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第12話 クラスメイトから友達、その次は?

「…………あー暇だな」


 空白のキャンバスのような白が視界いっぱいに広がる。俺は自室のベッドでぼんやりと天井を見上げていた。LED照明にかざした右手小指は、ガチガチに固定されている。


「あーーーーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛思い出すだけで……しぬ!!」


 布団に頭を突っ込んで、叫ぶ。枕に顔を押し付けて、叫ぶ。獣のように叫ぶ。

 なーにが気に喰わないだ。俺は俺が一番気に喰わない! バカ、アホ、マヌケ、中二病!


 あの瞬間――激高して飛び出した俺は、足が絡まり湊さんの目の前で派手に転倒してしまったのだった。興奮状態で受け身も碌に取れず。鋭い痛みを覚えて、右手小指が腫れてみるみる変色していた。


 諸悪の根源である先輩は……突然奇声を発しながら乱入して、勝手に事故った俺にドン引きしていたなぁ。

 

 哀れな俺はそのまま病院へ。骨にヒビが入っていたそうで、簡単な処置を受けて帰宅。事の顛末を湊さんから説明されて自宅待機していた陽和の、涙付きの爆笑で迎い入れられた。


 『怒りで人が覚醒するわけないじゃん! 妹に心配掛けさせんな大バカ兄貴!』と。お叱りも受けましたとさ。まったくもってそのとおりです。冷静さを欠いては普段の行動すらままならないね。心配掛けてごめんなさい。


「……それにしても、湊さんがあそこまで強かったとはなぁ」


 あのときの湊さんの鬼気迫る勢い。思い出すだけで鳥肌が立つ。

 

『遠坂くんどうして!? ――やめて、彼に乱暴しないで!!』


 転んだ瞬間、聞いたことのない湊さんの怒声が鼓膜を揺さぶった。

 どうやら彼女の視点からだと、俺が先輩に突き飛ばされたように見えたとかで。

 

 湊さんの投げは音もない見事な達人業で。倒された先輩は放心していた。腰が抜けて歩けなくなり即保健室行きとなった先輩は、後日教師陣から厳重注意を受けたらしい。

 

 所属していた運動部も数日間謹慎だとか。テスト期間に入る直前だったので、あってないような罰だったけど。湊さんも結果的に素人を本気で投げてしまったので、大事にしたくないと譲歩した形だ。お祖父様にバレたら転校のリスクもあるとのこと。


 そういえば……謹慎になる直前、先輩は菓子折りを持参して謝罪に来てくれた。多分湊さんに言われたからだろう。


 菓子折りの中身が明らかに高校生のセンスではなかったので、陽和が『愛しのママに選んでもらったんだ。よかったでちゅねー』と嫌味を吐き捨てて、先輩はガチ目に効いていた。陽和は初対面だと見た目陽キャ女子だからキツイだろうなと。一応、俺から『お母さんを大切に、悲しませないでくださいね』とフォローを入れたんだけど。先輩は顔を真っ赤にして逃げ帰ってしまった。トドメを刺してしまったらしい。……どうしてだ。普通のことしか言ってないじゃん!


 湊さんの前であれだけかっこつけていたのに。落差でなんともいえない気持ちになった。もしかして、これが噂の蛙化現象(誤用)。……どうして俺がモヤモヤしないといけないんだろ。


 とにかく、先輩は今後要注意人物として教師陣に監視されるので、湊さんに近付くことはできないはずだ。


「……失礼します」


 叫び疲れてぼーっとしていると、ノックの音が。どうぞと返事すると部屋のドアが開き、制服姿の湊さんが申し訳なさそうに顔だけを覗かせる。


「遠坂くんの着替え、畳んで置いてあります。あっ、もちろん下着には触れていません。安心してくださいね……?」


 数日前に、湊さんが勝手に洗濯物を取り込もうとして、陽和に止められ怒られていたのだ。『性別が逆なら先輩は変質者だよ!』と。湊さんは涙目になりながら何度も俺に謝ってくれた。


 別に怒ったりはしないけど。俺と親父の安物パンツ、同級生女子に見られちゃったなぁ……。


「ありがとう。もう遅い時間だけど、ご両親や星斗くんが心配していない?」


「一時間後には迎えが来ますので。両親には許可をいただいていますし。なにもしないまま帰っては怒られてしまいます」


 今回の件で、湊さんのご両親から直接感謝を伝えられていた。

 しかも怪我が治るまでは、どうか娘を労働力として頼ってくださいと。

 

 うちが父子家庭であることはGWにお会いした際、会話の流れで説明していたのもあって。困ったことがあればいつでも連絡してくださいと。おすそわけもいただいている。湊さんの門限も一時的になくなっていた。


「門限がなくなったおかげで、先日は遠坂くんのお父様とお会いすることが叶いました。あまり視線を合わせていただけませんでしたが……警戒されてしまったのでしょうか」


「あれはただの人見知り。仕事中は職人の顔をしているのに……部下の人にも慕われていて、知り合いも多いのにさ。作業着を脱ぐとね……いつもダメダメになるんだ」


「ふふっ、なんだか四月頃の遠坂くんを思い出しますね」


「うっ……悪いところばかり遺伝して。母さんもよく付き合っていたよと、息子ながら思うよ……」


 うちの親父は初対面から湊さんにデレデレで、視線は終始泳いでいるし、緊張からカタコトで話していた。天国の母さんも呆れてるぞ、きっと。……つまり俺も呆れられていた可能性もあるな。


「人見知りだったお父様は、どういった経緯でお母様と仲良くなられたのですか?」


「えっと確か……母さんは学生時代に厳しい門限があって、放課後にお友達と少し寄り道しただけで、家の人に無理やり連れ戻されそうになったみたいなんだ。そこをたまたま通りがかった親父が、女性が暴漢に襲われていると勘違いして。助けに入ったのがきっかけだって言ってたかな」


「それは、素敵なお話ですね……少女漫画にありそうな」


「それがね、逆に親父の方が暴漢だと勘違いされて。家の人に返り討ちにあったみたいでさ。母さんが助けに入って、手当して。そこから交流が始まったんだって。現実は、主人公のような活躍はできなかったという」


「それでも……お母様にとっては。結果はさして重要ではなかったのではありませんか?」


「……自分の弱さを本人が一番自覚していたはずなのに。それでも、立ち向かうのは。強い人の数百倍の勇気が必要だったはずだって。あの人は、誰かを守るためにそれを引き出せる人なんだよって」


 まだ小さかった頃の俺は、その話を聞いても最初はなにも思わなかった。

 親父は仕事でほとんど会わなかったし。親というか知らないおじさんという認識で。言葉を交わした時間なら多分、小学校の先生の方が長い。なにより、周囲の人たちの、なんであんな冴えない男が母さんと結婚できたんだという悪口――に近い、愚痴を聞いていたから。


 それだけ母さんが人気だったのもある。駆け落ちに近い状態だったし、以前は高貴な血筋のお嬢様だったわけで。ご近所でもかなり噂になっていた。既婚者だとわかっていても関係を迫る人がいたくらいだ。要するに親父は舐められていた。


「正直さ、小さい頃は……親父が嫌いだったよ。仕事ばかりで家族のことをほっぽりだして。母さんに寂しい想いをさせてるって。反抗期だったのかもしれないけど」


「反抗期としては、遠坂くんがお母様をとても大切にされていたように思えますが」


「ううん。母さんにも、なんであんな人と結婚したのって。失礼なことを聞いたんだよ。……そうしたら、一緒にお父さんのかっこいいところ見に行こうって。学校を休んで、仕事現場に連れていってもらったんだ」


 母さんに連れられて、職場にも許可をもらって。遠くから親父が働いている姿を見た。作業服を汗で濡らして、真剣な表情で向き合っていて。普段の弱々しい姿とは真逆の、戦う男の顔付きをしていたんだ。


 それから、部下の人たちにも職場での様子を教えてもらった。

 休憩時間中に、俺や陽和、母さんの家族写真を自慢げに披露していたとか。

 聞いていて恥ずかしかったし。周囲から慕われているのがすごく伝わってきて。


「働いている親父はかっこよかったよ。なにより……それを見つめる母さんの横顔が本当に綺麗でさ。きっと母さんのその笑顔を引き出せるのは、世界中のどんな優れた男たちを差し置いて、親父だけなんだなって。尊敬できるようになったんだ」


 近くに居て守ることだけがすべてじゃない。

 たとえ遠く離れていても、貴方を心から想っている。

 それも家族の形なんだよって。母さんが教えてくれたんだ。


「もしかしたら母さんが生きていたら、俺たちの進路のこととかで、この先何度も衝突があったのかもしれないけど」


「すぐに仲直りして、より仲睦まじくなっていそうです」


「そんなのを見せられた日には、俺や陽和の反抗期が加速したかも」


「ふふっ、かもしれませんね」


 ダメなところも含めて、それすらも愛おしいから。家族の反対を押し切って一緒になったんだって今ならわかる。強さも、弱さも含めて。その人らしさなのだから。


「それでは、お二人の大事な息子さんを。私が責任を持って支えないといけませんね。遠くから見守られているお母様が安心できるように」


「そして、陽和に怒られないようにね」


「もうっ、同じ失敗はしませんっ」


 両家の公認を得て、湊さんの気合の入り方は尋常ではなかった。その結果が下着事件に繋がっちゃったわけで。湊さん……俺と同じで空回りするタイプだな?


 いつも病院まで付き添ってくれて、負傷した俺の代わりに洗濯は除く、炊事、掃除、買い出しまで。休日も皆勤で。陽和も謎の対抗心ではりきっているし。俺はベッドに転がるしかなかった。筋トレも二人から禁止されてしまい。二度寝なんて小学生以来かもしれない。逆にしんどくなったのでもうやらない。


「もとはといえば俺の自滅みたいな怪我なのに、テスト期間もお手間を取らせて。これで湊さんの成績が下がったりしたら……ご両親になんとお詫びすればいいのやら」


「だ、大丈夫ですよ。遠坂くんのおかげで勉強は捗っていますので。あとは私が普段通りに、油断して気を抜かなければ……!」


 ちゃぶ台の上に勉強道具を広げて、いつものように湊さんと向かい合う。日課を封じられた俺にできることはテスト勉強をサポートするくらい。最初はリビングだったのに、ここ最近は俺の部屋に集まるようになっていた。


 お互い制服姿だからか、部室と同じ空気感を引き継いで。変に緊張しないで済んでいる。


「お手伝いをしていて改めて実感しました。遠坂くんが普段からどれだけ家族のために身を粉にして働いているのかを。それに加えて、学生としての義務を果たし、更には自己鍛錬までされて。それを支える陽和ちゃんも御立派ですし。家族に甘えてばかりの自分が……恥ずかしいです。もっともっと、頑張らないといけませんね!」


「……うちが特殊なだけで。あんまり気にしない方がいいと思うよ。親に甘えるのだって子の役目というし。親父が、寂しそうにしていてさ。ちょっと申し訳なく思うこともあるというか」


 まだ学生なのに自立していて偉いねと、褒めてくれる大人はいるけど。親父は、子供が自立しないといけない環境になっていることをずっと悔いていて。それは俺が望んでそういうふうにしてしまったから。本当はあまりよくないことだとわかっている。


「俺だって最初の頃は失敗ばかりで。むしろ湊さんの方こそ短期間でよくぞここまで――これ、いつもの褒め合う流れになりそうじゃない? ここは二人ともすごいということで手を打ちませんか」


「ふふっ、そうですね。遠坂くんへの百を超える称賛の言葉は心の内に秘めておきます」


「それズルい。なら俺も千を超えて褒めまくるよ」


 お互い冗談をぶつけ合いながら、ペンを動かす。

 

 俺は暇つぶしに勉強ばかりしていたので。

 テスト対策は程々に、気分転換に次に向けた予習をしていた。 


「……遠坂くんは」


「どうしたの、わからない問題でもあった?」


「その……お父様からお聞きしたのですが、遠坂くんは卒業後は進学されず地元企業に就職されると」


「あーうん。親父も色々と考えてくれているけど。大学は、二人分は厳しいかなって。本気で目指すなら地元を離れて一人暮らしも考えないといけない。負担掛けたくないというか……陽和がさ、結構無茶しそうで」


 俺は帰宅部だし友達も少ないからある程度時間を確保できているけど。友達付き合いもあって勉強も常に上位をキープしていて、部活もやっている陽和には負担が大きすぎる。本人の性格上、俺の代わりで手を抜くことはしないだろうし。


「まず大前提。大学に行く目的がないというか。将来やりたいことがなーんにもないというか。これまでずっと現状維持しか考えてこなかったから。あはは……若者とは思えないほど枯れてるよね」


「それは……遠坂くんの立場では仕方がないことではありませんか。それにまだ一年目ですし。今から探しても十分間に合いますよ……?」


 湊さんは将来の夢とか、進学先が決まっているのだろうか。


「どうして……遠坂くんはそこまでして。誰かのために頑張れるのですか」 


「どうしてかぁ……」


 当たり前のことを当たり前のようにしていただけで。

 改めて理由を尋ねられると、なかなか言葉が見つからない。 


「――そうだ。湊さんが言っていたよね。この世界には優れた人がたくさんいる。自分なんてちっぽけなんだと。俺も……そのとおりだと思う」


 唯一無二の個性があっても、優劣をつけてしまうのが人間で。


「だからこそ。一緒に居てくれる、自分を選んでくれた相手を大切にしたいと思うのは自然なことじゃないかな?」


「……貴方は、人として優し過ぎますよ。その生き方では、報われないことの方が多いはずです」

 

「それが俺の責任だから。誰かと一緒に居るというのは、その誰かと一緒に居たいという自分意思も含まれているわけだから。幸せになって欲しいんだよ。後悔をさせたくないんだ」


 この想いは、湊さんとこれまでの交流を通して、形得られたもの。

 ただ漠然と生きてきた俺にとってなによりも大切にしたい、芯となるもの。


「遠坂くんは、私にも……そう思ってくださっているのでしょうか」


「それは……うん。当然だよ」


「そうですか……わ、私も……貴方にも幸せになって欲しいです」


 熱い、身体が熱い。冷房を入れたいほど全身が熱くなる。

 ああ……どうして俺はこうも恥ずかしい台詞を出してしまうのか。


「湊さんはその、あれから……どうかな」


 先輩の一件から時間が経ったとはいえ。張り切っている湊さんが、まるで嫌な記憶を忘れようとしているようにもとれて。これでトラウマが悪化したとなれば、やるせない。先輩のことをもっと許せなくなりそう。


「……正直に伝えますと。怖かったです」


「ごめん。もっと早く勇気を出せていれば……」


「少し違います。私のトラウマなんてどうでもよかった。遠坂くんが……指に怪我を負って。放課後に大きな騒ぎとなって。今まで部室で過ごしてきた時間が、積み重ねてきた想い出が……関係のない方々から否定されてしまうのが、怖かった。遠坂くんにとっても、嫌な想い出で終わってしまうのではないかと」


「……そっか」


 俺の怪我は、今回の騒動とは関係ない事故として処理されている。

 もしもだ、俺の拳が先輩に届いていたとしたら。流血沙汰となっていたら。事情を知らない第三者からは、人気者の女子を巡った色恋沙汰にしか映らなかったはずだ。色々と脚色されて、収拾がつかなくなっていたかもしれない。

 

 それが事実かどうかなんて些細な問題で、最悪な形で俺たちの関係が終わっていたんだ。俺と湊さんは引き離されただろうし。もしかしたら湊さんのお祖父様の耳に入って転校もありえた。


 あのときの俺はどうかしていた。暴力ではなにも解決しないのに。先輩を投げてしまったことすら、湊さんの望んだ結果ではなかったはず。

 

 どうして身体を鍛えていたんだ。誰かを、傷付けるためじゃないだろ。男らしさにこだわるあまり、隣人を思い遣れないなら人ではなくただの獣だ。危なかった。届かなくてよかった。俺は俺が嫌いな人間に自ら堕ちるところだった。


「ひとつだけ目標ができたかも」


「お伺いしても?」


「もっと身体を鍛えて、威厳を出せるようになりたい。そこに立っているだけで誰かを守れる。抑止力というか。そういう男になれたら、かっこいいと思わない?」


「…………ふふ」


「あ、笑った。似合わないって思ったんだ!」


「ご、ごめんなさい。ふふっ、ムキムキの遠坂くん……想像したら、とってもかわいくて」


「か、かわいい……?」


「はい」


 えぇ……? 女子のかわいいの基準がよくわからないよ。

 鍛えている人って若々しく見えるから。確かに愛嬌があったりするけどさ。

 

 ペンを置き、口元を隠して微笑む湊さん。


 その笑顔を引き出せたのなら細かいことはいいか。

 筋肉は人を殺すものではなく、人を生かすものなのだから。

 脳内のマッチョさんも誇らしげに頷いている。よーし、モチベ上がった。


 では明日から特訓――そういえば筋トレ禁止令が出ていた。

 まず怪我を治すところからか。困った。上がったモチベの矛先がない。


「……指、まだ痛みますか?」


「痛くないよ。ちょっと痒いくらい?」


「痒いのはここですか?」


 ちゃぶ台の上で、湊さんの細い指が俺の固定された右手小指に触れる。

 と思えば、関係ない指を握られたり、手首を撫でられたり。くすぐったい。


「わざとやってる?」


「ごめんなさい。……遠坂くん、ありがとう」


「解決したのは湊さんだよ。俺はただ転んだだけで……本当なにもしてないな!」


「私が立ち向かうことができたのは。貴方との想い出が背中を押してくれたから。遠坂くんと出会う前の私ならきっと……あの場所で心が折れていました」


 俺の手を両手で優しく包み、ゆっくりと頬に寄せ、湊さんは目を閉じる。

 絹のように繊細でやわらかい肌。心地の良い体温と彼女の気持ちも伝わる。


 湊さんの元来人懐っこい子犬属性は、男の俺に対しても健在だった。

 触れられると判明した途端、こうして手を握られて。完全に同性の友達感覚。

 

 ここまで心を許して貰える関係になれたのは嬉しい。けれど、そろそろ潮時か。


「これで特訓は卒業かな」


「……………………え?」


 湊さんは元々一人でも考えて行動できる子だった。

 俺が協力する、しないに関わらず。いずれ自力で解決できたと思う。


「こうして俺と、触れ合えるようになったんだ。もう大丈夫」


 俺個人ができることはこれ以上ない。ここから先は、友人の範疇を超えてしまう。少なくとも今なら、成長した星斗くんを拒絶しないで済むだろう。目的は達成されていた。

 

 あとは普通に学校生活を送る中で、たくさんの人と接し経験を積む段階に入ったんだ。もちろん名残惜しくはあるけれど。目的も果たしたのに今の関係を続けるのは、俺も先輩と同類になってしまう。


「俺が役に立てたかどうかわからない。友達って呼んでくれて嬉しかった。今までの関係が終わったとしても、クラスメイトとして、お友達として、また一から仲良くしてくれると……ううん。仲良くしてください!」


「……え、えっと。突然のことで混乱して、ま、待ってください! 私はまだ……その……」


 また一からお友達になろう。俺としては勇気のいる発言だった。

 当の湊さんは困惑した様子から、必死に言葉を探しているようで。


「友達………………そうっ、お友達です! ――――和樹(・・)くん!」


「えっ、あ、はいっ……俺は和樹です」


「私たち、お友達同士なのですから。普通です、よね?」


 期待に満ちた瞳を向けられて、ギュっと握られた手が熱い。

 そこまでされて、俺も応えるしかない――が。応えるしかないけど。


「……た……タンマ」


 ……無理だった。まだ陰キャを脱していない俺に、下の名前呼びは難しい。


「和樹くんは、まだまだ訓練が必要みたいですよ? 一緒に卒業するまで、関係はこれまでどおり継続です」


「あれ……そういう約束だったっけ。足を引っ張ってごめん」


「謝らないでください。後悔はさせない。そういう約束ですからね、和樹くん」


 湊さんが悪戯っぽく微笑んで、上機嫌に。和樹呼びは継続なんだ。

 テスト勉強を再開する。視線が合うたび、彼女は名前を呼んでくれて。俺はひたすら翻弄され続け、問題文にも集中できず。彼女の笑顔と声だけが脳に焼き付いて。この日はあまり……身に入らなかった。




 クラスメイトから始まり、秘密の関係を経て、今では仲の良い友達同士。




 それじゃあ、その次は――――




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