復讐少女
私が自殺したのはこの人のせいです。
桑田有菜
そう書いて私は自宅で首を吊って自殺した。
学校の先生にも親には心配かけたくなくて何も言わず耐えてきた。
首謀者であるアイツだけは絶対に許さない。
アイツにも取り巻きはいた。一緒になってひどい事をしてきた。それが段々クラスに広がって、全員が私の敵になった。
私は人見知りで、物静かだったため、さぞ弄りやすかったのだろう。「やめて」とは言ったことはある。でもアイツは「根暗がアタシに命令すんじゃねーよ」と言って私を突き飛ばし、カバンで殴ってきた。
私はアイツになにか恨みを買うようなことをしたのだろうか。そんな覚えはないのだが……。大体、アイツには近づいたこともロクに話もしたこともない。クラスが同じだけの他人だった。
それなのにイジメは唐突に始まった。
物を隠す。変な画像と私の顔の合成写真をネットに流す。挨拶代わりのようなウザイ、死ね。ノートや机の落書き。他にもカツアゲや暴力も振るわれたっけ。雑巾やモップで顔を拭かれたり、弁当を捨てられてその代わりに虫を食べさせられたり。
それでも学校に行った。不登校になったら負けだと思った。
教室は戦場。
味方は誰一人いない戦場。たった一人で敵の攻撃に耐え続ける。そつぎょう勝つまで撤退命令は出ない。
そのはずだった。
そのはずだったのに私は戦意を失い始めた。
エスカレートしていくイジメにもう耐えられなくなった。こんな世界にいても何の価値もない。ただ苦しいだけ。それなら別の世界に旅に出よう。
そう思って手紙を書いた。憎いアイツの名前も書いて。
桑田有菜。
あぁ。名前を言うだけでも反吐が出る。
憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
そんな思いが募りすぎたせいか、私は別の世界に行けず、忌々しいこの世界に残ってしまった。
怨霊……なのかもしれない。
でもよくテレビで見る卍布(三角の布)や白装束を着ていない。いつも着ていた戦闘服——学校の制服だった。
まあベタな格好よりはマシかな。
何となくだけど、この恨みを晴らさなければ別の世界にいけない気がする。
物も掴めるみたいだ。でも鏡には自分の姿は映らず、掴んだペンだけが浮いていた。多分人前でやると怪奇現象に見えるんだろうな。壁も通り抜けられるようだ。
——アイツを私と同じ目に合わせてやる。
学校に行き、ドアを通り抜けてかつての戦場に入る。戦場は平和そのものだった。何事も無かったかのように。
その光景に腹が立ち、机や椅子を投げ飛ばしたくなったけど今はぐっと我慢した。
大きな話し声がする。その方向にはアイツがいた。
まずは何をしよう。教科書を盗んでみるか。
「あれ?」
「どうしたの有菜?」
「次の授業の教科書が無いんだけど……さっきまであったのに」
「えー? どこか別の場所に入れたんじゃない?」
ないないと言いながらカバンをひっくり返して探している。いい気味だ。
それから私はゴミ箱にそれを捨ててやった。
掃除中に友人の一人が見つけて渡していたんだけど、その時何ていったと思う?
「誰がこんなことしたのよ……最低」
…………………………は?
あなたはそれを私にずっとやってきたでしょうが。それは最低な事ではないのですか。わが身が可愛いんですか。そうなんですか。
これくらいでやめておこうと思ったけど、やっぱりもっと同じ目に合わせてやる。
次の日には物を隠した後、顔は拭けないからバケツに雑巾と泥水を入れて頭からかけてやった。香水の匂いが泥水の臭いに変わった。まあどちらも臭いことには変わりないけど。それから帰ったらシャワーでも浴びるだろうと予想し、浴室の鏡に落書きをして。
今、私は自由の身になった。誰に何も言われることはない。それが私の怒りを爆発させていた。
生きているときはそこまでの憎悪は無かった。
戦場からの開放。あぁ、なんて清々しいのだろう。それと比例するかのように憎悪がますます大きくなっていくのを感じた。
何で私のものは隠されたの。
何で私の合成写真なんかが作られたの。
何で私が虫を食べなきゃ行けなかったの。
何で私がモップや雑巾で顔を拭かれなきゃならなかったの。
何で私が。何で私が。何で私が。何で私が。何で私が。
何で私がこんな目に遭わなきゃいけなかったの?
憂さ晴らしでしょ? そんなのだったら誰だって良いじゃない。黙って耐えていたらいい気になって。
私の何がいけなかったの? 何もしていないじゃない。
私が死んだら、アイツは人殺し呼ばわりされて孤立するかなとか、先生に怒られて停学処分とかされるかなとか思っていたのに。なのにアイツは何事も無かったようにのうのうと生きていやがる。
絶対に絶対に。
「ゼッタイニユルサナイ」
***
最近、桑田有菜の周りでは妙なことが起こっている。
自分のものが毎日隠される。友人たちと話している時によく起こるから、友人たちが隠したとは考えにくいし何よりそんな疑いをかけたくない。
「毎日毎日アタシのものを隠して! 誰がこんなことするのよ……マジ最低」
「全くだよ。何が楽しいわけ?」
そう話しながら廊下を歩いているとバケツに入った泥水を頭からかぶった。振り返って見てもバケツが転がっていただけで辺りには誰もいない。逃げられたか。
「あーもう臭いじゃん……最悪」
泣きそうになりながらも友人たちに慰められて自宅に帰って一目散にシャワーを浴びに浴室へ向かった。
シャワーを浴びながらふと鏡を見てみると赤い口紅のようなもので
ゼ イ ユ サ
ッ ル ナ
タ ニ イ
そう書いてあった。
「何よ。何なのよもう! 誰がこんなことするのよ出てきなさいよ!!」
叫ぶが返事はない。誰が。何のために。
怖くてシャワーも浴びれずに浴室を出た。
誰もいない浴室にどこからか笑い声が響いた。
次の日。なぜか教室がざわついていた。何があったのか見てみると、自分の机には「死ね」と書いてあった。
「な、何なのよこれ……物を隠したり、泥水かけたり、鏡に文字書いたり!! 一体何なのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「お、落ち着いて有菜。今までのこと詳しく聞かせて?」
なだめられてようやく落ち着き、クラス全員がいる中今までの事を話していく。
その話を聞き終わると一人の男子が口を開いた。
「それってさ……お前が今までやってきたことじゃない? ほらこの前自殺した――×××××に」
『確かに言われてみれば……』『怨霊になって復讐しに来たとか?』『もしかして俺らにも復讐する気か?』『桑田さんのそばにいたら標的にされるかも……』『やだそれ怖い……近づかないでおこう』『俺らまで祟られたらやだもんな』『だいたい桑田さんが一番酷いことしてたもん』『そんなに加勢しなくてよかった』『今思えば最低だよ』『あんなことして自殺させるなんて……』『人殺しだな』
そんな囁き声が教室に響き渡る。非難を浴びる中、有菜はバンッと机を叩いた。
「あ、アタシが悪いっての? アンタたちも一緒になってやってたじゃない! なんでアタシだけなのよ。それにアイツが、アイツが勝手に死んだんじゃない!! アタシは悪くない……アタシが悪いわけじゃない!!!」
それからもずっとアタシは悪くないとわめき散らしていた。
***
「アタシは悪くない……アタシが悪いわけじゃない!!!」
嗚呼そうか。私が勝手に死んだのが悪いのね。そうか、そうか。ふーん。
「人殺し」呼ばわりされても自分は悪くないと言い張るのか。大した根性ですね。私の死は無駄死にだったのか……。駄々をこねる子供のようにわめき散らしてみんなから冷たい視線を浴びていてもなお悪くないと。
ただのゲーム感覚だったのかな。なんかもう怒りを通り越して呆れてしまったよ。
もういいですよね。決めました。
***
学校は気分が悪いといって早退した。
アイツの仕業なのか。死んでも恨み続けられるのか。
「アタシは……」
「『悪くない』と?」
「だ……——ッ!」
そこにいたのは、半透明の少女・・・自殺した少女だった。
「おや、見えるのですか」
「な、なによ……もう十分でしょ!? さっさと成仏しなさいよ!」
「どうでしたか? 私が今まで苦しい思いをしてきたのが理解できましたか?」
満面の笑みで近づいてくる少女。その笑顔が不気味で有菜は後ずさる。
「い、いや……」
「なにが嫌なのです? 私がしてあげた嫌がらせ? そういえば前あなた言いましたよね? 『嫌がっている顔見んのが最高に面白い』と。あの時は何なんだと思いましたよ。でも今ならはっきり分かります。ほんっとうに最高ですねハハ、アハハハハハハハハハハハハ」
高々と笑う少女。
しきりに笑った後、ふと真面目な顔になったかと思うとポケットからナイフを取り出した。
「ねぇ。もっとその顔見せてよ。嫌がって泣いている顔を。ねぇねぇもっともっと私に見せてよ。何処を切ったら痛いかな? 顔かな。それとも指? 指を一本ずつ綺麗に切ってあげようか。手首もいいよね。どんな声で啼いてくれるのか楽しみだなぁ!」
「や、め……」
声がかすれてうまく出ない。
怖い。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
イヤダシニタクナイダレカタスケテ
***
後日、少女の変死体が発見された。目玉は抉り取られ体は全て切断されており、内臓までもが部屋中に飛び散っていたという。
警察は凶悪な殺人事件として捜査していたが指紋など犯人の手がかりが一切つかめず、迷宮入りとなった。