ズル休みしちゃいました、
扉がカラン、と軽やかに鳴る。
今日の風は、ほんのり花の香りを含んでいる。
「こんばんは……また来ちゃいました」
微笑みながら入ってきたのは、あの女性。
どこか肩の力が抜けたように見える。
ネムと寧々は、顔を見合わせてにっこりした。
「おかえりなさい」
「今日も、お茶をどうぞ」
いつものようにカップにねむの木の香りが漂い、
彼女はふぅっと息をついて座る。
「この前……ズル休み、しちゃったんです」
寧々が目を丸くする。
「それは、ずいぶん思い切りましたね」
「はい。
朝起きて、“あ、今日イヤだな”って思って……そのまま布団に潜りました」
恥ずかしそうに笑うけど、
その表情には、どこか誇らしさがある。
「なんだろう……
“サボる”って、もっと悪いことだと思ってたんですけど、
思ったより、私の世界は壊れませんでした」
ネムが、ほっとしたように言う。
「それは、とても大きな一歩ですね」
「少しずつ、自分で“タブー”にしてたことをやってみたら、
なんだか……面白くなっちゃって」
「面白く?」と寧々が笑うと、彼女はコクンとうなずいた。
「嫌な飲み会、断ってみたら楽だった。
上司の無茶ぶりも、“できません”って言ってみたら、
意外と他の人が引き受けてくれて。
そしたら、“私が全部背負わなくていいんだ”って、気づけて」
「……それから、気づいたんです。
私、ゲームとか好きだったなって。
あと、子どもの頃は絵を描くのも」
ふわっと笑ったその顔に、ネムは静かにうなずいた。
「“役に立たないこと”を、自分に許すって、
本当は、とても大切なことです。
それは、心を生き返らせる“水”のようなものだから」
「そうなんですね……
今までずっと、意味とか成果とか、“ちゃんとした自分”ばかり求めてて。
でも最近、“楽しい”って感覚が少しずつ戻ってきたんです。
絵、描いてみたら止まらなくて。すごく……うれしかった」
寧々が静かに笑う。
「それはもう、十分“成果”ですよ。
自分の“好き”を取り戻すことができたんだから」
女性は、お茶を飲み干して、ぽつりとつぶやいた。
「こんなふうに、自分のことを話す時間があってよかったです。
自分の気持ちを、自分でちゃんと聞いてあげる練習になりました」
ネムが、葉のこすれる音とともにそっと言う。
「また来てくださいね。
あなたの“楽しい”の話、たくさん聞かせてください」
ーーー
その夜。
現実の彼女は、ベッドに寝転びながら
お気に入りのイラストアプリを開いた。
音楽を流しながら、線を引いて、色を重ねていく。
子どもの頃のような無邪気さが、指先からじわじわとよみがえる。
「これって、なんにもならないけど――
でも、私が笑ってるなら、それでいいじゃない」
ねむの花の香りが、ふと、鼻先をかすめた気がした。




