【離別】-第二話-
――翌朝――
「キャッキャ ケラケラケラ」
わたしの笑い声で目覚めた父の目に飛び込んできたのは
「高いたか〜い♪高いたか〜い♪」
と鼻歌混じりで、わたしをあやしてる母の後ろ姿だった。
「ずいぶん早いんだな〜」
「あっ!おはよう。起きたの?」
振り返った母に、父はドキッとした。
そこには、少女のように、キラキラ輝いてる、母がいたからだ。
髪をアップにし、化粧もきちんとしてあるからだけではない。
笑顔が、とても可愛らしくみえた。
「久々に帰れるからなぁ〜嬉しそうだな」
「えぇ! いつもより早く目が覚めちゃった」
「早く出たいのか?」
「そうね。実家に着いたら、ゆっくり美容院に行きたいから、早めに送ってもらおうかしら」
「そうか。わかった」
父はササッと着替え、
「美女〜ママ疲れちゃうぞぉ〜布団に寝ててあげなさい」
と…手を差し出そうとすると…
「大丈夫よ!」
そう言って、手を振りほどいた母の顔は、さっきまでの、少女のような笑顔の母ではなかった。
「ねぇ〜大婆ちゃん達に逢わずに行きたいんだけど……」
母の申し出に、父は顔をしかめながら言った。
「挨拶しないでいいのか?」
「うん。帰るって言ってあるし、顔合わせると帰りずらいし」
「そんなもんかなぁ……」
そういうと、車のキーを持って立ち上がった。
行きの道も、ずっとわたしを抱き、頬ずりしている母に
「ずっと抱いてて疲れないか?」
「いいじゃなーい♪大丈夫よーたまにだもんねー♪美女♪」
『俺が、この二人を、幸せにするんだ』と、思った瞬間だっだそうだ。
――それから数十分後――
母の実家に着くと、今か!今か!と待ち構えてたお婆ちゃんが、車に駆け寄ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえり。美女おっきくなったなぁ。あっ! ふみ子、今日は美容院に行くんだろ?早く行っておいで」
そういうと、嬉しそうに、わたしを抱きかかえた。
父は荷物をおろし
「お義母さん。宜しくお願いします。正月には、俺もお邪魔しますよ」
「はいよ。待ってるよ。ご苦労様」
帰ろうとする父に…
「あっ! あなた……あっ! なんでもない。気をつけてね」
そういうと、ニッコリ笑って手をふった。
「お母さん、わたしも、美容院行って来るわ。予約だから」
「ああいいよ。行っておいで」
「じゃぁ、美女のことお願いね」
そう言って出かけていった母
四時間がたち……
六時間たち……
気付くと、時計は夜の9時をさしていた。
「どうしようねぇ……うちの娘……どこいってるんだろうねぇ」
祖母は、祖父と、家を出たり入ったりしながら待っていた。
祖父が一言
「嫁ぎ先に戻ってるかもしれないぞ。電話してみろ」
「でも……帰ってなかったらどうしましょ」
「美容院には、本当に行ったのか?」
「それがね……さっき電話したら、いつも行ってた所に、行ってないんですよ。どこに行ったかわからないわ」
「友達と会うとか、何とか、言ってなかったのか!」
「とくには……とにかく……もう少し待ってみましょ」
祖母は、祖父を説得し、待つことにした。
ジリリリン ジリリリン
祖母は電話に駆け寄り、急いで受話器をとった。
「もっ、もしもし!!」
「あっ……もしもし、お義母さん?」
「なんだ……あきおさんか……」
「なんだっ……て……あのー何かあったんですか?」
「いや……あのね……どうしようかねー」
「どうしようって?美女に何か?!」
「いや……美女はグッスリ眠ってるよ……あの……」
「ふみ子が帰ってこないんだよ……」
「えっ?!」
「友達のとこかもしれないと思ったから、連絡しなかったんだけど」
「と、とにかく! 今から行きますから!」
父は車の鍵を握り締め、祖父母には友達の所へ行くと言い残し、車を飛ばして母の実家へ向かった。
車の中で色々考えても、母の行き先が思い浮かばない……
『何故だ? 今朝、笑って手を振っていたのに……何処へ……』
――母の実家へ到着――
車を降り、泣いてるわたしの所へ駆け寄る。
「お義母さん!」
祖母は泣いてるわたしを、立ってあやしながら、困惑した表情をしていた。
父の姿を見ると、張り詰めていた何かが、プツリと切れたかのように、わたしを父に預け、ヘタッと床に座り込んでしまった。
「どうしちゃったんだろうねぇ……事故にでも合わなきゃいいけど」
祈るように呟いた祖母……
祖母は、ただただ……母の無事を祈っているようにみえた。
「友達には連絡しましたか?」
「いーや……まだどこにも……」
父は、母が一番親しくしていた友人に、電話をする事にした。
プルルル プルルル
「はい、もしもし」
「あのー、夜分おそくにすみません……千恵子さんご在宅ですか?」
「はい……わたしですけど……」
「あの!自分は、ふみ子の夫で、あきおと申します」
「あっ……」
暫しの沈黙
「もし、もし」
「あっ、すいません。もしかして……ふみ子……居なくなっちゃいました?」
「えぇ! 実は、美容院に行ったまま帰ってこないんですよ。」
「やっぱり……実は……昨日久々に、ふみ子から電話もらったんですよ。その時に……」
それから母の友人は、自分が知ってる事を全て話してくれたそうだ。
母には好きな人ができてしまっていたこと……。
その人と逃げたいと言ってたということ……。
美女が邪魔になったということ……。
「ありがとう……ございました……」
父は、そう言いながら受話器を戻した。
父が振り向くと同時に……
「ふみ子は?どうしたって?」
祖母も祖父も身を乗りだして父に問いかけた。
「ふみこ……好きな奴がいて、そいつと逃げたんじゃないかって……美女もじゃまになった様子だったって……」
二人とも、驚き、顔色を変えた。
「すまんな……あきおくん」
祖父が頭を下げた。祖母は、声を押し殺して泣いていた。
「俺も、今夜は帰って、皆に話して、明日またきます……」
「これからの、美女のこともありますから……」
「あっ、今日は、もう晩いし……美女は、泊めてもらってもいいですか?」
祖母は、わたしを抱きしめ頬ずりしたままコクリと頷いた。
車に乗り込むと、それまで気丈にしていた父に震えがきた。
『嘘だろ! 何で! どうして!』
どうやって帰ったかもわからず、気付くと自分の布団の上に座り込んでいた。
「あぁ……もう夜が明けたんだ……」