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第2話 好きの反対は無関心

「あーくだらない。こんな結果なら視えなかった方がマシじゃん!!」


 帰宅後すぐさま自室にこもり、メガネを机の引き出しに押し込む。今日は疲れた、本気で疲れた!! 悲しいというか、ただただ虚しいというか。親友だと思っていた相手の友好度が、想像以上に低かった件について。


「あったまいたい……どれもこれも全部、メガネのせい……違うか、俺という人間が積み上げてきた人生の負債か……ははっ」


 緊張とストレスのWパンチで頭と胃が痛い。精神的負荷、代償があまりに大き過ぎる。日常における行動、会話ひとつとっても数値の変動に怯える羽目になったのだ。


 『お前それ似合わねー』と、メガネ姿を陽キャ男子くんに弄られ、咄嗟の言い訳がどもってしまい。近くにいた女子の好感度が一気にマイナスとなった際はもう帰りたくなった。


 ――帰る頃には全員0に戻ってたけどさぁ。


 無だ。無関心というやつ。どうも、誰の記録にも記憶にも残らない末端の歯車です。


「……人生逆転できると思ったんだけど。そう甘くないか」


 少しは期待していたんだ。俺にもチャンスが巡ってきたのだと。現実は本当に非情だ。冷静に考えて、元から行動力のない人間が、異性からの好感度が視えたところで? である。数値を上げるためにはコミュ力が必要で。それができるなら最初からメガネなんて必要ないのだ。むしろ視えない方が怯えずに済んだまである。


「ラブコメ主人公ってよく批判されるけど、与えられたチャンスを生かせるその行動力が羨ましいよ」


 俺に好意を持った女子が、万が一目の前に現れたとしても。正直もう上手くいく気がしない。まず数値の変動に精神が持たない。初期値が高ければ高いほど、たった1減るだけで心折れると思う。


「……開発者様。俺のメンタルでは使いこなせそうにないです。ごめんなさい」


 ここで奮起して、コミュ力を鍛えようとはならないところがダメなんだろうか。

 魔法のような道具を手にしても。この機会を逃せば、二度と変われないかもしれない。


 ――そうだ。諦める前に、ここは先人たちの知恵をお借りしよう。

 メガネの活用法が他にないか、今の状況と類似した小説なり探してみるんだ。


 ――――

 ――

 ―


「……この手の創作物、好感度が下がらない前提で進む話ばっかじゃん!? あとメガネが出てきたの最初だけでほとんど使ってないじゃん!?」


 隣の部屋から『うるさい!』とお叱りの声。【すまぬ】とLINEで妹に謝罪。

 ネット小説を読み漁った結果、主人公補正ありきだった。恋愛物って大体そうか。 


 もうどうでもよくなり、スマホをベッドに放り投げ。椅子の背もたれに全体重を預ける。 


「対応こそは普通なんだよな……湊姫華さん」


 勉が執拗に彼女の名前を連呼するので、否応なく意識せざるを得なかった。もう脳にこびりついてる。今朝も湊さんの方から挨拶してくれた。数値の衝撃で目を合わせられず、逃げ出したくなったけど。


「−40って……俺なにかしたのかな。特に接点は、ないはずだけど。というかこちらから話しかけたこともないし。そんなの畏れ多いし」


 友好度20を親友ラインと仮定すると、40はもう大親友だろう。

 好感度40ともなれば、もはや恋人関係といって差し支えないはず。


 でだ。それをマイナスにすると――――生理的に大嫌いじゃん。


「……やだ怖い。黒髪清楚系女子怖い。借りた漫画のヒロインと同じで腹黒だったんだ」


 心臓の鼓動がうるさい。息が苦しくなる。ふとした拍子にあの子(・・・)の姿を……思い出してしまう。現実でも昔から黒髪清楚系にいい思い出がなかった。別にそれだけで人を判断したくはないけど。


「明日は、親父が早めに出るから。目覚ましを四時にセットしてと」


 ガラス面に反射して映る顔は、目元のクマが濃くなっている。それはもう酷い表情だった。冴えない顔がより際立つ。こんなの気味悪いし、嫌われて当然か。今夜も黒髪の悪夢にうなされて目が覚めるんだろう。


 高嶺の花。誰からも愛されるクラスのお姫様。

 その笑顔の裏で、どれほどの闇が蠢いているのか。


「あ、あれ……? てかこれ、非常にマズい状況じゃね……?」


 カースト頂点の子に嫌われているなんて、灰色の青春とかそういう次元じゃない。

 下手したらジャンルが追放物になる。しかも原因不明って……もう詰んでいるのでは?




 ◇




 早朝、こっそり教室に入るとさっそく湊さんの姿があった。

 彼女は俺の存在に気付くと、席から離れて上機嫌に駆け足で近付いてくる。


「おはようございます! 今日も清々しい朝ですね」


「……」


 いつもなら、彼女の元気な挨拶が朝の憂鬱を吹き飛ばしてくれていた。

 もう純粋に喜べない。徹夜で考え抜いた末、俺が取った行動は――無視。


「……? おはようございます!」


 湊さんが繰り返す。それも無視して通り過ぎる。視線すら向けないようにする。こちらから話しかけない。関わらない。どうせ最初から生きている世界が違うんだ。


 目指す先はそう、無関心! いつか好感度が0に戻ってくれることを祈ろう。


「遠坂くんっ、おはよ~ございますっ! あっ窓の方を見てください、小鳥さんの行列ができていますよ。ふふっ、とてもかわいいです」


 ――あ、俺の名前を呼んでくれた。こんな奇跡あるんだ。

 下から覗き込むようにして、湊さんが手を振ってくれる。む、無視。

 本当は嬉しかったけど。近くで見ると一挙手一投足が超かわいいけど。我慢。


「どうして……いじわるを、聞こえないフリをされるのですか……?」


 湊さんが悲しそうな表情になる。罪悪感からその場で謝りそうになった。

 我慢して我慢して、胸の内にメラメラと湧き上がるのは――行き場のない憤り。


「……っ」


 どうしてって、俺だって知りたい。泣きたいくらい悲しいのは俺の方で。

 なにもしていないのに。なにもできないからこその陰キャなのに、超嫌われてるんだ。一方的に嫌ってくる相手に、愛想を振りまけるほど俺は器用な男でも、大人にもなれない。


 それよりも、嫌いな相手に平然と話しかけられる彼女が、今はとても恐ろしい。

 湊さんのマイナスが大きいだけに、普段小心者の俺では考えられない謎の勇気が湧いた。 


 ――追い詰められた陰キャ特有の、突発的な行動力。

 大抵上手くいかず空回りするという。あとで絶対後悔するやつ。


「お、俺に……は、話しかけないで、もう」


 乾いた口で強く拒絶すると、まさか反撃されるとは思ってなかったのか。湊さんは驚いた様子を見せる。


「……と、遠坂くん? その、もしかして体調が芳しくないのですか? 顔色の方も、目のクマが……先生を呼んできましょうか?」


「いいから……これはいつものことで……大丈夫だからっ」


 湊さんはしばらく食い下がってくるも、最後には俯きながら『引き留めてしまってごめんなさい。決して無理だけはしないでくださいね?』と、自分の席へと戻っていった。


 もう二度と彼女は、俺に声を、挨拶をしてくれないだろう。朝の静けさが無性に虚しい。……これでいいんだ。お互い無理をして苦手なものに近付く必要はないのだから。後悔はしていない。高嶺の花を汚さずに済むんだ。


 


 ――そんな俺の予想とは裏腹に、湊さんの挨拶は翌日以降も続いたのだった。




「和樹。最近のお前感じ悪いぞ。おい、俺にこんなこと言わせるなよ」


「……言われなくてもわかってる。これには……事情があるんだよ」


「はぁ。言っておくがお前の個人的な事情に周囲は配慮しないからな。いいから形だけでも好かれる努力をしろ。お前、そのうち男子はおろか女子まで敵に回すぞ。俺の退学がどうこう心配していたが、現状お前の方がヤバい状況だからな? つーかこのままじゃ俺まで巻き込まれるだろうが」


 人間嫌いの勉にすら心配されて。客観的に見て俺は最低なんだろう。

 何度も何度も話しかけてくれる女子を無視しているんだ。自分でもそう思う。

 手元にメガネがなくとも、周囲の数値がマイナスまで下がっているとわかる。頭ではわかってるんだ。


 でもさ、誰かに嫌われたときの対処法を他に知らないんだよ。

 俺が悪いならいくらでも謝る。今回に限っては原因すらわからない。


 好かれる努力だなんて、簡単に言ってくれるけどさ。 

 お前と三年間の付き合いで、親友相手に21が限界だったんだぞ。


 −40。それも苦手な異性という枷があって、どうしろと。

 できる限り距離をあけて、卒業まで耐え忍ぶ以外思い付かない。


 俺だって、仲良くなれるならそうしたい。

 誰かを嫌ったり嫌われるために生きているわけじゃないんだ。

 

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。




「どうして……教えてください。私、遠坂くんに嫌われるようなことをしましたか? お願いします。私が悪いのであれば謝りますから、どうか話を聞いてください」


「……俺に聞くより、まずは自分の胸に聞いてみたら?」


 それからも、俺の謎の勇気は継続した。湊さんは恐ろしく強敵だった。

 状況は悪くなる一方で、無関心に向かうどころか話しかけられる頻度が増えた。


 当然クラスでは悪目立ちして、男女問わず直接俺を糾弾する人も増えてきた。

 休み時間、廊下の方から上級生が乱入して「テメェいい加減にしろよ!!」と、胸ぐらを掴まれる。教室内が騒然となる。


「暴力はやめてください! その手を今すぐ放してっ! ――遠坂くん怪我はありませんか? どこか痛みますか? ……もう大丈夫ですから。誰か、彼を保健室に。私も付き添います」


 何故か、湊さんが真っ先に庇ってくれて。咽る俺に心配の表情を向けてくれて。


「……もう……放っておいてよ」


 優しい彼女に嫌がらせを続ける俺は、余計悪者になった。

 教室に居場所がなくなって、人生三度目の不登校も視野に入っていた頃。


 机の中に、1通の手紙が入っていた。差出人は――湊姫華さんからだった。

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