嫌いなものについて
クラスで打ち上げに行こうという誘いが来ました。
男女三十人ほどの大所帯で。
僕は、断りました。理由は二つ、大勢が「嫌い」ということと、合コンみたいな雰囲気が「嫌い」だから。
そこで、「嫌い」ってなんだ?という考えに至ったので、嫌いなものについての考えを綴らせていただきます。
嫌いなものと聞いて、思い浮かぶものがあるだろうか。僕には山程ある。
よくわからないのに批判してくる人、自分が正しいと思っている人、自分が魅力的だと勘違いしている人、
きのこ全般、厚化粧、汚物、
他にもたくさんある。
では、これらに共通するものはなんだろうか。
不快感を与えるもの。
簡単にいえばそれが一番しっくり来る。
上三つはだれもが共感するだろう。きのこは口に合わない。厚化粧は飾りすぎて気持ち悪い。
では、嫌いなものを減らすためにはどうすればよいのか。
食べ物の味や人格など、自分では変えられないものがある以上、そんなことを考えても堂々巡りだろう。
だが、視点を変えてみれば案外簡単に解決する。
関わらなければいい。
嫌いなものとの関わりが無くなると、その物に抱く気持ちは「嫌い」から「どうでもいい」に変わるからだ。これは、短い僕の人生でも気付くことができた。
例えば、前のクラスに嫌いなやつがいたとする。今年は違うクラスになり、関わることが減っていく。そしたら、そいつのことなんかどうでもよくなっている。
身をもって体験したことだ。
では、関わりが切れない場合はどうするのか。
断言すると、そんなものは存在しない。
多くの人が知っていて、地球上に広く分布している虫を例に挙げてみる。虫との関わりを無くしたいなら南極に住めばいい。冗談かと思う人も居るかもしれない。少し大袈裟に言ったが、つまり、それが居ないところに行けばいいという意味だ。
職場のやつが嫌いなら、別の仕事を探すか、今の職場をそいつが居ない、居れない場所にしてやればいい。
それをする方法がないなら、勇気がないなら、ずっとこのままの状況を我慢するしかないだろう。
僕は、嫌いなものが山程あっても耐えている人を尊敬する。
だが、そうなりたいとは決して思わない。気に入らないものは、視界から消してしまう。僕は、そんな人生を歩んで行きたい。
長い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。




