それぞれの場所へ
三人はしばらく、言葉を交わさずにお茶を飲んでいた。
沈黙は重くなく、
ただ静かに、あたたかく流れていた。
窓の外では、ねむの木の花がやさしく揺れている。
「……不思議ですね」
SNSの女性がぽつりとつぶやいた。
「さっきまで、すごく疲れていたのに。
何かが解決したわけじゃないのに……
少しだけ、息がしやすい」
NPOの女性も、小さく笑った。
「私も…。明日から急に何かが変わるわけじゃないのに、それでも……」
彼女はカップを見つめた。
「“まず自分を満たす”って、ほんの少しだけ、やってみようかなって思えました」
一番最初に座っていた女性が、ゆっくりとうなずく。
「私は、“できない自分”も許してみようと思います。
たぶん……それが一番、怖いことだったから」
ネムが穏やかに微笑んだ。
「人は、ときどき立ち止まるために夢を見るんです」
寧々も続ける。
「ここで思ったことは、目が覚めたあと全部覚えていなくても、きっと心のどこかに残ります」
三人は顔を見合わせて、小さく笑った。
名前も知らないまま。
でも、どこかでまた会えるような気がしていた。
カップの中の最後のお茶を飲み干す。
「……やっぱり、美味しい」
誰かがそう言うと、
他の二人も、同じようにうなずいた。
やがて、ひとり、またひとりと席を立つ。
扉を開けると、やわらかな風が頬をなでた。
目が覚めれば、
それぞれの場所へ戻るだろう。
SNSの画面の向こうへ。
忙しい支援の現場へ。
そして、自分の弱さと向き合う日常へ。
それでも――
今日ここで、ほんの少しだけ、
自分を許すことを思い出した。
三人の姿が見えなくなると、
カフェの中は再び静かな午後に戻った。
寧々はテーブルの上のカップを片付けながら、
ふと窓の外を見た。
「みんな、がんばりすぎちゃうんだね」
ネムは、揺れるねむの木を見上げて、
小さく笑った。
「うん。
誰かのために一生懸命な人ほど、自分のことは後回しにしてしまうからね」
寧々は、落ちていた花びらをひとつ拾い上げる。
「でも今日は、少しだけ軽くなった顔をしてた」
「そうだね」
ネムはそっと言った。
「ねむの木の花は、眠っているあいだに、心を少し整えるだけ。…あとは、あの人たち自身が歩いていくんだ」
風が吹いて、
枝からまたひとひら、花が舞い落ちた。
寧々はそれを見上げて、ふっと笑う。
「また、誰か来るかな」
ネムも、同じ方向を見ながら答えた。
「くるよ」
ねむの木の眠りカフェは、
今日もどこかの夢の中で、
静かに扉を開けている。
読んでくれてありがとうございました٩( 'ω' )و




