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第6話 脳が焼かれていた

 ところで、学内には湊さんに匹敵するほどの美少女で、日々話題となる女子が数人いる。それも現役モデルだったり、読モ経験があったり。扱いとしては芸能人に近しいだろうか。

 容姿は人によって好みが千差万別。そんな中でも湊さんの男性人気No1の、不動の地位は揺るがない。その他女子と湊さんの違い。それは――表情にあると、俺は最近になって気付いたのだ。(訓練の成果)


 他人の姿を想像しようとして、対象が無表情で出てくることはまずない。大抵の場合、好きな人は笑顔。嫌いな人は怒っている顔を思い浮かべるはずだ。表情というのはそれだけ記憶に、印象に残りやすく。その人と紐付けされやすい。


 湊さんは笑顔が素敵な子だ。笑顔=湊さんになっている。しかしながら、彼女はそれ一辺倒でもない。


 俺が挨拶を無視していた頃は、心が痛むほど、悲しい表情をしていた。ドラマに登場する悪役の話で盛り上がった際は、ムスッと怒った表情に。俺を揶揄う際の魅惑的な上目遣いも、失敗したときは頬を赤らめて涙目になるのも。


 とにかく感情表現が豊かで、生き生きとしていて、どの部分を切り取っても魅力的に映るのだ。俺の脳内は湊さんの喜怒哀楽。多様性に富んだ表情が鮮明に焼き付いている。脳が焼かれるとはこのことか。


 俺は――昔から好きな女性のタイプが明確なので、辛うじて耐えられているものの。特に強いこだわりのない男子ならとっくに落城している。トップになるべくしてなっている。


 やはり、彼女は生まれながらの名女優。


 内面は普通の女の子であると知った今でも。現状モブ同然の俺が、彼女と同じスポットライトに入るべきじゃないと思っている。


 このまま訓練を続けても、俺は役に立つどころか足を引っ張り続ける。それでも彼女は――優しいから許してくれるだろう。許すどころか、自分に責任を感じてしまいかねない。そういう子なのは一緒に過ごしていれば嫌でもわかる。


「役に立たないと、変わらないと……俺も、男らしく」


 ――男らしさ


 昔から大嫌いな言葉だ。向き合うことからずっと逃げ続けていた。

 らしさという曖昧な表現を使っておきながら、個々によって解釈も尺度も違うというのに。当たり前のように周囲から正解を求められる。陰キャ同士ですら。男にとって逃げ場のない呪いのようなもの。 


 本来、称賛に使われるべき表現のはずが、何故か相手を貶める言葉として扱われ。目を付けられたら最期、反論の余地もなく一方的に叩かれる。挽回の機会も与えて貰えない。


 らしさに執着して、暴力性を剥き出しにした連中を過去何人も見てきた。大人にだって、男らしさを免罪符とし他人に迷惑を掛ける者もいる。


 それって、広義のコミュ障と違いがあるのだろうか? 


「あぁもう……言い訳するな、逃げるな。俺は決めたんだ。湊さんを全力で応援するって。だったら行動、行動あるのみ」


 自室の棚にあるアルバムを取り出す。ベッドに腰掛けてページをめくる。

 過去の自分の写真を確認すると、真顔ばかり目立つ。印象に残らず魅力の欠片もない。でも唯一、家族全員が揃った写真に映る自分の笑顔は、他のものより比較的マシに見えたのだ。


 生まれ持った顔は、整形でもしない限り大きく変えようがない。お金や時間が必要でリスクもある。でも、表情筋を鍛えることは今からでもできる。スマホで検索すると、関連動画がたくさん見つかる。


 無料で気軽に始められる分、今からメンズ化粧品を集めるよりハードルが低い。


 ……おや? おススメ欄がいつの間にやら笑顔のマッチョたちで埋まっていた。

 暑苦しいし、画面の圧もとんでもないけど。みんな表情が良くて。生き生きとして楽しそう。


 ――せっかくだ、思い切って筋トレも始めてみよう。


 変に考える暇があるから余計な、ネガティブに染まるんだ。とにかく身体を動かそう。苦手なマラソン大会の中止を直前まで願っていても、いざ当日を迎えると無心で走っているものだ。


 身体作りは食事が最重要ということで、俺の特技とシナジーがある。普段の食事だけではたんぱく質が足りないらしい。プロテインはまだ早いかな。というか、マッチョたち皆狂ったかのように鶏肉推すじゃん。サラダチキンならお弁当にも使いやすい。うわぁ……脂質って意識しないとこんなにとっちゃうんだ。気を付けよう。


「へー、筋トレは家でも気軽に始められるんだ。初心者は器具も必要ないと。運動に慣れてから、ジムを検討と」


 いったん調べ出すと止まらない。

 気になる論文もたくさんある。あとでAIに翻訳させよう。

 筋トレというのは、実はオタクこそハマりやすい趣味だそう。




 そうして、新しい挑戦に四苦八苦しながら――桜も散り四月も終盤となった。




「最近、目に見えて特訓の成果が表れてきましたね、遠坂くん」


 向かい合う席で課題をしていた湊さんが、嬉しそうに語ってくれる。

 あれから俺たちは、休日を除き毎日欠かさず手芸部の部室に集まっていた。


「成長したのかな? 自分ではあまり実感がないけど。そうだと嬉しい」


「今朝は遠坂くんの方から、おはようと声を掛けてくださいました」


「あ、それは……ごめん。よくよく考えると俺、だいぶ失礼だったなって。ずっと」


 いつも湊さんの方から声を掛けてくれて。朝の挨拶も、俺は軽く相槌を打つ程度で済ませていた。陰キャを言い訳に受け身で居続けるのは、関係値のある彼女に対して不義理、というか卑怯な気がしてきて。今朝は俺の方から声を掛けたんだ。結果スッキリした。どうしてこんな簡単なことも出来なかったんだろうと、今にして思う。


「とても、とても嬉しかったです。貴方とより親密になれたようで。遠坂くんには、たくさんの貴重なお時間を……私の我儘に付き合わせてしまっていますから」


「……違う。それは違うよ」


「え……?」


「自分を変えたいのは俺も同じだから。湊さん一人の我儘じゃないというか……うん」


「……っ」


 湊さんが勢いよく立ちあがる。椅子ごと移動して俺の隣に座り直した。


「ごめんなさい。一緒に苦手を克服しましょうと、私から約束したはずなのに。私と遠坂くん二人分の我儘ですものね?」


「そ、そうだね」


 距離の近さに思わず机を見つめる。湊さんの笑顔がずっと脳に焼き付いている。たった一回の勇気で、ここまで喜ばれるなんてあまりに都合もコスパも良すぎる。


「……湊さんこそ。こうして、距離が縮まってきたというか。俺より訓練の成果が出てると思うよ」


 湊さんは元々コミュ力に問題はなく。苦手な男子相手でも距離さえ取れば日常会話はできていた。俺の役割は、同じ空間に居るだけでいいのだとか。あとは湊さんが自分で慣れる練習をすると。


 とはいえ、同じ空間で過ごしていると気が付かないうちに接近していた、という状況もたびたび起こる。 


 偶然、内と外同じタイミングでドアを開けたり、考え事をしている間に目の前に立っていたり、落ちたペンを同時に拾おうとしたり。


 そのたび「ひゃあっ」と声をあげて、湊さんは驚いて逃げてしまった。尻餅を付かせることもあった。(幸運にも投げられはしなかった)


 湊さんは真っ赤になりながら「本当にごめんなさい!」と先制で謝ってきて。俺の不注意が原因なのに謝らせてくれなかった。


 といった事故が続いたので、俺も湊さんの存在を常に意識するようになり。俺が成長しているなら間違いなく彼女のおかげだ。


「遠坂くんがいつも真剣に頑張っているから、私も影響を受けて、背中を押されているのですよ? 私がそう見えるのは、すべて遠坂くんのおかげです」


「いやいや、湊さんの方が成長してるって。湊さんのおかげで俺は頑張れるんだ」


「いいえ遠坂くんが――」


 どちらがより成長しているのかで、お互い一歩も譲らない。

 埒が明かず顔を上げると、ムスッとしている湊さんが。怒っててもかわいい。


「あは、あははは、湊さん意固地だ。てかこれなんの言い争い、お互い褒め合って、へ、変なの……ははは」


「も、もうっこちらの台詞です! 遠坂くんが素直に認めてくれないから……ふふっ、確かに変ですね」


 湊さんに釣られて更に笑ってしまう。緊張感も抜けて、素が出せるというか。俺のロボットのような笑顔も、不気味の谷を抜けマシに――見えると思いたい。


「お世辞ではなく本心ですからねっ。お料理や学業でも、大変刺激をいただいて。いつか私の方からも、遠坂くんにアドバイスできる日が訪れるといいのですが」


「卒業に間に合うかなぁ……湊さんって結構天然なところあるし。この前も問題集の回答欄ひとつずつズレてたよね」


「もう、絶対間に合わせますっ。見ててください。かならず遠坂くんを驚かせてみせますので!」


 湊さんがキリっとした表情で、俺に対抗意識を出してペンをギュっと握り締める。やっぱり年下感があって、妹と接しているように俺も冗談を交えた会話ができるようになった。


 俺のような陰キャはどうしても、女性を特別視して相手の意見に全肯定したり、VIPに対するような接し方をしてしまいがちだ。自分から壁を作ってしまっては友人関係になることすら難しい。相手は同じ人間、学友であることを忘れてはいけない。


 そして結局コミュニケーション能力はどれだけ鍛えても、一人で完結するものではなくて。相手を信頼して一歩踏み込む勇気。湊さんのように。彼女はいつだってお手本を見せてくれる。


「次のテスト……勝負してみる? 罰ゲームとか付けてみたり」


 今度は親友に対するような感覚で、俺は仕掛けてみる。湊さんは、大きな目をぱちくりとさせて。 


「受けて立ちましょう。ふふっ、お師匠様(遠坂くん)の名誉にかけて、遠坂くんには負けませんよ?」


「俺のポジションが渋滞してる……ハンデとかどうする?」


「なし――と、言いたいところですが。現状まったく勝ち目がありませんので。お言葉に甘えさせてください」


「あはは、素直だね」


「むぅ……絶対、いつか追い付いてみせます」


 拗ねるように湊さんが唇を尖らせる。そしてペンを動かし始める。俺もテスト範囲を確認する。俺が成果を出せば彼女のモチベ向上に繋がる。だから手は抜けない。勉強も筋トレも表情筋を鍛えるのも、すべて三日坊主にならず済んでいる。


「あっと、そういえば今日はまだ途中だったんだ。少し筋トレしていい?」 


「精が出ますね。スクワットですか? 昨日は腕立て伏せでしたよね」


「一日でもサボると不安になるんだ。ちょうど次が体育で、体操着だしね」


 日課の筋トレ。曜日ごとにメニューを決めていた。

 最初は筋肉痛が辛かった。毎日どこかしらの筋肉が悲鳴をあげて。

 特に足トレ後のトイレが……油の切れたロボットのように。シャワーを浴びるのも一苦労で。


 初回から気合を入れて飛ばし過ぎたせいでもあるけど。

 反省し、回数を決めて、少しずつ強度を上げるようにしている。

 今では徐々に増えていく回数に、快感すら覚えるようになっていた。


 一年の教室までの長い階段を、一段一段。感謝しながら踏みしめるようになり……用もないのに往復したりと、脳が完全に馬鹿になってる自覚がある。


 というか、ノルマを達成できなかったときの罪悪感が半端ない。

 脳内に住まうマッチョさんたちが無言の圧をかけてくるのだ。それがお前の限界か? と。


「私も参加します。今回こそは負けないですからね?」


「受けて立つよ」


 湊さんも隣でスクワット。彼女ももちろん体操着。髪をひとつに結んでいて。

 武道を嗜んでいるだけあって正しいフォームで、腰もしっかり落としている。さすがだ。負けじと俺も腰を落とす。すると湊さんも対抗して。ひたすら身体を動かす。


「はぁ……ふぅ……限界です。……体力には、自信があったのですが悔しいですね。最近はこちらでも勝てない日が増えてきました」


「……け、結構、危うかったよ……」


 脳内マッチョさんたちの応援もあって僅差で勝利した。

 途中、湊さんの息遣いで……あまり集中できなかったのは内緒!

 水筒の中身を飲み干して息を整えていると。湊さんは火照った身体の汗を拭いていた。なんだか色気がすごくていつも視線の置き場に困る。これもある種の訓練か。


「もうすぐ大型連休(ゴールデンウィーク)ですね。しばらく……こうしてお話できなくなります」


「あ……あっそっか。GWがあるんだ」


 俺たちがスクワットで地球を押している間に、世間はGW前で浮足立っていた。授業は相変わらず退屈だけど、学校に来るのは苦じゃない。むしろ楽しいと言っていい。GWが間近に迫っていると、こうして人伝に教えられ気が付くくらいには。


「「………」」


 最近ではほとんどなかった、初日を思い出すような沈黙が続く。


 長期休暇によって、これまでの習慣が途切れ、集まりが自然消滅するかもしれない。夏休み前に誕生したカップルが、なにもないまま夏休み明けに別れていた。なんてよくある話だという。カップルとは程遠いただの協力関係。制約のないゆるい環境だからこそ、俺はその可能性がよぎってしまった。


「と、遠坂くんは……生徒会活動や部活動はされていませんでしたよね。GW、ご家族の方とのご予定などは?」


 沈黙を破って、予定を聞いてくる湊さんの声が若干裏返っていたように聞こえた。


「今のところは。せいぜい妹の課題を手伝うくらい。親父が休日関係なく仕事だから、ちょっと凝った夕食でも作ろうかなって」


「ふふっ、遠坂くんはお休みの日でもご家族中心なのですね」


「えー、そんなことはないよ……? 友達と遊んだりもするし、たぶん」


 例年通りなら勉と、妹を入れて三人で遊びに出掛けていた。偶に妹のお友達が混ざることもあるけど。湊さんと関わるようになってから、勉があからさまに俺を避けるようになったので。今年はどうなるか不明だ。


 よって本当に予定がなかった。俺が友達と呼べる相手は勉だけですし……かなし。


「その……もしも……遠坂くんと妹さんのご都合が、合えばの話で良いのですが。お邪魔させていただいても……遠坂くんのお家に……」


「? いいよ」


 湊さんの発言内容を理解する前に、俺は条件反射で頷いていた。


 今年のGWはソロでどう過ごそう、とか。早朝ランニング何キロ増やそうか、とか。ジムの見学に行くのもいいかもしれない。自重もいいけど、マシンに憧れるし、とか。


 そんなことで頭がいっぱいだったのだ。つまるところ脳筋状態だった。


「あ、ありがとうございます! 私のお気に入りのショートケーキを、お土産にしますね! アレルギーなどがありましたら事前に教えてください」


 パッと、湊さんが顔をあげる。相変わらず素敵な表情筋。世界が輝き、また一歩平和に近付く。湊さんを目標にして舌トレとかしてるけど。数年程度じゃ追い付けそうにない。とても羨ましい。




 ………………




 …………




 ……




「えっ? 湊さん俺んちに来るの!?」 

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