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第5話 遠坂和樹は変わりたい

 湊さんのトラウマ克服のためには、まず俺自身ある程度女性慣れする必要がある。初日の特訓で課題が山積みであると痛感した俺は、帰宅後すぐ準備に取り掛かった。


 まずは女子受けしそうな漫画、小説を、妹の部屋から本人の許可を得て拝借。会話テクニックをネット記事などを参考にしつつノートに書き殴っていく。見放題プランに契約して、一時話題になった地上波ドラマをBGM代わりに流してみた。


「……えっ、なにこれ怖い。世間ではこんなのが流行ってたんだ。不倫だの、イジメだの、常に学級崩壊してるじゃん大人の世界……。というか不貞行為を感動物語みたく公共電波に流すって、なんらかの罪に抵触してないの……?」


 日常系漫画がギャグ漫画に思えるほど空虚だ。まぁ話のネタにはなるだろうか。


 とにかく――まずはインプットを増やす。質を求めるのは後からでいい。現状の俺に良し悪しを見抜く知識も経験もないのだから。選ぶという行動が時間の無駄。


 それとお弁当にも力を入れようと思った。湊さんに唯一褒められた長所だ。彼女も台所に立つ機会があるらしいので、料理は今後も鉄板ネタになりそう。お肉ばかりだったローテも今日を以って一新する。見た目、彩色バランスを意識した。お野菜は高いけど健康を言い訳にできる。


「よーし、明日話すネタはまとめた。何事も予習は大事!」


 アラームを朝5時にセット。事前に仕込みはしておいた。 

 課題も完璧。ドラマのおかげで今夜はまともに眠れそうかも。


 妹に壁越しにおやすみと伝えて消灯する。

 ここまで気合を入れるのは、昨年の高校受験の準備期間以来かもしれない。


 ―――――――

 ――――

 ――


 気合を入れて臨んだお昼休み。俺は用意していたお弁当を二つ広げる。

 湊さんは大きな目をぱちくりとさせて、遠慮がちに自分のお弁当と見比べていた。


「と、遠坂くんは……朝がお強いのですね。それに意外と健啖家でいらっしゃる?」


「あ、普段は一つだよ。勉が――友達が、受け取ってくれなくて」


「隣の席の木場くんですよね? お友達のお弁当まで、遠坂くんがいつも用意をして……」


「勘違いしないで欲しいんだけど、強制されてるとかではなく。ただのお節介というか、訳ありというか……勉は、家庭環境が複雑でして。ときどき家に招いてうちの家族と一緒にご飯食べたり、そういう仲だから」


 今朝は『お前、他人に構ってる余裕あるのか? これ以上変なお節介をするなら拳で返すぞ』と脅されてしまった。


 勉は、俺が湊さんと密会しているとは知らないはず。ただ、二日連続でお昼休みに抜け出しているから、なにか察してるのかもしれない。おにぎりは押し付けておいたけど。お弁当はしばらく受け付けないそう。アイツは殴ると言ったらガチでやる男。大人しく退散してきた。


「湊さんも、遠慮せずお好きなのをどうぞ。ひとりでは食べきれないし。もったいないので」


「わかりました。お言葉に甘えさせていただきますね」


 湊さんは気を遣ってくれたのか、こちらの事情に深く踏み込もうとはせず。失礼しますと前置きを入れて卵焼きを口に運ぶ。


「……ふわっとしていて、あとからゴマの香り。おいしい。それに――もしかして、私の好みに合わせました?」


「た、たまたま。そういう日もあるだけだよ……うん」


「そうでしたか。ふふっ、お父様や妹さんが、今頃とても驚かれているでしょうね」


 昨日まで塩気たっぷりだった卵焼きが甘くなったのだから、気付かれて当然か。

 一品ずつ、湊さんの感想を聞いて。俺も彼女からの頂き物に感想を返した。楽しかった。


 食事を終えて、湊さんの提案で午前授業で出された課題をすることになった。湊さんはさっそく壁にぶつかったのか、ペンを止めてうんうんと頭を悩ませている。


「数学? わからないところ飛ばさないんだね」


「後回しにすると、いつまでも気になって集中できなくなるので……」


「空欄を全部埋めないと不安になるのはわかる」


 俺もRPGで取り忘れた宝箱がないか、意味もなく何度も引き返すタイプ。


「完璧主義というほどでもないのですが。時間配分が苦手で、テストも最終問題まで辿り着けないことが多くて」


 一ヵ所でも躓くと、そこで延々と考え込んでしまう癖があるようで。これでは時間が足りなくなるし、テストも思ったほど点数は取れないはず。


 ……お節介かもしれないけど、ここは勇気を出して助け舟を出そう。


「確かこの問題は……あー意地悪なところだ。実は直近で習った公式に当て嵌めるのではなくて――」


「なるほど、ではここは別の式に変えて――――――――できました。遠坂くん、どうでしょう?」


「うん、正解。あってる。次も……いける?」


「はい、今ので問題のおおよその傾向が掴めました。現状の実力でも解けそうです。ありがとうございます!」


 湊さんが苦戦した問題を復習しながら、空欄を埋めるたび、嬉しそうに俺へ報告してくれる。普段から真面目に授業を受けているだけあって基礎はしっかりできていた。これで赤点ギリギリになってしまうのは……やっぱり本番に弱いのかな。周囲の期待に応えようとするあまり力が入り過ぎているのかもしれない。


「ちょっと休憩しよっか。はい、これで糖分補給して。お茶も置いておくね」


 俺は持ってきたブルーベリーのジャムサンドクッキーを紙皿に並べる。 


「もしかしてこのクッキーも……遠坂くんの手作りでしょうか?」


「ごめん、嫌だった?」


「いえいえ、市販のものと遜色なくて、とても驚いてしまって。本当にすごい……」


「ありがとう。うちの妹がブルーベリーが好きでね、よく家で焼いてるんだ。ジャムも自家製だから。お口に合えばいいけど……」


「とってもおいしいです。甘さも、果実感が強くて、お砂糖は控えめで、何枚でもいけちゃいますね」


 お菓子の甘さで湊さんの表情が和らいでいく。ずっと難しい顔をして問題に取り組んでいたから。これで少しは肩の力が抜けたかな。それから適度に休憩を挟むようにして、湊さんは順調に解き進めていき、ついに最終問題まで辿り着いた。そちらも少しばかりアドバイスした。


「……とても難しい応用問題でしたのに。遠坂くんは学業も優秀なのですね!」


 両手のひらを合わせて、キラキラと尊敬の眼差しを向けられる。

 湊さんは話し方は大人びているのに、感情表現が子供っぽいというか。

 身長差もあって同級生なのに年下感がある。そう思うと緊張が少し緩和されてきた。


「……その、種明かしすると。似たような問題をネットで探して解答を見てから逆算して解いてます……ズルみたいなもので」


 罪悪感から俺は素直にスマホを見せる。


「難問は作る側も大変だから。探せば案外類問が見つかるんだ。特に数学教師、面倒臭がりな性格が普段の振る舞いから見れるし。いくつかネットから拾ってるだろうなぁって。実際、数字をちょっと弄っただけなのもあって。というか最終問題なんてまだ習ってない範囲も含まれていて、事前に予習してないと厳しいというか。AIにでも投げたんじゃないかなぁ?」


「作り手の思考まで読み解くだなんて、遠坂くんの頭が柔らかい証拠ですねっ!」


 ズルをしたうえで褒められてしまった。喜んでいいのだろうか。

 限られた時間で高得点を目指すのであれば、どうしても効率が求められる。


 しかし社会に出れば、答えのない問題と向き合う時間の方が増えるわけで。

 テストの点数で一喜一憂するのって意味あるのかなと、親父を見ているとそう思う。


 湊さんは地頭が良い。ちょっと考え過ぎるきらいがあるだけで。

 大学の研究とかで花開くと思う。俺の優位性なんてきっと今だけ。


 想像以上に早く課題も終わり、残り時間は雑談タイム。俺の予習の成果を発揮する機会だ。


「へぇ……湊さんも、家族でアニメとか見てるんだ」


「はい、今期のアニメも大体はチェックしていますよ。時間が足りず、途中から追えなくなる作品も多いのですが」


「わかる……授業が本格的に始まってから、作品を絞らないと厳しいよね。サブスクでいつでも見返せるとはいえ、いつか見ようのまま、貯まっていく一方で。娯楽もアニメだけじゃないし。他にもやりたいことはたくさんあって困るよ」


「遠坂くんの場合は……学業以外も忙しそうですし。多忙な中で趣味まで充実していらっしゃるのは、実は遠坂くんだけ、一日が26時間だったりしません?」


「んー楽をするやり方を覚えているだけかな。洗い物をしながらBGMとして流すとか。さすがに倍速には手を出していないけど。見ているといっても、内容を全部憶えているかどうかは怪しいところ」


「羨ましいです。私は頭が固いのだと。両親やお友達によく指摘されるくらい、マルチタスクが苦手でして。鑑賞中は他のことが一切考えられなくなってしまい、ずっと弟に声を掛けられていたのに気付かず、ご機嫌を損なわせることもしばしば……姉として情けない限りです」


「逆に俺は、湊さんのその集中力を羨ましいと思うよ」


 湊さんが正座してクッションを抱き、真剣に画面を見つめる姿を想像した。かわいい。そのあと弟くんに怒られて、しょぼんとしていたんだろうか。なにそれかわいい。


 湊さんは、俺の趣味であるアニメや漫画の話に付き合ってくれた。彼女もインドア派らしい。意外――でもないか。彼女のお姫様像は、周囲の願望によって形作られた虚像であると知っている。


「私は作品に癒しを求めることが多いですね。女の子同士の他愛のない会話劇も好きです。あとはその……恋愛物、とか?」


「最近は話題性のある恋愛物も増えたよね、一時はファンタジーまみれだったけど」


 湊さんは日常系、百合系をよく見ていて、弟くんの影響で少年漫画も好きだそう。某コロコロしてる雑誌。結構下ネタあるけど存じているらしい。趣味に寛容なご家庭のようだ。


「こういう踏み込んだ趣味の話を男の子とするのは初めてです。新鮮で……ふふっ、ちょっとだけ面映ゆいですね」


 教室で湊さんに声を掛ける男子は、いかにもな体育会系ばかりだったし。今どき陽キャでもアニメに詳しい人はいるだろう。野球部とか意外とオタクが多いと聞く。それでも初っ端からオタク趣味を開けっ広げにできる人間はいない。男は見栄を張る生物なので。


 俺はもう……かっこわるいところばかり見られているので、限られた会話デッキを縛ってもしょうがないし。そうやって開き直ったら意外と話が盛り上がった。日常系や百合系の漫画を好む女子が多いことを知った。共通の話題ができたおかげで、無言の時間がかなり減ったと思う。


 ――ちなみにこれは余談。


 俺が見ていたドラマの一話を、湊さんも昨夜履修していたらしく。 

 同じタイミングで同じ作品を語ってしまい、思わず笑ってしまった。


 無言の時間が辛かったのは、どうやら湊さんも同じだったようで。


 俺を陰キャとして見ていなかったという事実に驚きもありつつ。

 月額とはいえ痛い出費だったねと、お互い照れながらドラマの感想も投げ合った。




 予鈴が鳴って、教室に戻ると俺たちは元のクラスメイトの関係へ。

 湊さんが同性のお友達と談笑している姿を、俺は離れた自席から眺める。

 ちなみに俺の親友はというと、今も隣で爆睡していた。男友達なんてこんなもの。


 勉が、湊さんはアイドルのようだと言っていた。他の男子も彼女を特別視している。けれど実際に話してみると、湊さんは普通の女の子なんだと。当たり前だけど実感した。普通ではあるけど、間違いなく自分の人生を歩んでいる。ずっと、物語の主人公のように輝いて見えていて。


 クラスメイトの中には、早くも恋人ができた者。友人に囲まれている者。部活に精を出す者。湊さんだけじゃない。それぞれ皆主人公のようになにかに夢中になっていて。スタート地点は同じだというのに、もう周回遅れの気持ちになる。


 俺は――きっとまだ普通の領域にすら立てていない。ただの背景。名前のないモブキャラ。具体的な夢も、目標も設定されておらず。ただ漠然と、流されるまま学生の立場に甘んじている。


 ……今のままじゃダメなのはわかっている。だからといって、どうすればいいのかも、なにもわからない。


 俺一人なら気にも留めなかった。卒業する日まで、きっと。


 湊さんと同じ時間を過ごすことで、周囲との差に気付かされてしまった。一度理解してしまうと、もう見ないフリはできない。これからだって訓練は続く。


「……っ」


 一瞬、一瞬だった。湊さんが俺に視線を向けて、小さく手を振ってくれていた。俺は返すことができず、寝たフリで誤魔化す。彼女は少し残念そうにしていた……ように見えた。


 他人以上友達未満の関係性。それでも0とは、赤の他人とは明確に違う。


 俺も手を振って返したかったんだ。ただ純粋に、彼女には笑っていて欲しい。そう思えるだけの時間は過ごした。


 それすらもできない自分に腹が立ってきた。悔しくて、無性に叫びたくなる。『後悔はさせません』湊さんはそう言ってくれたんだ。そんな彼女に俺は一体なにを返せるのだろうか。


 湊さんの貴重な青春を無駄にしたくない。大人になって、振り返ったとき楽しい思い出だったと。胸を張って言えるように。


 俺一人だけの問題じゃないから。彼女の想いも一緒に背負っているのだから。


 だから……どうしても、緊張はしてしまうけど。まだ、まともに顔すら見られないけど。これまでの負債を蹴散らせるくらい。彼女の10分の1でもいい。俺は、勇気を出したいと思ったんだ。

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