの面影




 どうやっても母親の愛情を受けられないと確信したのはあの日だ。あの日、スピカが寝室に戻り、眠ろうとするとベッドの下から見知らぬ男が這い出てきて、覆い被さった。悲鳴を上げようとするスピカの口を塞ぎ男はぎらぎらした眼で自らの目的を名乗った。


『あんたの母親からの依頼だ。旦那や他の兄弟があんたに構うのが気に喰わないからって理由さ。悪く思うなよ』


 手にしたナイフでドレスが切り裂かれ白い裸体が外気に晒されてびくりと震える。それでもスピカには自分が何が起きているのか理解出来なかった。理解したくなかった。

 こんな形で初めて男に抱かれる。母の手によって。父や兄弟に愛されていたせいで。本当は母にも愛されたかったのに。

 悲鳴も涙も出ない。ただ、何を考えていいかすら分からないまま天井を見上げる。男が突然苦しみ出した事にも気付かなかった。屈強な体から肉が消えていき、スピカを拘束していた丸太のように太い腕が、枯れ枝のようになってしまっても。


「――え?」


 スピカが異変に気付いたのは全てが終わった時、カラカラに乾き切ってミイラになってしまった男の死体がゆっくりとベッドから落下した時だった。命喰らいの病を発症してしまったと知らされたのはその後で、スピカは地下の牢屋に隔離された。王妃は殺せとしきりに言っていたが、王族という事もあって光と引き換えに命は救われた。

 そして、その日から王妃だけではなく国王や兄弟である王子達からもスピカは忌み嫌われる存在となった。




 暗闇の中、月明かりの仄かな光に照らされた夜の草原をスピカは歩いていた。以前セイレーンから貰ったマントのおかげで体は寒くないが、時折吹く冷たい風が頬に触れるとほんの少し身震いをした。それに混じる草の匂いは嫌いではない。

 植物は好きだった。スピカの命喰らいは人間や魔物を始めとするあらゆる動物の命を奪うが、植物だけは何故か枯れないでいてくれるからだ。

 一際強い風が吹いてスピカの髪を揺らす。不思議な銀色の髪。月光を浴びたそれは虹色の光沢を放つ。幽かな光を帯びる銀髪を細く長い男の指が絡ませる。


「どうしたの? 髪にゴミでも付いてた?」

「……いや」


 アルビレオはゆっくり手を引いて銀糸を解放した。少しだけ乱れてしまったその部分を数秒見詰めた後、何事もなかったように歩き出す。

 その後ろ姿を追い掛けながらスピカは彼が触れた箇所をそっと撫でる。何故か頬が熱くなった。それと胸の奥がおかしい。

 今まで体験した事のないような感覚に立ち止まると、アルビレオも立ち止まった。いつまでも動こうとしないスピカの顔を覗き込む。淡い空からの光で照らされた少女の紅潮した頬。青年はまたいつもように何を言いかけてはやめ、視線を逸らした。


「アルビレオ……様、そういえばいつもお散歩の時間は夜って決まってるけれど、あなたは夜の方が好きなの?」


 いつまでも見詰められている事に羞恥を覚え、別な意味でも顔を赤くしながらスピカが誤魔化すように尋ねた。ただ、前々から疑問に思っていて、いつか聞いてみようと考えていた事だった。

 アルビレオはスピカと共に、散歩と称して何もない草原をただ歩く時間を作るようになった。それは夕食を食べてから暫く経った頃。分厚い雲に月が隠されてしまった日は、スピカに青い炎が揺らめくランプを持たせてアルビレオは城を抜ける。

 それに対して不満があるわけではなかった。

 スピカの問い掛けにアルビレオはすぐには答えなかった。口を開く事すらせず、空気を引き裂く音と共に現れた風に紅の髪を揺らした。人間からは恐れられ、魔物からは敬われている魔王には見えない、少しだけ幼い顔をしながら。


「……暗いからよく見えないだろ」


 ようやく貰った答えにスピカは首を傾げる。それはどちらかと言えば、散歩に行きたい理由ではなく、行きたくない理由だ。


「それなら、昼間の方がいいんじゃないかしら。夜の散歩もお月様が綺麗で楽しいけど」

「見えないからいいんだ。嫌な事を考えずに済む」

「嫌な事?」

「……お前はいつも窓から外の景色を見ているだろ。何か気付いたりしなかったか?」


 アルビレオからの言葉に、スピカは毎日のように見ている光景を思い出す。草原と海。それから。


「……ここは以前、国があった。自然を愛して自然と共存していこうとしていた国だった。それが人間同士のせいで滅んでしまったんだ。森も町も焼き尽くされて残ったのはあの城だけで、全部人間が壊した」


 この一帯には城以外何もない。木もまだ小さなものばかりで、力強く成長した樹木は数本程度。後は花を咲かせる事のない草が大地を覆うだけだった。

 スピカは周囲を見渡す。この場所にかつて国があったなんて考えられなかった。


「昼間の何もかもが見える時間にここに経つと、その時の事を思い出すから嫌になるんだよ。でも、夜なら闇が全部隠してくれるだろ。だから、何も見えないし何も思い出さない」

「……あなたは、ここにあった国の人間だったの?」

「『元』人間、だ。国が勝利するために戦えって言われ続けて必死に戦って、気が付けば同族をたくさん殺して、魔法を使い過ぎた代償でいつの間にか人間じゃ無くなってたよ」


 アルビレオは自分の右手で自分の左手の小指を勢い良く折った。パキンッと言う金属音と共に小指が取れて草の上に落ちる。それは無数の青白い光の粒となって消えていき、スピカが左手を見ると無くなったはずの小指は何事もなかったようにそこにあった。


「どんなに傷付けても傷が再生する。体の皮膚が金属みたいな物質になった。そこらの魔物だって斬られたり燃やされたりすれば痛みがあるのに、それすらない。それで気が付いたら人間からも魔物からも畏怖される奴になっていた」


 アルビレオの指がゆっくりとスピカの銀髪に触れ、人差し指と中指の間に数本銀糸を挟んで擦り合わせる。しゃり、と言う音が耳元で聞こえる。スピカはいつまで髪で遊ぶ青年の手を上から触れた。体温が感じられない。人形のような手だった。


「でも、そういう体だから私に近付いても平気なのかもしれないわね」


 スピカは苦笑しながらそう言った。すると、アルビレオは眉をしかめた。


「こっちはこれでも割りと悩んでるのに、嬉しそうな顔をするな」

「だって」

「……でも、まあ、お前には俺の道楽に付き合わせてるんだ。許してやる」


 道楽。何か彼に付き合ってした楽しい事はあっただろうか。真剣に考え込むスピカにアルビレオは安堵の込もった笑みを浮かべた。


「嫌な事を思い出したくないなら他の場所に行けばいいのに、どうしても昔街があった場所を歩きたくなるんだ。虚しくなるだけなのに。夜に歩いても結構しんどかったけど、お前と一緒に歩いてると気が大分紛れる」

「……ねえ、もう一ついいかしら」

「何だよ」

「あなたが誰か一人生贄を欲しがったのは、こうして散歩を一緒する人が欲しかったから?」


 だったら生贄、なんて物騒な言葉使わなくて良かったのに。そう思っているスピカから逃げるように視線をずらし、アルビレオは無言で首を横に振った。

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