誰のため?
扉がやさしく揺れ、小さな鈴の音が店内に響く。
木漏れ日のなかに現れたのは、目を引くほど洗練された女性だった。
シンプルだけどセンスのいい服装、きちんと整ったネイル、言葉の選び方や所作も柔らかい。
でも――
彼女の背中には、目に見えない重たい荷物のようなものが見えた。
「こんにちは」
寧々の声に小さく会釈して、彼女は空いている席へと腰を下ろす。
「……すみません、変な夢の中にいるみたいで。
けど、なぜかすごく落ち着く……」
頼んだのは、ネムの花のお茶。
一口飲んだその瞬間、彼女の肩が、少しだけ下がった。
「わたし、SNSで支援活動の広報をしてるんです。
街頭での呼びかけ、イベント企画、募金のプロモーション……。
派手に見えるかもしれないけど、始まりは本当に地味だったんです」
カップを見つめたまま、彼女はぽつりと語り始める。
「支援を必要としてる人がいて。
自分に何ができるかわからなかったけど、
“誰の目にも見えなければ、ないのと同じ”って思ったんです。
見えなきゃ、誰も気にしない。
だったら、見えるようにしなきゃ、って」
最初は、団体の情報をまとめたチラシ作りから始めた。
地元のスーパーの掲示板に貼っても、ほとんど誰も見てくれなかった。
「でも、SNSなら拡散できるって聞いて。
バズれば、きっと支援が増える……。
だったら、若い子にも刺さるようにしようって思ったんです」
トレンドのデザインを研究して、
動画編集の技術を学んで、
“支援って、かっこいい”と思ってもらえるような発信を続けた。
オシャレな撮影をして、ポジティブな言葉を添えて――
そして、ある日。
とある投稿が大きくバズった。
「“支援の天使”ってコメントがついて。
“尊敬します”“あなたの活動に勇気をもらってます”って。
数字が伸びて、企業案件も入ってきて、支援金も増えて……
すべて、思い描いた通りの“成果”だったはずなのに……
なんでだろう、って」
お茶の湯気の向こうに、彼女の表情がふっと曇る。
「わたし、今やってることが、“支援”じゃなくて、
“称賛を得るための活動”になってないかなって思ったんです。
“いいね”が伸びない投稿を見ると、妙に落ち込んだりして。
“すごいですね”って言われるたびに、
“わたし、ちゃんと役に立ててる?”って、
誰かの目を通して自分を測る癖が、抜けなくなってて……」
ネムが静かに言葉を紡ぐ。
「それでも、“始めた理由”は、本物だったんでしょう?」
女性は驚いたように、目を見開いた。
そして、少しだけ笑った。
「……そうですね。
最初は、“誰かを助けたい”って思ったんです。
目の前にいた、泣いてた子のことが、今でも忘れられなくて。
その子のためにやってたはずなのに……いつのまにか、
“わたしがどう見えるか”の方が大事になってしまってた」
寧々がそっと語りかける。
「誰かのために行動していたら、
だんだん“誰かの期待に応える自分”に縛られてしまうこと、あるよね。
でも、本当は――」
「――まず自分が、満たされてないとね」
女性の言葉に、寧々が小さくうなずいた。
「はい。
“誰かのために生きたい”と思ってる自分が、
“本当はもう疲れてる”ってことに気づくのが、
いちばん勇気がいるんですね……」
風が吹いて、窓辺のカーテンがふわりと揺れる。
ネムの花びらが、一枚、そっと床に舞い降りる。
「今日、来れてよかったです。
……もしかしたら、“支援のため”じゃなくて、
“自分自身のため”に誰かを助けてたのかもしれない。
でも、それも悪いことじゃないですよね?」
ネムが、そっと微笑んだ。
「うん。それでも、誰かが救われていたなら。
“最初の気持ち”を忘れないでいたなら。
それはきっと、間違いじゃなかったよ」
女性は両手でカップを包み、ふぅっと一息ついた。
「もう少し、見えないものを信じてみます。
“目に見える証拠”がなくても、
ちゃんと何かが届いているって、そう思いたいから」
そして――
その夜、彼女のSNSに投稿されたのは、こういう言葉だった。
「“誰かのために”が、“自分のために”に変わってもいい。
疲れたら、休んでいい。
光の当たらない場所に咲いた花にも、意味はあるって信じたい。
今日は、そんな気分です」
#まずは自分の心を抱きしめよう
#ねむの木カフェは夢の中にあるらしい




