第9話 好きの理由
「……ごめん。せっかく気を遣ってくれていたのに。GW初日にこんな暗い話をして」
湊さんは静かに首を横に振って。それから、母さんの写真と隣に咲く赤と白のブーケを見つめていた。
「母の日に贈る。定番のカーネーションですね」
「ドライフラワーにしてみたんだ。予定より早く完成して、母の日はまだちょっと先だけど」
「立派です。お母様も喜ばれていると思います」
湊さんはこちらの話に耳を傾けたうえで、自虐や、ネガティブな話題は極力広げないようにしてくれる。それがいつもありがたくて。勉にだって初恋の子に関する話は詳細に語ったことはなかった。
「お母様、とてもお綺麗な方ですよね。写真越しでも上品さを感じて。蒼い瞳に髪色がバターブロンド? 海外の方の血を継いでいらっしゃるのですか?」
「純日本人だよ。俺が物心つく頃には染めていて、黒髪だった頃の記憶はほとんど残ってないけど。母さんは名家の生まれだったみたい」
母さんの旧姓を挙げると、お嬢様である湊さんが驚いていた。それくらい由緒ある家だ。
「親父はその……特殊、というか。本人も隠してないから言うけど施設育ちだったらしいんだ。それで一緒になるのを猛反発されたみたいで。母さんは家族との縁を切られていて、俺も陽和も、祖父母とは会ったことがない。葬儀にも来てくれなかった。……あはは、酷い話だよね」
当時は本気で腹が立った。今となってはもはや他人以上に他人なので、どうでもいいとは思ってる。
「それで血筋のせいかな。母さんはその場に佇むだけで視線を集める、そんな華がある人だった。変な男やおばさんに絡まれることが多かったそうで。だから俺や陽和を守るために魔除けとして染めたんだと、親父に教えてもらった。結構そういうのあるみたいだね」
出産を機に派手に外見を変えるというのは、よくあるのだとか。特に芸能人とか。
「……お話を聞いていて、ひとつ納得したことがあります」
「なにかな?」
湊さんが積まれた漫画をひとつ手に取り。表紙ヒロインと同じ、優しい表情を俺に向けてくれる。
「遠坂くんは、お母様を心から尊敬していて、愛していた。だから、今でも年上で長身の金髪女性がお好きなのですね」
「え…………………………あっ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
机におでこをぶつける勢いで、俺は自分で集めた漫画たちから目を逸らす。
無自覚だった。今までずっと。パズルのピースをはめるように、パチリと納得できてしまった。人の好みなんて自然に生まれるものだと。これまで自分の好きを深掘りする機会なんてなかった。
俺が年上長身の金髪ギャルを追い求めていたのは――母さんの面影を追っていたからだ。
「………やば……それ、マザコンってこと……じゃん」
顔が熱い。耳まで真っ赤になっていると思う。あまりに子供っぽい理由。
湊さんはスカートを抑えながら立ち上がると、冷蔵庫の側面に掛かっている袋に丁重に触れる。
「遠坂くんが使っているお弁当袋と同じ刺繍です。陽和ちゃんと……お揃いなのですね」
「……俺も陽和も不登校児になって、時間だけはあったから。お互い中学から復学したんだけど。中学生が使うには幼稚だと嫌がられて、飾りになってるものも多いよ」
「こうして毎朝、目の届く場所に置いてあるというのは。陽和ちゃんにとって、使うのが惜しいくらい大切な物だからではないでしょうか」
「そうなのかな……」
「陽和ちゃんだけじゃない。家のことをすべて、お母様の代わりを遠坂くんが……」
「親父がさ、不登校児になった俺と陽和のために今の仕事を辞めようとして。でもそんな余裕……あるはずないし。母さんが応援していたの、知ってたから。……後押ししたんだ。家に居る間は自分のことは自分でやる。陽和のことも任せろって。だって――本当は、親父が一番辛いはずなのに。人生の多くの時間を費やして得た立場を、好きなことを諦めろなんて。このままじゃ親父までいなくなってしまうんじゃないかと、怖くなって、そうするしかなくて……」
俺が母さんの代わりに、大人たちに支えられながら家の用事をするようになり。それは復学してからも続いた。教科書ではなく家事本を読んで、暇さえあれば編み物をしていた俺は、同じ学生からは異質に見えたかもしれない。
実際イジメの対象にされた。理由は――男らしくないから。
女に媚びを売ってるとか。女々しいだとか。裏で言われ続けていた。
そもそも中学は小学校の延長だし、人間関係もそう大きく変わらない。初恋の子をイジメていた連中は何食わぬ顔で、過去を忘れて俺のことを馬鹿にしてきて。
一度不登校を経験していた俺は、二度目のドロップアウトも時間は掛からなかった。無理をして学校に通う理由もない。それより大事なものがあったから。これは……後付けの言い訳に過ぎないけど。
――勉と出会ったのはその頃だろうか。
アイツは、父親から虐待を受けていた過去があった。同じくDV被害を受けていた母親と妹を守るために、ある時父親に反撃して、大怪我を負わせて―――母親から拒絶されてしまったらしい。お前も本質は父親と変わらない。怯えた表情を向けられそう言われたんだそう。
勉は学校もほとんど通っていなくて、ある日たまたま、気まぐれでやってきて。俺をイジメていた連中を『気に喰わない』と、男女平等に片っ端からぶん殴っていったらしい。そしてすぐ出席停止になっていた。俺も学校側から話を聞いて(仲間だと疑われて)びっくりして、直接本人に事情を聴きに行った。
『誰だよ。お前のことなんてしらねーし。勝手に仲間意識持つんじゃねーよ。ぶっ飛ばすぞ』
当時の勉は、今以上に刺々しくて。いつ爆発してもおかしくないくらい、危うい子供だった。別に俺と面識があったわけでも、助けようとしてくれたわけでもない。ただ虫の居所が悪かっただけ。それだけで暴力事件を起こし、周囲の大人からも見放され。親からも拒絶されて。たったひとりで生きていた。
俺は脅しに屈さず辛抱強く関わった。一度や二度、殴られたこともあったかな。でも気にせず話しかけた。多分、初恋の子を救えなかった後悔が、俺を突き動かしていたんだろう。放っておけなかったんだ。
いつしか勉が折れて、家に遊びに来てくれるようになった。
そして勉は――引き篭もっていた陽和を、部屋から引っ張り出してくれたんだ。
『お優しい兄貴が、いつまでも傍にいて守ってくれると思うなよ』と脅しつけて。陽和は部屋から飛び出し『おにぃはいなくならないで』と俺に泣きついてきたんだ。
三人で失った青春を、遅れを取り戻すために必死に勉強して、時には全力で遊んで。陽和が中学制服に身を包んだ姿を、入学式を、勉と一緒に見届けることができた。
復学した陽和は明るくなって、俺に、家でもできる趣味を勧めてくれた。
多分、このままだと俺が周囲に溶け込めず社会的に孤立すると思ったんだろう。
おかげさまですっかりインドア派になってしまったが。拗れて陰キャになったけど。
「――改めて自分でも振り返ってみるとさ、辛いことも多かったけど。色んな出会いに支えられて、今があるんだなと思うよ。親父は親としての立場があるのに、周囲の批判も受け止める覚悟で、子供の俺を信じて任せてくれた。陽和は遅れを取り戻すため必死に努力して、人気者になっても、変わらず手伝いをしてくれるし。勉は……世間的には問題児だけど、やっぱり俺にとって唯一無二の親友で。俺はきっと、恵まれているんだ。決して不幸なだけではなかったと、胸を張ってそう言えるよ」
「その言葉を紡ぐことができる遠坂くんは……とても強い人です。本当に、心から尊敬します」
「俺より苦労している人は、頑張っている人は世の中たくさんいるからね」
「ご家族にとって、お友達にとって、貴方は数十億人中のたった一人です。遠坂くんが私のお兄さんだったら、絶対周囲に自慢しちゃいます。誰かにとられそうになったら、きっと相手の方に意地悪してしまう。だって、こんなにも……ごめん、なさい…………わたし、ずっと……知らなかった……から……」
湊さんが途中で涙ぐんで、言葉を詰まらせてしまった。
釣られて俺も目頭が熱くなってくる。我慢しても視界がぼやける。
「……ダメだな、昔から男らしくないって言われていたのに」
「泣かないことを誇るよりも……誰かを想い涙を流せる人こそ、真に強くて素敵な人だと思います」
「それなら湊さんこそ、強くて素敵な人だよ。とても、とても」
「も、もうっ。今は遠坂くんの話ですっ! 遠坂くんが素敵なんです! 私よりずっとずっと!」
俺の言葉に動揺して、珍しく湊さんが慌てふためく。幼子みたいにムキになっていた。そうして、湊さんが肯定してくれるから。俺のダメなところも含めて、許してくれるのだから。
「遠坂くんが自分の頑張りを認めようとしないから。陽和ちゃんだって拗ねちゃうんですよ? もっと自分に優しく、労わってあげてください」
「……うん。ありがとう」
やさしく包み込むような声色と、全力で受け止めてくれる姿が、どこか母さんに似ていて。自己肯定感を否応なしに高められ、俺は俺自身を、少しは認めることができた。かもしれない。
「湊さんは――とてもかっこいいよね」
「えっ」
「生き様というのかな……言葉に、人を動かす力が宿っているんだ」
自分ばかりが褒められるのもむず痒いし、俺も思っていたことを言葉にする。
「わ、私が……かっこいい、ですか」
湊さんが言葉を反芻する。きっと言われ慣れていないんだろう。
かわいい、きれい。彼女を端的に評価する言葉は他にいくつもあるのに。
女の子にかっこいいは間違いだったか。
でも、咄嗟に出たとはいえ本心からの言葉だ。
「俺はその……今の立場は必要に迫られてなところも大きいけど。維持できているのは周囲の助けがあってこそだけど。湊さんは自分から変わろうと思い立ったんだよね。自分で考えて、自分で動いて、ときには誰かの力を借りて、ひたむきに進んでいて」
湊さんほどの人気があれば、自身が変わらずとも、周りが勝手に合わせてくれるはず。彼女はそれではいけないと思い行動したんだ。簡単にできることじゃない。
白馬の王子様を待つのではなく、自らが馬に乗って王子様を助けに行く。そんな騎士の心を持ったお姫様。
「そういうところ、かっこよくて憧れるんだ。俺もそうありたいから。だから、ずっと目標にしてる」
「……え……あ……ああ……あぁぁ」
湊さんの顔がみるみる朱色に染まっていく。口をぱくぱくとさせて、俺を見上げて。
「……あう……うぅ……うぅぅ」
……え、なにこの空気。
「……どして……わた……ぐすっ」
湊さんが声にならない声で唸っている。ついにはぽろぽろと涙が零れて。
なにがマズかった!? ノンデリだった!? やっぱりかっこいいはダメ!?
どう声を掛けていいのか、泣いている女の子を前に、俺はあまりに無力だった。
「なーんか、さっきより仲良しになってない……? この短時間で、どういうことなの……」
「ひゃぁっ、陽和ちゃん!?」
湊さんが悲鳴をあげて俺から距離を取った。
部屋から出てきた陽和が、不満げにこちらを覗いていたのだ。
着替えてきたのか、ちょっぴり化粧もして余所行きの気合を入れた格好。リボンで結んだアンダーツインテールになんてしちゃって。ロリータ系が似合う妹です。
ごめんなさいと、湊さんは小さく呟いて。指で涙を拭い、ちらちら俺の方を見ながら前髪を弄っている。これって仲良しに見えるのだろうか? よそよそしくなってるような。
「……雰囲気あやしい。兄貴、もしかして先輩になにかされたの?」
「心配する相手を間違ってるよ」
「家族を信頼してるもん。兄貴は女の子に酷いことできないって。どちらかといえば……酷いことされる方だと思ってるし」
「それ喜んでいいやつ?」
実際俺から女子に触れる勇気なんてないので、正解かもしれない。
「ところで陽和、宿題の進捗は?」
「あー話逸らした。全部終わってますけど! もともと大した量でもなかったけどね。ひよは優等生ですから」
「そっかえらいぞ、ひよ」
「ひよちゃんえらいです」
「ありが――うっさい! 子供扱いすなっ! どさくさに紛れて先輩も!」
「ふふっ、陽和ちゃん、お人形さんみたいでかわいらしいです」
「ふ、ふんっ。おべっかは効かないしー」
バタバタとやってきては俺を盾にしつつ湊さんに威嚇する。
陽和のおかげで変な空気になっていたのが元通り。湊さんも正気に戻っていた。
それから陽和も入れて、アニメ鑑賞と漫画談義に花を咲かせた。
お昼にはそうめんを茹でて。少しの薬味と流しの機械で早めの夏を楽しんだ。
そしてティータイム。湊さんが待ってましたとばかりに冷蔵庫から箱を取り出す。丁重に取り出されたショートケーキはまるで芸術作品のような神々しさ。そして若干の懐かしさも。行列ができる老舗の有名洋菓子店の看板商品。
「これ……こんなに綺麗だったんだ」
「ひよちゃん?」
「なんでもないです。中学生のお小遣いで買うには、高そうだなって」
陽和はせっかくだからと写真を撮ってSNSに投稿していた。
俺ももったいなくて中々フォークを刺せないでいると、なにを勘違いしたのか陽和が、
「兄貴は筋トレ馬鹿になってるから、ショートケーキなんて脂質の塊食べたくないんだってさ」
謎に勝ち誇った表情を湊さんに向ける。
「ご、ごめんなさい。私の配慮が足りていませんでしたね……」
湊さんが申し訳なさそうな顔をする。おい陽和、なんて意地悪な。
筋トレなんて所詮自己満足でしかない。責任なんて感じる必要ないよ。
「ちょっとまって」
アプリを使いPFCバランスを自動計算。
脳内でマッチョさんたちが会合している。そして結論。
「――チートデイ。今日は好きなものを好きなだけ食べていい日にしました」
「ええっ、なにそれ本当にチートじゃん。なんでもありじゃん!」
「何事もモチベが大事だからね。継続は力なり。実のところ、むしろ積極的に食べていかないと、油断するとどんどん痩せてきていてさ」
「えっ、ちょっと、だから休めってずっと言ってるじゃん!? オーバーワークは脂肪より先に筋肉から落ちるっていうし、兄貴が倒れたら親父今度こそ仕事やめるんだよ!」
「遠坂くん……遠慮せずいっぱい食べてくださいね? よかったら私の分もどうぞ」
「あぁ、ごめん違くて、心配するほどのものでもなくて。運動して代謝が良くなってる証拠だから。ケーキも夕飯もしっかりいただきますので!」
ケーキと一緒に用意していた紅茶とコーヒーも並べる。
慎重にフォークを入れて、一口。上品な甘さが脳内いっぱいに広がる。
「ひよちゃん、ケーキはお口に合いますか?」
「うん! とってもおいしい。それに懐かしくて……ありが――だから先輩はひよちゃん呼びすんなし!」
口元にホイップを付けた我が家のおひよちゃんがお怒り。うーん幼女みが増している。
「兄貴、ひよのもお食べ」
「へ? 同じケーキだけど」
「いいから口あける!」
口の中にイチゴの酸味が広がる。
メインディッシュを譲って、陽和は満足そうにしていた。
「マカロンもありますよ。お好きなのをどうぞ。ひよちゃん、紅茶のおかわりはいかがでしょう?」
「だーかーらー! あ、おいし……おいしい……先輩はひよいうなぁ!」
湊さんは陽和をいたく気に入った様子で、どれだけ生意気言われても、終始ニコニコで甘やかしていた。天性のお姉ちゃんだった。
俺はその様子を眺めながらこっそりスマホで値段を調べ後悔。トータルでフルプライスのゲームソフトを食べているようなものじゃん。……こんなのをご馳走になっていいのかなぁ。
ゆったりとした時間が続く。気が付けば外は夕暮れ。
「先程ひよちゃんと相談して、今晩の夕食は私たちが作ることにしました」
「そうだよ。兄貴はそこでじっとしてるんだよ! 実はもう用意しているとかはナシだからね!?」
陽和の監視込みで俺はまた強制休み状態に。ちなみに夕食は用意していない。湊さんがいつ頃帰宅するか予測できなかったので、場合によっては外食も考えていた。
「ふんふん♪」
「ひよが先輩面しようと思ってたのに……そこまで実力差がない……」
以前湊さんは謙遜していたけど、他所の台所でも順序立てて効率的に進めていて。陽和も悔しそうにその実力を認めていた。長い黒髪を束ね、紐を揺らし、エプロン姿が妙に色っぽく。これは……クラスの男子に呪い殺されても文句は言えないような。
「ひと通り完成しましたが。どうでしょう」
「うんうん、完璧だよ。俺が思い描いていたとおりにできてる」
「まぁ、ひよも手伝いましたし? 当然だね。……てかまた鶏肉だし」
鶏むね肉ときのこの和風パスタとサーモンサラダ、コーンスープのセット。献立は元から決めていたもので、材料もレシピも使った器具も同じなはずなのに。作り手が違うともう匂いからして違う。これが女子の手料理(妹は除く)という付加価値。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
湊さんは門限があるそうなので、残念ながら一緒に夕食とまではいかなかった。
自分が口にしない料理をあれだけ真剣に作ってくれたのだ。ありがたくいただかねば。
「こちらこそ助かりました。その……色々と話を聞いてもらえて、自分でも大切なものを再確認できたというか……言葉にするって大事だね」
「私も……同じです。苦手を克服したい理由がひとつ増えました」
気になったので理由を聞いてみるも、湊さんは少し頬を染めながら「内緒です」と目を細め微笑む。
「遠坂くん、次は和菓子ですからね。餡子さんはたんぱく質も豊富で美容と健康に良いとのことなので。期待していてくださいね!」
次の約束。湊さんはお土産に栄養面の配慮までしてくれていた。
また彼女が遊びに来ることに抵抗がなくなるくらい、濃密な一日だった。
「あはは。それが続くと俺の番のハードルが上がるから。ほどほどにしてもらえると助かります――――――あっ」
言い切ってから、失言だったことに気付く。湊さんの瞳の奥が輝いたようにみえた。
「ふふっ、遠坂くんのお土産も期待してますね? 言質は取りましたから。いつでもお招きできるよう、お部屋のお掃除しておかないとっ」
見事に拾われてしまった。湊さんの家はハードルが宇宙にまで伸びるよ……。
迎えの車が動き出す。窓から手を振る湊さんが小さくなる。
本人は否定したがっているけど、根っからのお姫様キャラだよなぁ。
「え、なんか自然と約束してましたけど、あの人また来るの……? てかあれ成金が良く乗ってる車じゃん。兄貴、騙されてるって!」
陽和が嫌そうな顔をする。人見知りであってもここまで過剰に反応するのは珍しい。……ふと湊さんの言葉を思い出す。兄を盗られてしまうと、勘違いしてしまった妹の嫉妬だと。
事実かどうかはさておき。俺を心配してくれる陽和はいつだって愛おしい。
「こら。兄の数少ないお友達を悪く言わない」
「だってだって、急すぎるよ。オタクなんてちょっと優しくすると、す~ぐ絆されるんだし! 挨拶したり、消しゴム拾っただけで告られるんだよ!? そんなつもりじゃなかったって断ったら、男を唆す悪女みたいに言われてさ。ひよなーんにもできないじゃん!」
「その手の話で、惚れられる側の意見を聞くの初めてかも」
「それにどうせ……釣り合わない。あんな絵本に出てくるお姫様みたいな人。一緒に居ても辛いだけだよ」
「そこは俺がもっと努力する。頑張るから。お友達だと、胸を張って言えるように。釣り合えるようにさ。兄貴をさ、もっと信じてよ」
「はぁ………………兄貴はこれだから。まぁ別に、それで諦めるような人は最初からお呼びじゃないけどさ。ちょっとだけ、あの先輩には同情しておく」
陽和がじとーと俺を見上げている。しかも溜め息までついて。今の決意表明におかしなところあっただろうか。
「よくわからないけどさ……そこ、色抜けてる」
「えっうそ!?」
「嘘だよ」
「いっだっ!」
母さんそっくりの金髪頭に軽いデコピン。俺の性癖を暴露したさっきの仕返し。
「おにぃのバカぁ! ひよは、ひよはおにぃが心配なだけなのに! ひどいんだよ!」
「ごめんごめん。わかってる。いつも心配してくれてありがとう」
拗ねる陽和を抱きしめて背中を撫でる。しばらくすると落ち着いたのか、
「ひよも……さっきのは嘘、バカって言ってごめんなさい。あの人がきて、急におにぃが……いなくなるかもって、想像したらすごく、怖くなった」
「そっか」
いくら仲が良いといっても、普通の兄妹なら、もう少し距離ができている年齢なんだろうけど。やっぱり母さんがいないから。親父も仕事で手一杯で、俺たち兄妹はこうして支え合って生きてきたから。
「いなくならない。陽和がこの家から巣立つまで。一緒にいるよ」
他人からどう思われたとしても。理解されなくても。俺は家族が、陽和のことが一番大事で。この場所を守るためならなんだってできる。
「でも……今度ひよが作るお弁当は、兄貴の分だけ脂質塗れにしてやるもん。ぶくぶくに太っちゃえ。それでフラれちゃえばいいんだっ」
「ちなみに摂取カロリーより消費カロリーが上回れば脂質が多くても別に体重は増えないし実は食べる時間も関係な――――」
「うるさーい! オタクのうんちくはいいの! もうっもう!」




