表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生き返ってはみたけれど  作者: clein
ep.1──[初・蘇生!]
3/24

ep.1-2

「っぐしょん」



何度目かもわからないくしゃみが出て、鼻水が垂れてきた。

歯の根が合わず、ひっきりなしにガチガチと音を立てる。

寒さで頭も痛くなってきたし、本当に死んでしまいそうだ。


神様め、なんでいちいちこんな辺鄙な場所に現界させたんだ。

次に会ったら絶対に文句を言ってやる……。


ずるずると鼻水をすすって覚悟を決めると、ジタバタともがいて体全体を揺らす。



「それ!」



思い切り反動をつけて体を揺らした、その時だ。

首の後ろあたりからボキッという音がして、体が宙に投げ出された。



「あ、うわあああぁぁ……!」



心構えこそしていたが、準備はできていなかった。

突然のことに受け身も取れず、大の字のままうつ伏せに地面に落ちた。



「ってて……」



何の因果でこんな目に……。

現界したばかりだが、さっそく帰りたくなってきた。




情けない着地で地面に大きな人型の窪みを残すことになったけど、幸いにも雪がクッションとなりなんとか無傷だ。

装備している革鎧の中まで雪まみれで、すごく冷たい。




……革鎧?

僕はいつの間に革鎧なんて着ていたのだろうか。

立ち上がって身体中を見回してみると、腰には剣を、背中には丸盾まで担いでいた。


ひょっとして、神様からの餞別だろうか。

特別な力こそ無さそうなのは残念だが、それでもありがたいことには変わりない。



『もしもし』



唐突に、どこからか女の子の声が聞こえてきた。

抑揚のない平坦な声だ。



『聞こえてますか?』



声の主を探して周囲を見渡すけれど、月明かりに照らされた森に人の姿はない。



『下です、下を見てください』



声に従って下を見ると、僕の首に何かがぶら下がっているのに気がついた。

それは細い革紐のペンダントで、先には涙型の透き通るような黒い石がついている。



「なにこれ」



革紐を指でつまみ、黒い石を目の前まで持ち上げて観察する。

よく見れば、透き通るような黒い石の奥で白い光がふわふわと浮いていた。

見れば見るほど不思議なもので、ここが地球外の世界なんだと改めて実感させられる。



『はじめまして』

「……え?」



またさっきの声が聞こえた。

脳に直接語りかけてくるような、不思議な女の子の声。

まさかとは思うけど……。


「ひょっとして、さっきから呼びかけてきてるのって、君?」



意を決して石に語りかける。

端から見れば頭が狂ったのかと思われかねないが、ここは剣と魔法のファンタジーの世界だ。

石が喋ってもおかしくない。



『その通りです』



……なんてこったい。

もしかしたらと思ったけど、まさか本当に石と会話する日が来るとは思わなかった。



『私はフローレンシア様により構築された、魔導生命体です』

「ま、マドウセイメイタイ?」

『はい。あなたの世界で言うところの、"えーあい"というところでしょうか』



なるほど、AIか。

人工知能と同じようなものと言われれば、さすがの僕でも理解できる。

そういえば、脳に流れてくるこの声も、棒読みじみた機械音声みたいだ。



『私はあなた、桐原颯真様をサポートするように命令を受けています。わからないことがあればお聞きください』

「わかった」



なるほど、フロルさんが言っていた案内役とは、この子のことか。

右も左もわからないこの世界で、大いに助けになりそうだ。



「それじゃあ、さっそく聞いていいかな?」

『何でしょうか?』

「君の名前は?」

『名前、ですか……』



AIは言いづらそうに言葉を詰まらせると、そのまま押し黙ってしまった。



『私は桐原様がこの世界に降り立つのと同時に、つまりつい先ほど生まれたばかりの人格です。知識もありますし会話こそできますが、人格も未成熟ですし名前もありません』

「そっか……」



つまりは、人格は産まれたての赤ん坊みたいなものなのか。

神様め、せめて名前くらいつけてあげたらどうなんだ。



「じゃあ、まずは君の名前を考えよう」

『名前、ですか』

「うん、なかったら不便だしね」

『なるほど、それではせっかくですしお願いします』

「任せてよ! それじゃあ……」



これから一緒に旅をする大切な仲間の名前だ、ちゃんとしたのをつけてあげないと……。

声的に女の子だろうし、可愛い名前がいいかな。








「……ネコ子、とか?」

『……ドン引きです』

「え」



猫は可愛いし、女の子らしい名前にくっつけたら可愛くなると思ったけど、ダメだったのかな。



『データベースを参照したところ、現代の地球においては"ダサい"を通り越して"あり得ない"に分類されています』

「…………」



そこまで言わなくてもいいじゃないか……。


ネーミングセンスが絶望的だと、妹に散々文句を言われた嫌な記憶が蘇ってきた。

ワン太郎(僕命名)、元気にやってるかなぁ……。






『あ、いい名前ありました。私は"可愛い"ジャンルより、"リッカ"を選択します』

「もうそれでいいんじゃないかな」

『では、私のことはリッカとお呼びください』



……この子、本当に生まれたてで人格が未成熟なのだろうか。

やたらと人間臭い気がする。



『それから、私にはLv(レベル)判定機能もあります。必要な時は言ってください』

「Lvって、ゲームみたいな感じの?」

『その通りです。Lvを上げるとステータスが上がり、力や素早さが上昇します。なお、頑丈さなどはあまり上がりませんのでご注意ください。どれだけLvを上げても死ぬときは簡単に死にます』

「へ、へぇ……」



なんだか、とんでもない世界に来てしまった気がする。

……けれど、考えようによっては短期間で強くなれる可能性もあるわけだ。

強くなるために何年も鍛練が必要、なんてことになってしまっては目も当てられない。

その点では、このわけのわからない世界の方がありがたい。



『ちなみに、これはフローレンシア様のイタズラ……ではなく、実験でこうなっております。苦情はご本人へどうぞ』

「……またか」



またあの人(?)か。

ただのイタズラでヘンテコな世界を作らないで欲しい。


……そうだ、強さをLvで表せるなら、いい機会だし僕のを測ってもらおう。



「僕のLvとかはわかる?」

『もちろんです。颯真様は現在Lv3です』

「よっしゃ!」



初期値だしLv1かと思ったら、なんとLv3だったのだ。

某ゲームで考えれば、弱い敵相手なら十分に戦える強さがある。

なんだ、案外簡単に───



『人間族成人男性の平均値はLv5です』

「え……?」

『つまり、颯真様は"貧弱"の部類ですね』



……そう簡単にいくはずもなかった。

部活で鍛えてたしそれなりに自信はあったんだけど、それでも平均以下って……。



「はぁ……」



ちょっとショックだ。

こうなったら、早いとこ敵を倒しまくってLvを上げるしかないか。







そうやって決意を固めていると、さっきより幾分か強いリッカの声が頭に響いた。



『この反応は……颯真様、付近に魔物が!』

「ま、魔物!?」



突然のことに声が裏返ったけど、これはいい機会だ。

倒してLvを上げてやる!


腰から剣を抜いて背中から丸盾を取り、その場で身構える。



『敵は一体です、ご注意を』

「わかった」



月明かりの中、敵の姿を見つけようと周囲を見渡す。

戦いなんて初めてで、心臓がうるさいくらいに激しく拍動している。










……いた!

何メートルか先の枯れ木の影だ。


月が二つあるだけあって、夜中だというのに結構明るい。

そのおかげで、枯れ木の影からこちらを窺う魔物の姿がはっきりと見えた。




そいつは薄緑色の球体で、弾力のあるゲル状の体をひっきりなしにぶよぶよと動かしている。

そして、転がるようにしてゆっくりとこちらに向かってくる。




……間違いない。

色も違うし、あの特徴的なニヤケ顔もないが、あいつは間違いなくスライムの類いだ。

スライムといえば雑魚中の雑魚、キングオブやられ役にして序盤のおいしい経験値。



「……ふっ」



僕の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。

サクッとスライムを倒して、景気付けがてら経験値をいただくとしよう。



『魔物のLv測定を行います』

「いや、いらないよ」



リッカの声を遮り、雪に足をとられて転ばないように注意しながら走り出す。

雪はさほど深くなく、せいぜい脛まで埋まるくらいだ。

注意していれば転ぶ心配はないだろう。



「でやあああぁぁ!」



右手に持った剣を、思い切り頭上に振り上げる。

剣なんてろくに振ったことはないけれど、叩きつけるくらいのことはできるはずだ。



『無茶です!』



リッカの制止も振り切って、僕はスライムに剣を叩きつけた。

ぶよん、と斬ったというにはあまりにも微妙な感触が伝わってきて、剣がスライムに埋まった。

そのままほとんど抵抗もなくスゥーっと斬れて、ゲル状の身体が真っ二つに両断された。




……決まった。

フロルさんはないって言ってたけど、僕には案外剣の才能があるんじゃないか?

初めて振った剣で、スライムとはいえ魔物を真っ二つに───



『まだです!』

「え?」



突如響いたリッカの声で現実に引き戻された。

目の前のスライムを見ると、そいつは絶命するどころか元気に動き回っていた。

……それも、二つになって。

元々は僕の腰くらいまであった球体が、半分ほどの大きさになっている。



「嘘ぉ!?」



なにそれ聞いてない。


二つに別れたスライムの、左側にいた片割れが大きくへこみ、その反動を使って飛び上がってきた。

偶然にも、スライムは左手に持っていた盾にぶつかったが、それでもすごい衝撃だ。

踏ん張ろうともしたけど呆気なく押し切られ、たまらずに二、三歩後ずさった。


そして目の前には、もう片割れのスライムが迫ってきていた。

スライムは真ん中から上下に裂けて、まるで口を開いているかのような格好だ。



「うわっ!」



咄嗟に顔を庇って突き出した剣に、スライムが食らいつく。

上下から挟まれた剣は、ミシミシと悲鳴じみた音を立てながらひしゃげて、完全に折れ曲がってしまった。



「い……」



そのとんでもない圧力を目の当たりにして、背筋に冷たいものが走った。

もし剣で防げずに頭を飲み込まれていたらと思うと……。

自分の頭を食らい潰される姿が脳裏をよぎり、腰が抜けかけた。

剣を取り落として、さらに数歩後ずさる。



スライムは剣を完全に飲み込んで、まるで咀嚼するかのようにぶよぶよと脈動する。

ものの数秒で剣は見えなくなり、心なしかスライムが一回り大きくなっているように見えた。


……というか、絶対に大きくなっている。



『魔物はLv12です、勝ち目はありません!』



リッカの報告に僕は絶望し、己の迂闊さを呪った。

スライムが雑魚だなんて決めつけなければ、せめてLvだけでも聞いておけば……!




……いくら後悔したところで後の祭りだ。

武器もないのだから、こうなったらさっさと逃げるしかない。



「あっ……!」



踵を返して逃げようとしたところで、雪に足をとられて転んでしまった。

口の中にまで雪と混じった冷たい土が入ってくる。


立ち上がろうとするけど足が滑り、情けないことにまた雪に顔を突っ込んでしまった。

それでも死にたくない一心でじたばたともがき、雪まみれになりながらもひっくり返る。

見れば、二体のスライムは大きくへこみ、飛びかかってこようとしていた。



『早く逃げてください!』



リッカの声が聞こえたけど、今度こそ完全に腰が抜けてしまったみたいだ。

立ち上がることもできず、みっともなくジリジリと後ずさることしかできなかった。



「く、くるなあぁああ!」



喉を枯らして叫ぶけど、知性すらなさそうなスライムに、慈悲など望むべくもない。

ゲル状の身体の一部を飛び散らせながら、二体とも高く跳躍する。







……終わった。

魔物を雑魚だと甘く見て、油断していた結果がこれだ。

馬鹿馬鹿しすぎる死に方に涙も出てこない。

ただ呆然と、僕の頭を目掛けて落ちてくるスライムを見上げる。





















───それは、スライムが僕の頭を飲み込む寸前のことだった。



「二連・火炎ノ呪!」



どこからか飛来した炎の球が二体のスライムを正確に捉え、吹っ飛ばしたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ