第3話 勇気の告白
”大切なお話があります。本日の放課後、遠坂くんのお時間をいただけないでしょうか。どうかお願いいたします。私に最後の弁明の機会をください”
何度読み返しても理解できない。彼女の目的がわからない。
恋文でないことだけはわかる。俺は彼女の好感度を視ているのだから。
呼び出された場所は、整備の行き届いていない雑草生い茂る体育館裏。
「……ここ、懐かしいな」
入学式の日、人生で5本の指に入るほど嬉しいイベントがあった場所でもある。
今となっては、遠い記憶のように思える。ああ、できることなら過去に戻りたい。
「……っ」
枝の擦れる音にすら過剰反応してしまい。相当メンタルにきているらしい。
今も茂みが勝手に動いているように見え――茂みの奥で人と視線が合った。ここからまさかのホラー展開?
「……なにしてるの」
「ご、ごめんなさい……懐かしくてつい。この辺り潜める場所が多くて。かくれんぼで使えそうですね!」
頭と制服に葉っぱや枝を乗せて、湊さんが照れながらのっそりと出てくる。
「改めましてまずは、突然の呼び出しに応じていただき、ありがとうございます。遠坂くんとは一度、誰にも邪魔されない環境で、ゆっくりとお話がしたくて――」
ああ……そうか。ついに隠していた本性が暴かれるのか。
もう、どうなってもいいと思っていた。なんでも受けて立ってやる。
「ふぅ……とても緊張しますね。ですが私も、ここまでに覚悟を決めてきましたから」
何度も深呼吸を繰り返し、そして湊さんはキリっとした表情に。
「今この場で、勇気を出して告白します。私、湊姫華は――実は男性が苦手なのですっ!」
「………………………………え?」
彼女の本性――告白を受け取った俺は、きっと間抜け面を晒していたと思う。
「遠坂和樹くん。ずっと貴方を見ていました。遠坂くんも、女性が苦手ですよねっ!」
「え? あ、いや……俺は……べ、べつに……その……ちがっ」
「ニ ガ テ ですよね?」
湊さんのよく通る声と勢いに押され、陰キャが発言力で敵うわけもなく。俺は何度も縦に頷く。大人しそうに見えてこの子かなり我が強い。振り返れば、ずっと俺の無視を無視し続けていたくらいだ。
「よかった……とは言ってはいけませんね。心の病ですから。よくはないのですが。遠坂くんも一緒で、安心しました」
……おかしい。俺って嫌われていたのでは?
どうして彼女に心の病の告白をされているんだ。
――待てよ。聞き間違いでなければ、彼女は男性が苦手だと言った。
よくよく考えてみるとあのメガネ、所有者へ向けての数値しか見えない。
そうだ。彼女が”俺以外の男”をどう思っているのか、その視点が抜けていたんだ。
「あの、冗談とかではなく。本当に苦手な感じ……?」
「はい。近付くことすら困難な感じです!」
力強い返答だった。彼女、教室で普通に他の男子とも話せていたけど……。
−40の俺とも会話が成立しているわけだし、我慢していたということかなのかな。
しかも、マイナスなのはあくまで好感度に限った話。友好度とは別のはず。
メガネは異性の友好度を測れない仕様で。これまで特に気にしていなかったけど。
まさか、こんな落とし穴があったとは。
つまるところ……俺は、とんでもない思い違いをしていた。
彼女は特定個人ではなく、男性全体にマイナス好感度を向けていたんだ。
最初からずっと湊さんに落ち度はなかった。悪いのは――全部俺じゃん。
「……私、去年まで駅近くの女子校に通っていまして。遠坂くんも既にご存じかもしれませんが」
「もちろん知っているというか……クラスにいれば自然と耳にするというか」
「で、ですよね……!」
この辺りでは超有名な富裕層が通う小中一貫のお嬢様学校だ。制服デザインがかわいいのだと、妹がよく語っていた。卒業生の大半が最寄りの女子校へ進学するので、特に偏差値も高いわけではない共学のうちを選んだ湊さんは珍しく。だからこそ入学当初から大きな話題となっていた。
「おじい様……とても過保護な祖父の意向で、両親が私立の女子校を選んだそうなのですが。進学先は自分の意思で選択したくて。ですが初めから反対されるのは目に見えていましたし。成長して自立したところを見せようと、卒業を前に――電車通学に挑戦することにしたのです。その日は、大雨で遅延が続いたようでして。その……乗車したあと、駅を通過するたび、たくさんの男性が……車内は動く隙間もないほどに……」
「うっ、想像するだけでも……きつい」
満員電車なんて男でも辛い密閉空間。大雨で湿気も酷かったはず。
「そこから記憶が定かではないのですが。私、気を失い倒れてしまったようでして……お友達が介抱してくださり。部屋のベッドで目覚めました。その一件から、男の人が……距離を取ってお話するだけなら平気なのですが。相手の方から近寄られると、息が苦しくなって、視界がぼやけてきて……」
「トラウマに……なったんだね」
俺は一歩後ろに下がる。湊さんは「この距離なら大丈夫です」と微笑む。
「両親は、無理をせず女子校に通いなさいと説得してくださいましたが。ですが、このままではよくないと。私は長女でして――今年小学生になる弟がいます。今でこそ平気ですが。いずれ父や、弟まで拒絶してしまうのではないかと怖くなって。それに社会へ出れば、人類の半分は男性なのですから。お相手のことを知る前から一方的に嫌うだなんて……したくない」
思えば、湊さんは常にクラスの男子と、会話する際も一定距離を保っていた。
周囲の女子が傍に付いて。彼女はお姫様だから。そういうものなんだと軽く流していた。
本当はトラウマを抱えていたのに。一生懸命クラスメイトに、拒絶を繰り返す俺に声を掛けてくれていたんだ。ただ純粋に、優しい人だったんだ。
――最悪だ。俺はなんて愚か者なんだ。
感情のない数字に惑わされ、断片的な情報だけで相手を理解した気になって。目の前で努力する人を無視して、勝手に腹を立てて。自分で自分を殴り付けたくなる。
「今の話はあくまで私個人の問題ですが。大事になれば転校も余儀なく……おじい様にだけは知られるわけにもいきません、通院も可能な限り避けたくて。それに、見方を変えればこれはチャンスでもあります。もしもトラウマを自分の力で克服することができれば、今後も共学でやっていけるというなによりの証明になるはずです! ……ですよね? 遠坂くんもそう思いますよね?」
「う、うん……? そうなる……かな?」
「はい。男性への苦手意識を克服するには、やはり男の方の協力が必要不可欠です。……ですが、ここで問題が生じまして。私……その、自分で申し上げるのも恥ずかしいのですが。とても好まれる? 容姿をしているそうでして。両親と神様から才能を授かっていまして。相手を考えて選ばないと……大変なことになるだろうと」
「……そうだね。湊さんのような子、普通の男子は放っておかないと思う」
黒髪清楚系美少女で、本当に男子が苦手。そして女子校出身で彼氏の影もない。
入学初日から告白されたという噂は何度も聞いた。当然本人もモテる自覚があるんだろう。男慣れする訓練にかこつけて、強引に関係を迫る男子がいてもおかしくない。彼女の懸念はとても正しい。
――どうして手紙で呼び出されたのか。ここまでお膳立てされれば、愚かな俺でも察せる。
「そうですね。普通の男性には頼れません。ですが遠坂くんは……私だけでなく、クラスの他の女の子と目を合わせようともされませんでした。挨拶もたくさん聞こえないフリをされました。――きっと、過去にそれだけお辛い経験をされていたのですよね……?」
あの……湊さん違う。それ全部、俺が愚かで馬鹿でコミュ障の陰キャだったせいです。今すぐありのままを伝えたいけど。しかし優しい彼女のことだ、それで納得してくれないのは簡単に予測できてしまう。むしろ余計な気を遣わせてしまう。
「あ……その前に、ごめんなさい! 遠坂くんが女性を苦手としていることを、誰よりもわかっていたはずなのに。試すようにたくさんお声を掛けて、不愉快にさせて。今だって、とてもお辛いですよね? 本当にごめんなさい!」
「しゃ、謝罪とかそういうのいらない! お願いだから頭を下げないで、大丈夫だから! 別に、嫌いとかそういうのじゃない」
「そ、そうなのですか……? こちらからでも、震えているように見えますが、無理をされていません?」
確かに、声も身体もみっともなく震えてますけど。
自分の情けなさと、湊さんへの申し訳なさに平常心でいられないだけで。
あとこの状況で、学校一の美少女と密談していて緊張しない方がおかしいし。
「に、苦手なだけだよ。湊さんほど重症ではない……けど。それでも、自分の意思で共学を選んだんだ。……そこは自己責任だと思う」
「遠坂くんと同じです。私も、その覚悟で共学を選びましたから」
女性が苦手というのも、あながち間違いではない。
黒髪のあの子が、何度も悪夢となって俺を苦しめている。
ただ生理的に嫌いというほどでもない。俺だって男だから。
チャンスがあれば、恋人がいたらいいなくらいには思っている。
優先順位が家族や友達より少し下なだけで。
世の男子学生は陰も陽も関係なく、大体はそうじゃないか。
「……実は私、本当は皆さんが想像されているような優等生ではありません。歌うのが苦手で、いつも音程を外して音楽の授業では先生を困らせ、発表会でも周囲の足を引っ張っていましたし。泳ぎも苦手で、お風呂で溺れかけたことすらあります。朝が弱くて、今朝も寝ぼけてスリッパのままお外に出ちゃいましたし。すぐ道に迷うので、車での送迎に頼ってばかりです。以前の学校ではお勉強も……ついていくのがやっとでして。必死に頑張って、赤点ギリギリで踏みとどまっていました。テスト前は知恵熱で何度うなされたことか……あとあと、おナスの触感が苦手です、他には――男性に近付かれると、無意識に意識を手放す前に、投げ飛ばしそうになってしまって。一般の方に手を出したら、父に怒られてしまいますのに」
「それ……俺が聞いてもいいやつなの?」
最後の方、恐ろしいワードが出てきたので俺は更に三歩後ろへ下がった。
湊さんが「この距離なら大丈夫ですよ」と再び微笑む、俺が大丈夫じゃないよ。
投げ飛ばすというと……死ねば諸共の精神だろうか
普段の立ち振る舞いから、武道を嗜んでいるのは予想していたけど。
随分と武闘派なお父様がいらっしゃるようで。湊さんもかなり手練れな感じだこれ。
「遠坂くんを私情に巻き込んでおきながら、これから無理なお願いまでするのですから。遠坂くんには誠意を、私ができる最大限の誠意を見せないと……私が、私を許せません。全部出して、腹の内を明かして、信頼を得ないといけないのですっ」
「いや、そこまでしなくても……」
「……し、下着を」
「はい!? まだなにかあるの!?」
「上下で、間違えることがよくあって……きょ、今日も実は色が違っていて……これもイメージと違いますよね? ごめんなさいっ」
この子、かなり覚悟決まってるぞ。イメージが崩れるどころか爆発しそう。
目をぐるぐるさせて、耳まで朱く染めながらも真剣に、真面目に爆弾発言を連発している。こんな秘密を教えられて、俺の退路も経たれてないかコレ。生かして帰してもらえないのでは? これ以上は、とんでもない情報が飛び出てきそうで恐ろしい。いや、下着の上下バラバラも大概だけどもさ。
「わ、わかったから! 切腹しないでいいから! 俺でよければ……男に慣れる訓練に協力するよ。や、役に立つかわからにゃけど」
「引き受けて頂けるのですね! ありがとうございます。私も、今朝からずっと緊張していまして……ふふ、少々取り乱してしまいました。お見苦しいところをお見せして、ごめんにゃさい」
舌を噛んだのを即座に優しくフォローされる。
これで異性が苦手とか嘘みたいだ。人として格が違い過ぎる。
「ひとつだけ……遠坂くんにお約束します。貴方の大切な時間をいただくのですから、絶対に後悔はさせません。一緒に苦手を克服しましょうね?」
そうして、俺だけに向けてくれた陽の光が差す笑顔は、教室でも見たことがない特別なもので。もしも俺が正常な状態だったなら、苦手の壁を粉々に打ち砕いて、もしかしたら恋に落ちていたかもしれない。
――今は、まるでそういう気分になれなかった。
騙してごめんなさい。喉から零れそうになる謝罪の言葉は、心の中で呟く。
彼女を傷付けてしまった。それどころか勘違いさせて、秘密まで聞いてしまった。
今さらすべてをなかったことにはできない。
メガネは封印して、存在を墓場まで持っていこう。
俺ができる贖罪として、彼女のトラウマ克服を全力で応援しようと思った。
そして絶対に、彼女に対しては、なにがあっても邪な気持ちを向けないと誓おう。




