表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/20

第8話 初恋と事故

 見慣れたリビングに私服姿の湊さんが存在する。

 それだけで我が家の家具がまるで海外製の高級品に変貌したような錯覚に陥る。お姫様の凛とした佇まい、覇気に、俺たち庶民は太刀打ちできずホームなのに謎の緊張感が走った。


「つまりその、湊……先輩のトラウマ? の克服に、兄貴が利用されてると……なんでぇ?」


「人聞きの悪い。ただの協力関係だよ。それ以上もそれ以下でもない。俺も、その……女子苦手だから」


「はい。遠坂くんとは苦手を克服し合うと誓った仲間……お友達として、健全なお付き合いをさせていただいてます!」


「……………………えっ、いま、妙な含み無かった? もしかしてひよは目の前で匂わせされてるの!?」


 事情を説明するも、陽和はあまり納得がいってない様子。湊さんをずっと半目で睨んでいた。似たような苦手を抱えている。それじゃあ一緒に特訓しよう! となる流れが理解できないのだろう。


 ――実のところ俺もよくわかっていない。本当、なんでぇ?


 メガネで好感度を覗き、俺が勘違いして湊さんを拒絶したのが始まりで。女子が苦手な男子は珍しくもないわけで。俺のような陰キャも少なくない。湊さんにとって、遠坂和樹でなければならない理由が思い付かない。むしろ嫌われて然るべきでは?


「なんかすっごいモヤるけど……学校での密会はいいよ。ただの友達なら尚更。休みの日にまで特訓、男の家に来るのはおかしくない? 兄貴もそう思うよね!」


「おかしい……のでしょうか? 遠坂くん」


 二人が同時に俺を見る。こちらに答えを求められても困る。


 正直言うと……湊さんの距離感が大分おかしい。ただそうなってしまっても仕方がない理由もわかる。小中一貫で9年間も、女子校という特殊な空間で過ごしてきた湊さんにとって友達=同性なんだろう。俺に対しても女友達と同じ感覚で接しているんだと思う。考えてみると彼女が共学に移ってからまだ一か月も経っていないんだ。


 それだけ俺が――彼女にとって無害な異性であり。男らしさが欠如してる証拠でもあるけど。喜んでいいのやら。


「というか陽和。そもそもお友達を家に招くのに理由なんている? しかもわざわざ家族がいる時間に合わせて呼んでるんだからさ。やましいことなんてないよ」


「それは……そうだけどさ。てかさてかさ、兄貴はただでさえオーバーワーク気味なのに。同級生の面倒まで見てどうすんのさ!」


「別に無理なんてしてないよ。以前より体力付いてきたし。学業と家事って使う力が違うというか。習慣だから落ち着くというか。あと、お友達と遊んでいるときは無限だから。疲れとか感じないし」


「お友達……遠坂くんと私が……お友達。えへっ」


「なにさっ……こっちもこっちで嬉しそうに噛みしめちゃって! 兄貴が最近楽しそうにしていたから。急に自己鍛錬も始めるし。ようやく自分のやりたいことを見つけてくれたのかと安心していたのに。でも、そういうことか……女だったのかぁ……はぁ……はぁぁぁぁぁぁ」


 陽和は露骨にテンションが下がっていた。兄に異性のお友達ができただけでそんな溜め息付くことある? ひどいや。


「もちろん。自分のやりたいことだってしている。その一環が訓練なわけで」


「私もです。毎日とても良い刺激を受けていて。有意義な時間を過ごせています」


「それは俺の台詞だから」


「私の台詞ですよ?」


「あはは」

「ふふっ」


「………………」


 陽和が無言で引いていた。

 机の下、見えないところで足を踏まれている。

 当然といえば当然か。兄が異性の前できょどっていたら、キツかろう。


 しかし陽和には悪いけど、俺は湊さんの味方をすると決めている。どうか愚かな兄を許してくれ。あとで好きなものたくさん作るから。


「………………そーですか」


 陽和はつまらなさそうに席から立つと、びしっと俺に人差し指を向ける。


「兄貴はいっっっっつも、長身で年上でオタクに優しい金髪ギャルが好きだとか語ってた癖に、結局お手軽な同級生を選ぶんだっ!」


「おまっ」


 失礼な。お手軽どころか、相手は富士の山頂に咲く花なんだぞ。


「いーっぱい漫画集めてる癖に。部屋にあったやらしぃ本、夜中にリビングの戸棚の裏に隠してた癖に!!」


「どうしてそれを知って――ひよ、あとで覚えてろよ! おやつの量減らすからなぁ!?」


「うっさい、兄貴のバカ! どうせひよが邪魔なんでしょ。二人で勝手にいちゃいちゃしてろ!!」


 とんでもない爆弾を置いて、陽和は自分の部屋へ逃げていった。

 俺が湊さんを自室に招こうとしていた。みたいに捉えられるじゃん! この後の空気終わるやつじゃん! というか俺を置いて逃げないでよ。ひとりにしないでくれ!


「き、気にしないでね。部屋の本棚の増設がしたくて、邪魔になる本を避けただけだから。これマジだから!」


「遠坂くんは、やはり金髪の女性がお好きなのですね。参考までに、作品を見せていただけませんか? その……こちらも男の子を知る良い訓練になると思いますから」


「え゛っ……?」


 意外と興味津々のご様子。オタク趣味で似ているところはあったけど。もしかして、俺の好みのタイプと違うから逆に安心できたパターンだろうか。それに昔から少女漫画は過激だというし耐性あるのかな。認識を改めた方がいいかも。


 観念して隠していた漫画を机に乗せる。表紙に肌色が多いが一般向けだ。本当に見せられないものは、電脳世界の雲に隠してあるので安心……本当に安心か?


「これは、冬アニメに放送されていた。恋愛作品ですね」


「あぁ……うん。そうだね。三期も発表された怪作だね」


「こちらも恋愛物です」


「教科書みたいな名作だったね」


 すべて複数の女子とイチャイチャする作品である。所謂ハーレムもの。

 ギャルもいるし苦手な黒髪清楚系もいる。改めて見ると主人公節操無だな!


 女子が苦手だとほざきながら恋愛物を好む矛盾した生物が俺だ。

 

「……やっぱり、こういうの引く?」


「私だって、女の子同士の恋愛作品も読みますから。ドロドロとした三角関係から始まり……その、他人にはお勧めし辛いシーンが挿入されていたり。最近は複数の子と同時にお付き合いする作品などもありまして」


「へぇ……百合でハーレム。業が深いというか、カロリー高そう」


 百合もので勧めにくいシーンってなんだろう。その辺りの見聞は浅いからわからないけど。湊さんは視線を泳がせながら、ほんのりと頬を朱くさせている。


「ですが、遠坂くんはどこか一対一の恋愛作品を好むイメージがありました」


「純愛ものも好きだよ……好きなんだけど。エネルギーを使うというか。夢中で読んでいる間は大丈夫なんだけど。現実に戻ってきたとき、辛くなってしまうんだよね」


 リアルに近ければ近いほど、読了後の虚無感が生まれてきてしまう。

 その点ハーレムものはフィクションと割り切れるので。軽い気持ちで見れる。

 

 あと恋愛要素よりも、みんなでわちゃわちゃしているシーンが好きだった。

 俺自身が恋愛と縁がないから。想像しやすい方に流されているのかもしれない。


「わかります。私も好きな小説が最終巻に近付くにつれて。ページをめくる指も重たくなりますから」


 それはちょっと違う気がする。気持ちはわかるけどね。

 

「責任転嫁するわけじゃないけど。この手の作品を勧めてくれたの……妹なんだよ。陽和って昔から趣味が男寄りというか。美少女ものが好きで。実際に俺もハマってしまったからなにも言い返せないのだけど」


「陽和ちゃんはお兄様が大好きなのですよね。ふふっ、趣味を共有したいだなんてかわいらしいではありませんか。私も弟とそういう仲になりたいですし。憧れてしまいます」


「そうかな? 兄妹仲が良いねとは、言われることはあるけど。そこまで褒められたの初めてだ。さっきみたいな喧嘩もよくするんだよ。湊さんこそ、弟くんと仲が良いんでしょ?」


「はい、今でもランドセルをお姉ちゃんに自慢してくれて、とってもかわいいのです」


 湊さんはにっこにこで、そのときの弟くんの動きを再現してくれた。おまかわ。


 しばらく俺の趣味(性癖)全開の作品群を湊さんに閲覧されるという、公開処刑を味わった。陽和め、あとで覚えてろ!


「――遠坂くんが女性を苦手としている。というのは、これまで一緒に訓練をしてきて、嘘偽りない事実であると認識していますが」


「改めて言われると、情けない話だけど……はい、苦手です」 


「苦手は誰しもありますから。私なんて両手で数えきれないほど……こほん。ただ、以前から疑問だったのですが。購買のおばさまや女性の先生方とは、支障なくお話されていましたよね?」


「そうだね。目上の人への緊張感はあれど、話せないことはないかな。そこは男の人でも変わらないと思う」


「そして妹さん――陽和ちゃんへの対応も、しっかりとお兄さんをされています」 


「家族は別枠じゃないかな……ああでも陽和のお友達と話す機会はあるね。妹がいつもお世話になってるから、日頃のお礼にデザートをご馳走したりして……あれ、確かに。俺ってある程度年上や年下には耐性があるんだ。どうして気付かなかったんだろ?」


「遠坂くんの自作デザート……とても気になりますが。……こほんこほん、今は話を続けますね。学校は同じ年代の子が集まる場所ですし。学生にとって世界の中心ですから。遠坂くんが、同い年の女の子が苦手=女性全体が苦手だと認識してしまうのも、特段おかしくはありません」


 指摘され初めて意識する。俺が目を見て話せなかったのは同年代の女子。


「対象が限定されているとなれば、私がそうであるように。なんらかの原因があったのではないかと考えられるのです」


 湊さんの視線が、遠慮気味に仏壇の方へ向けられている。

 彼女はリビングに入った際、真っ先に手を合わせてくれていた。


 お線香の香りと、遺影の中で微笑む、いつまでも変わらないあの人の姿。


「トラウマ……やっぱり母さんの、なのかな」


 きっと、訓練初日にお弁当の話をした時点で、察してくれたんだと思う。湊さんとは家族の話をこれまで何度もしてきたけど。母親に関する話題は一度もしなかった。聞かれなかった。


「交通事故だったんだ。あの日は……朝から快晴で、けれど放課後に激しい夕立があって。俺は傘越しに流れ星を見た。世界が真っ白になった」


「……それは、もしかして」


 湊さんの表情が強張り、手のひらを握り締めて。顔を俯かせる。


「火球現象っていうんだよね。光輝いた瞬間……相手の車のブレーキが、間に合わなかったみたいで。母さんは、傘を忘れた陽和を迎えにいく最中だった。親父に連れられて病院に着いたときには、もう」


「あ、あの……遠坂くん……わ、私は、願い事だなんて、とてもひどいことを……」


 俺は首を横に振って伝える。謝らなくていいと。

 黄昏時の流れ星。幼少期の純粋な願いを否定したいわけじゃない。


「今後も、家族の話題で母さんだけを避け続けるのは……結構しんどいから。悪いけど、少しだけ付き合ってもらっていいかな」


「はい……最後まで、お付き合いさせてください」


 隕石は地上に落ちる前に燃え尽きたらしいけど。世界的にも類を見ない規模の現象だった。そして唯一の死亡事故だったのもあり、全国ニュースにもなったので、名前で検索すれば当時の記事もいくつか出てくる。


 担任も把握しているし、クラスメイトには当時を知る連中もいる。勉もその一人。


「世間からすれば、連日ニュースで報道されるような不幸な事故だよ。ただ……最悪だったのは、事故を起こした相手は、俺と……同じクラスの女子の家族だったんだ」


 あの日は、予想外の天気の荒れようで、学校まで子供を迎えにいく家族が多かった。事故を起こした家族も、娘を車に乗せてその帰りだった。


「その女の子はね。誰に対しても優しくて、運動神経も良くて勉強もできて、とにかくかわいい。クラスで一番人気の子だった。俺も……うん。多分、初恋だったと思う。いつも気になって、自然と彼女の黒髪を目で追っていたんだ」


 笑顔がとても素敵で――湊さんと雰囲気が似ているかも。

 俺もあの頃は他の男子と同じように、黒髪の清楚系が好きだったな。 


「事故のあとすぐ、彼女の両親は俺の前で、額を地面に擦り付けて謝っていたよ……あの子も泣きながら、枯れた喉でずっと謝っていた。謝られてもさ、俺も、なんにも実感がなくて、わけがわからないままで。しばらくして……気持ちの整理も付いていない中で、学校では彼女に対するイジメが始まったんだ」


 それは仲間外れとか、陰口とか、そういう生優しいものではない。ただの私刑。人を殺めた親の子供というわかりやすいレッテル。本人にはどうしようもない罪。


「イジメが始まってからも、彼女はずっと学校に通っていた。優しくて責任感の強い子だったから。逃げるという選択肢がなかったのか、もしくは家に残っているのが辛かったんだと思う。俺も同じだったから。事故処理に追われ日に日にやせ細っていく親父を見ているのが、責任を感じて部屋に引き篭もった妹を見ているのが、本当にキツくて、とてもじゃないけど耐えられなくて……」


 警察やら保険会社、取材への対応、葬儀など慌ただしく大人たちが動いている中で。俺だけは学校に通い続けた。ただ現実逃避したかった。この先の未来を想像するのが嫌で。母さんのいない世界は、色のない空虚な世界だった。


「でも、逃避先も地獄だったんだよ……学校では初恋の子が、ボロボロになっていく様を見せつけられたんだ」


 頼んでもいないのに。お前の代わりに悪人を懲らしめてやったぞと、周囲は誇らしげにしていて。まるで俺が……イジメを先導しているみたいになっていて。


 教師もイジメの根本には死亡事故が関わっているからか、対応に困り果てていた。小学生の極論にいきがちな倫理観に、納得させられる説明ができる賢い大人がいなかった。そもそも大人だって、彼女の自宅に悪戯電話や脅迫文を送ったりして。無茶苦茶していたんだ。


 本当に地獄の日々だった。俺にとっても彼女にとっても。


「せめて俺が……やめろと言えたら。表立って味方になることができたら……良かったのかな」


「きっと、なにも変わらなかったと思います。被害者家族である遠坂くんが、天災が原因の事故とはいえ加害者家族に寄り添うだなんて、とても小学生では……いいえ、大人でも理解されない方がいらっしゃるのですから。より悪質に、見えないところで続いていくだけで。最悪の場合、遠坂くんも巻き添いになっていた可能性も……」


 湊さんの答えは非情なものだけど、そのとおりなんだろう。

 高校生になった今の俺ですら、どうすればよかったのかわからないんだ。

 社会の問題は学生が受けるテストのように、必ずしも正解が用意されているわけじゃない。


「結局、事故を起こした相手家族とは示談が成立したけど、とても地元に残れる状態じゃなくなってて。初恋の子も、苗字を変えて遠い親戚に預けられたそうで――別れ際の彼女の顔が……やせ細った身体が、白髪交じりの黒髪が、生気のない表情が、なにも映していない空っぽの瞳が、今でも忘れられないんだ」


 何度も夢に出てきた。自ら命を絶とうとする彼女の幻想を。

 俺は自分のことで精一杯で、苦しみ続ける彼女になにもできなくて。


 親父が言うには、生きてはいるらしい。それだけがせめてもの救いであった。


「それで……ああ、それで、苦手意識が芽生えたんだと思う。彼女を率先してイジメていたのは、同じクラスの女子で、事故の前は仲良しグループだったんだよ」


 しかも後にわかったことだけど。イジメの根本の原因は、そのグループのリーダー格の子が好きだった男の子が、俺と同じ初恋の子に好意を持っていて、告白を断られたからだそう。事故の件はただの口実でしかなかった。みんな流されていただけで。歪んだ正義感すら虚構の産物で……。


「みんな彼女のことを尊敬していたんだ。好きだったはずなのに。彼女は罪を犯してないのに……だから、怖いんだ。女子がなにを考えているのかわからなくて。黒髪の子を見ていると、弱っていくあの子を思い出してしまうから。ふとした拍子に重ねてしまうから」


 父子家庭となって、親父の仕事仲間の方や、ご近所さんが助けてくれた。

 塞ぎ込んでいた陽和を支えてくれた、妹のお友達。年下とも絡む機会があった。


 でも同い歳の子は、俺が自らの意思で避け続けて、拒んだから。

 苦手意識が残ったままだったんだ。小学校も途中から行けなくなったし。


「遠坂くんは……最後までお相手の方を、恨まれたりはしなかったのですね」


「そこは、すぐにイジメが始まったからね。母さんの死を利用されている方が、よっぽど腹が立ったし。それに……やっぱり初恋だったから。どうしたって恨むことはできなかった。男ってそういう生物なんだと思う」


 かといって初恋の子を助けることもできず。中途半端になってしまったけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ