第19話 好感度が視える眼鏡を手に入れたけど、気になるあの子の好感度がマイナスだった
「予想はしていたけどね……GWもほぼ毎日顔を合わせてたし。夏休みもそうなるだろうって。でもさ、終業式終わっていきなりお泊りって先輩の道徳観とスピード感どうなってんの!?」
家に帰ると出迎えてくれた陽和が呆れていた。ちなみに俺も驚いている。
途中、スーパーに寄って追加の買い出しをした。当然? 姫華さんも一緒だった。
おすすめのホラー映画があるそうですよ。
今夜は陽和の部屋でお泊り会らしい――初耳です。
「お泊りを快く承諾してくださったお父様に感謝を……晩酌のお供も用意してお出迎えしないといけませんねっ」
「お、親父が堕とされてる……外堀が……本丸が丸裸に。ひよが……ひよがしっかりしないと……!」
当たり前だけど事前に許可を取っていらっしゃった。家主が認めてるならなにも言えないや。パジャマや歯ブラシなども用意されて、最近は姫華さんの私物も順調に増えてきている。
本日の運転手――姫華さんのお母様にも面接が如く質問攻めを受けた。
隣で姫華さんが耳を傾けていて。その間もずっと手を繋いだまま。車を降りる際、愛娘をどうかよろしくされた。お祈りはされなかった。
親御さんの目の前で、任せてくださいと答える以外の選択肢なくない……?
「お夕飯は美味しい肉じゃがですよ。母から秘伝のレシピを授かりまして。私の得意料理です」
もはや当たり前のように、姫華さんがエプロン姿でキッチンに立つ。
「令和だというのに得意料理が肉じゃがて……『月が綺麗ですね』並みに使い古された露骨過ぎるアピ。ひよはカレーの気分なのに~」
「具材はほぼ同じだけども。作ってもらってるのに我儘言わないよ。姫華さん、期待していい?」
「お任せください」
姫華さんの指に、以前はなかったいくつもの努力の痕跡があった。
陽和も気付いたようで。なにか言いたげに、でも我慢して口を噤む。
「ふふっ、ひよちゃんも遠慮なく姫華お姉ちゃんに甘えていいですよ。もしくは姉貴と呼んでくださいね? 明日はカレーにしましょう」
「んなっ明日も居座るつもりか……! 一生呼ばないからっ、期待されてもしないからねっ! ひよが遠坂家の最終防衛ラインなの!! 侵略者には屈しないの!」
とは言いつつお泊りの許可を出していて。
陽和の方からも歩み寄る姿勢を見せているのだと思う。
「夕食のあとはひよちゃん一緒にお風呂です。洗いっこしましょうね」
「ま、まって、ひよも攻略される感じなの!? 先輩はひよをどうしたいわけ!?」
「ひよちゃんがかわいくてかわいくて仕方がないです。もう食べちゃいたいくらい大好きです」
「ひゃい……先輩やわらかくていい匂いする。おにぃ……たすけて……」
陽和が姫華さんに抱きしめられて、顔を真っ赤にしてよわよわに。
姫華さん陽和のこと本当大好きだよなぁ。完全にお姉ちゃんって顔してるよ。
解放された陽和は、俺を盾にしながら姫華さんと距離取る。
「はぁはぁ……てか兄貴も、夏休みの予定ひめ――違った。湊先輩から聞いたけど本気で泳ぎ教えるの?」
「まぁね。水着も用意しておかないと。陽和も水着買うならあとでお金出すよ」
おひよちゃんはさっそく屈しそうになっていた。
姫華さんがピースしてる。無事に誘えたようで、かわいい。
「……兄貴ってさ、陰キャを自称してる癖に相手の顔というか、いつも表情ばっか注目して見るよね……」
「?」
陽和の視線は、姫華さんの顔ではなくその下、胸の辺りを見ていた。
小柄な体型だけど、制服を押し上げる。学年で一番大きいとされる部分。
「…………………………あ゛」
「今さら気付いたんだ……アレと並ばされるの、同性として公開処刑される気分なんですけど」
死んだ魚の目みたいにして陽和が自分の胸板を押す。
同じく。水着姿の姫華さんを想像して、頭がおかしくなりそう。
絶対ナンパされる。俺も比較される。今からどう頑張っても胸筋は盛れない。
「陽和、頼む。兄を一人にしないで……! こんなことならプッシュアップの強度をあげればよかった。あと三年鍛え始めるのが早ければ……!」
「兄貴が大きさで競おうとしてどうすんのさ!? 限度があるよ!? ……ナンパがウザいなら勉に頼ればいいじゃん。群がる男を暴で追い払ってくれるって」
「当日は星斗くんも一緒だから、バイオレンスは避けたいんだよ。陽和の前なら勉も暴走しないだろうし」
「それは……教育に悪いね。もー仕方ないなぁ。兄貴も勉もひよがいないとダメなんだから。もー」
渋々付き合ってくれるとのこと。その割に口元は綻んでいる。
俺の方からも念入りに勉を誘っておこう。あと優騎さんも……いいかな?
「あ、ひよのお友達も誘っていい? GWに来るなって言ったのいつまでも根に持っててうるさいから」
「構わないけど。友達の兄貴に水着見られちゃうよ?」
「そこは全然問題ないよ。というか兄貴と勉がいるのに誘わなかった方があとで面倒だし……」
ガチャと音がして、振り返ると。
姫華さんが頬を膨らませてこちらを見ていた。
包丁とジト目のコラボはちょっと怖いよ。でも、やっぱかわいいな!
「あーっ、火を使ってるときに目を逸らさない! あとお砂糖入れ過ぎ! 我が家の味はね――」
陽和が姑のように絡んでは、姫華さんに上手くいなされていた。
手際よく分担して作業を続ける辺り、性格は合わなくても息は合うようで。
「兄貴、計量器止まった。替えの電池どこー?」
「予備が俺の部屋に、机の引き出しに置いてあるはず。取ってくるよ」
「いいって、兄貴は座ってて。部屋入るよ?」
「おっけ」
陽和が、姫華さんの胸に向けてシャーっと威嚇しながら、駆け足で去っていく。
「……まったく。妹が騒がしくしてごめんね」
「ふふ、かわいいじゃないですか。私、ずっと妹も欲しかったんです。幼い頃、両親やサンタさんにいっぱいおねだりして……今考えると、とても、はしたないお願い……ですよね……?」
姫華さんがオタマを持ったまま頬を染めて俯く。
別に、普通に微笑ましい願い事では? 俺も弟欲しかったし。
「そうしたら母は。自分はもう歳だから、貴女が将来素敵な人と結ばれて頑張りなさいと。当時は理解できませんでしたけど……はい」
遅れてその意味を察して俺も恥ずかしくなる。どうしてこうなった。
「そ、それに! 木場くんからも忠告を受けていましたので」
「勉が? ああ、姫華さんは勉に協力してもらっていたんだよね」
「はい。たくさんアドバイスをいただきました」
どんなアドバイスだろ……聞くのが怖いな。
「ごめん……俺の親友は妹以上に辛辣というか、老若男女問わず容赦ない男でして……キツイこと言われてない?」
姫華さんは少し悩むような仕草をして、話し出す。
「……木場くんは、ずっと和樹くんを褒めていました」
「え? 褒めてたの? アイツが?」
「彼に関する怖い噂は何度も耳にしましたが。所詮噂は噂ですね。蓋を開けばあんなにもお友達想いの方なのですから。ふふっ、ひよちゃんを泣かせたら、俺の家族を不幸にしたら、たとえお姫様だろうと容赦しないだそうです。もちろん冗談だと理解していますが。それだけお二人を想っている証拠ですね」
「あはは、物騒な冗談だね……ま、まぁ……根はいい奴なんだよ。うん」
困った。本気か冗談かの区別がつかない。
アイツはやるときはマジでやるから油断できない。
勉も姫華さんも武闘派だから、二人が争えば俺が真っ先にしぬ。
あと陽和を泣かせる原因作ってるの、大体勉か俺だからな!
「私も……木場くんや陽和ちゃんに認めてもらえるよう。邁進していく所存です」
「ほどほどでいいからね? 俺、そこまですごくないからね!?」
最近、みんなからの評価が指数関数的に上がっていて怖いんだけど。
元引き篭もりに期待し過ぎだ。もちろん、期待に応える努力はするつもりではいるよ。でも、手心を加えてください。
「ねぇ、おにぃ……もしかして目、悪くしたの? 電池と一緒にこれ、見つけたんだけど」
とぼとぼと戻ってきた陽和が、見覚えのある赤縁メガネを持っていた。
……しまった。机の引き出しにメガネを封印していたんだった。
「そういえば、和樹くん一日だけ赤いメガネを掛けていましたよね?」
姫華さんも興味津々に。俺の黒歴史を覚えていたご様子。
「それは……えっと、んーと。どう説明すればいいのやら」
「あっ、なーんだ伊達じゃん。もう心配させんなっ! もうっ」
急に元気を取り戻して俺の背中をぽかぽか叩いてくる。
元々女物のメガネだ、陽和が掛けても普通に似合う……って掛けちゃダメじゃん。
待てよ、俺宛なんだから当然、生体認識機能とかあったりして――
「あれ、なにこの数字――」
「ダメダメ、没収!!」
誰でも制限なく使える仕様だった。
「なーに慌ててんの、それ明らかに女用じゃん!」
「女性用……和樹くん、誰かに贈るのですか? まさかゆーきちゃん……?」
「え、誰そのゆーきって新キャラ……兄貴また変な女に絡まれてんの!?」
二人の追及の視線に、俺はこの場を逃れるため仕方なくメガネをかける。
「これは――勉がくれたジョークグッズだよ。似合わなくて当然! だってそういうもんだから!」
「あっ逃げるなー! 説明責任を果たせー!」
「和樹くん! 正直に教えてください、またゆーきちゃんですか!?」
俺は自室へ避難。メガネは鍵付きの方に入れておいてと。
今戻るのは危険だ。ほとぼりが冷めるまで大人しくしておこう。
「…………」
俺は、机にあるアルバムを取り出す。
まだ不登校になる前の、小学生時代の集合写真。
懐かしい顔ぶれを指でなぞる。そして――
「……そっか。君はまだ、あの頃と同じメガネを掛けているんだね」
使わないと決めてからも、なんとなく手放せずにいた。
メガネを贈ってくれた正体不明の人物は、俺の名前を、住所を知っていた。
その気になれば正体を探ることは簡単にできたんだ。
ずっと意識しないようにしていたけど。今の成長した俺なら受け入れられる。
「いつか……笑い合える日が来るといいね」
俺のトラウマであり、いつも夢に出ていた初恋の――赤縁メガネの少女。
好きな人には、好きだった人には、俺はいつまでも幸せであって欲しいと願う。
そう思えるようになったのは、今の自分に余裕が生まれたから。姫華さんのおかげだ。
良縁を授けてくれた、このメガネにも感謝している。
俺にはもう必要ないけど。彼女にも必要がなくなる日が訪れますようにと、祈る。
「つか……やってしまった。”一瞬”だけど二人の数値視えちゃったよ」
姫華さんの頭上に、見覚えのある数値が浮かんでいた。
陽和の数値は、あれは――記憶の底に封印しておこう。兄の精神衛生上よくない。
「……振り出しに戻るかぁ。お互いトラウマもそう簡単に消えないよね」
俺は思わず苦笑し、どう言い訳するか考えながら、二人の元へ戻った。
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湊姫華 40
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